第4話 種族




「ん゛……ふ……」

「…………」


22時。

目の前では、ナイスボディの女の子たちが、俺に裏のない笑顔を向けている。

暗闇に浮かぶ、鮮明な画面世界に入り浸れるこの幸福感が堪らない。日課である。

その中で、聞こえてくるこの息遣いは、はたしてこのハーレム世界からなのか、ヘッドフォンを超えて聞こえてくる、現実世界からのものなのか。


「…………」

「……んん゛……」


意を決してヘッドフォンを外してみれば、あの愉快なBGMは消え、一瞬にして現実へと戻される。だが、女の子の荒い息遣いだけは、残っていた。

心当たりはもちろん一つしかない。

振り返れば、ベッドの上で丸まるあの子が変わらずそこにいる。


「おい、大丈夫かー?」


問いかけてみるも返事はない。

仕方なく顔を覗けば、苦しそうにもがいていた。


「ミカ、ミカ。大丈夫かお前」


風邪?そもそも悪魔って体調悪くなんの?

名前を呼んでも目を覚さなければ、どうしちゃったのか当たり前に分からない。熱はなさそうだが……

試しに額に触れてみると、


「つめたっ!!!」


びっくりするほど冷えていた。こういう時って高温になるんじゃねぇの!?逆に冷えることってあるんだ!?

追う様に掴んできた手を置いて、とりあえず布団をかけてやって、急いでスマホを手に取る。


「悪魔、風邪……悪魔、病気……」


……そうだよなぁ!!!!出てくるわけないよなぁ!!!?

ここは異世界なんかじゃない。ありきたりな現実世界で、悪魔に関するそれらしき情報がヒットするわけがなかった。


「俺にどうしろって言うんだよ」


とりあえずカイロ?いや今冬じゃねえし売ってねえよ。確かにまだ冷えるけどさ。

春休みに入ったばかりの今、布団を被せるしかないのか。

解決策を絞り出しながら、意味もなくスマホ画面をスクロールする。

当たり前に役立ちそうな情報なんて……


「あ。なんだこれ」


“あなた好みの悪魔を見つけよう!ドキドキ診断テスト♡”

可愛い見た目に負けてリンクを押してみれば、個性豊かな悪魔たちのイラストと共に、質問がいくつも表示された。

どうやら、自分の好みを選んでいけば、その属性を持つ性癖ドンピシャの悪魔を教えてくれるらしい。

どれどれ。俺は正直、バナーで微笑んでいるこの小悪魔ちゃんがタイプだが…………いや待てよ?

これ、今まさに俺の目の前にいる悪魔ミカの特徴を選んでいけば、同じ属性の悪魔が表示される……つまり、こいつの正体が分かるのでは……?

普段使わない頭をここでフル回転。我ながら天才的発想すぎるだろ。さすが俺だ。

よし。まずツノの形……ツノは小さな三角だな。尻尾は細くて黒い、先端が逆ハートのもの。羽はコウモリに似ていて……

順調に回答を選んでいく。残り1問。

これでようやくだ。

最後の質問に移動して、見慣れない文字が表示された。


「紋章?」


なんだそれ。行き詰まると、丁寧にその下に説明が記されていた。

簡単に言うと、紋章はその悪魔の徴らしい。肉体に浮かび上がって、その場所は種類によって違うんだと。

そんなもの、こいつにあった記憶はないが。ほんとにあんのか?


「選択肢は腕……顔……足……腹……」


前3つには当然見当たらない。だとしたら────いやいやいや待て俺!!いくら相手が悪魔だからと言っても、セクハラは成立するんじゃないのか!!?俺捕まらないかこれ!?!?

コイツの正体を暴くためだとしても、訴えられたら負けそうなんですが!!!!


「すぅっ……」


落ち着け俺。冷静に考えるんだ。

今こいつには俺しかいない。俺は決して不純な動機で服を捲るんじゃない。

正体を知るため。そして楽にさせてやるため。

なにも悪いことはしていない。

俺は父親らしいしな。助けようとするのは当然のことだ。

とは言ったって年中年頃男子。バクバクとうるさい心臓を押さえつけ、「しつれいします」と小声で呟く。

これで犯罪者になったらたまったもんじゃないからな。出来れば起きないことを願って……震える手でTシャツをぺろっと捲る。

白くて薄い腹。

そこには──マゼンタカラーの紋章が、色濃く浮かんでいた。

それはわずかに発光していて、俺にナニカを連想させる。

いやいやまさか。

4択の中から腹を選択すると、すぐに結果が表示された。


「あなたにおすすめの悪魔は……」


────“サキュバス♡”


「っ────」


はぁぁぁぁ!?!?!?

抑えた声が俺の心の中でこだまする。

こいつ、サキュバスだったの!?!?

全然見えないけど!!!?

サキュバスってアレだよな?もっと胸がおっきくて、優しい妖美なおねぇさんって感じで、もっとこう、唆られるものなんじゃねーの!?

少なくとも俺の知っている世界ではそうだ!!これ間違ってるんじゃないのか!?

疑うけど、何度サキュバスの説明を読んでも、そこに間違いはなさそうだった。

全部こいつの特徴に、よく当てはまる。


「マジかよ」


俺、ずっとサキュバスと同居してたのかよ。

ハーレムゲー大好き野郎なら何度も夢に見るような、念願の、美少女悪魔──サキュバスとの同居。

ソウイウノはもっとこう、ウフフ、アハハ、イヤン♡なものだと思っていた。

だけど実際は、始まっていたことにも気付かないなんて。

いざ現実に起きて当事者となると、それはどうも気が乗らないものだった。

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