すぐに大聖女と呼ばれる私の白い魔法
御咲花 すゆ花
第1章 計画的箱庭〈オーバー・デトックス〉
Ⅰ 初めての白魔法
第1話 私の特技
中学からの帰宅途中、私の耳には助けを呼ぶ声が響いて来ました。
(まただわ)
いつものあれです。
私には昔から、助けを求める動物の声を聞けるという、変わった技能があったんです。
木に登ったまま降りることのできなくなった猫、道路でうずくまったまま動かない小鳥、公園のベンチで震えるように雨をしのいでいた子犬、夏の太陽から身を隠していたカエルには、ちょっぴり勇気が足りなくて、近づくことができませんでしたが……それでも、その声を聞いたことに違いはありません。
私とおんなじように、動物の声を聞き取れるという人にはまだ、出会ったことがありません。
といっても、聞き取れるのはいつも決まって、助けを求める声だけ。動物たちと、自由にコミュニケーションを取れるわけじゃないんです。もしそうだったら、どんなによかったことでしょうか。野良猫とおしゃべりすることに憧れてしまいます。
この技能が、自分にしかない特別なものなんだと知ったときには、とても誇らしい気持ちでした。自分だけの特技。そのことばには、私をわくわくさせるだけの魅力が、十分に含まれていました。
でも、残念なことに現実は、私が思っていたほど、わくわくするものじゃなかったんです。
この技能のせいで周りからは、変な子のように扱われて来ましたので、誇らしさ以上の何かはありませんでした。でも、いいんです。この技能のおかげで助かった動物たちは、少なくありません。それに……ほら、もしかすると、この技能がなくても、私に友達は少なかったかもしれませんし……。あ、あくまでも、もしかしたらの話ですよ。やめてくださいよ、人をぼっちみたいにいうのは。
話を現在に戻しましょう。
助けを求める声は、悲鳴となって私の耳に届きます。足が熱いと、このままでは溶けてしまいそうだというんです。
深刻な声に、私は焦りました。
声を頼りに走り出すと、見慣れたはずの通学路がやけに長く感じられます。
家々の壁は、夕日を一身に受けて真っ赤に染まっており、舗道のひび割れた隙間からは、昼間の熱がまだ放たれているようで、近づくだけでもむっとします。セミの鳴き声が私を急かすようにして、晩夏の湿った空気をいっそう重くさせていました。
(どこにいるの……?)
居場所がまるで分かりません。
思わず、心の中で尋ねてみましたが、返事はありませんでした。あたりまえです。この声はいつだって一方通行。相手の声が私に聞こえて来るだけなんです。
『足が……』
今にして思えば、不思議な兆候はあったといえるでしょう。今まで一度も、こんなにもはっきりと、助けを求める声を聞いたことはなかったんです。その声は、私の鼓膜を震わせるというよりも、耳の奥に、じかに染みこんで来るようでした。
熱にうなされたような声が、時折、ぷつぷつと不穏な気配をまといながら、途切れとぎれに聞こえて来るんです。声の大きさの割に、音源の位置は不鮮明で、今の私がいる場所から、はたして近いのやら遠いのやら。それさえもはっきりとしません。
確かなのは、その声が、とても無視できないほど必死な声音だということです。
声に誘われて私は、小走りで辺りを探します。
(バッグは……いっか)
どうせ近所です。盗まれる心配は、きっとないでしょう。
そう思った私は、学校指定の紺色のバッグを肩から外していました。一応、見つかりにくいように電柱の陰に隠したのは、おバカな私にしては、かなりがんばったほうだと思います。
よく耳をすまして、声のする方角を確かめます。
風に揺れる葉のざわめき。どこかで聞こえる車のエンジン音。そして同級生の笑い声――それら全部が、次第に背景の一部となって、私から遠ざかっていきます。
それに呼応するようにして、浮かびあがって来るのは、かぼそい呼吸音です。
(あっちかな)
曲がり角を抜け、川沿いの小道を進みます。そばでは水鳥が羽を打ち鳴らし、時々、思い出したように鳴る踏み切りの鐘が、私にはなんだかやけに大きく聞こえました。
いつの間にか、目の前にはトンネルが現れていたんです。
どうやら声は、そのトンネルの奥から聞こえて来るようでした。
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