第2話
「ようやく目が覚めたか」
俺のベッドを独占していた、悪魔、とやらは、目をパチパチとさせ垂れた尻尾を揺らした。
寝かせて約3時間。日も暮れて、そろそろ親父たちが帰ってくる。
「ん、ぱぱ……」
「パパはいねぇぞ。回復したんならさっさと帰れ」
俺の趣味日課が遂行出来ねえじゃねぇか。
体を起こした変わらない美少女は、目を擦り俺を見上げる。
悪魔にも眠いとかあるのか。
「おなかすいた……」
「悪いけどウチにはなんもねぇぞ。さっさと自分家帰ることだな」
「……自分家って……私、生まれたばっかりだし。家ここだもん。拾い主が親になるんだよ」
「なに言ってんだよ。確かに触ったけど、俺は拾ってはいない。断じてだ」
念を押したのに、目の前の不貞腐れた顔は「最初に触った人が親になっちゃうんです〜。だから親権返せって言ったんじゃん」と文句を垂れた。
「なんだよそれ、鳥じゃねぇんだからよ。親権も、俺はいらないから返してやるし」
「出来ないわ。勝手に決められちゃうもの」
「出来ないんかよ。返せないもの返せって言われてもな」
そんなこと俺に文句言われたって、事故はどうしようもないです。こっちだって返せるもんなら返してやりたかったし。
どうするものか。俺にはこのうるさい人外美少女と過ごしたい気は1ミリも……
考える俺に、美少女はパチンと両手を顔の前で合わせた。
いやいやいや……
「おねがい!住まわせて!」
「無理だって!俺実家!ここ俺の部屋!年頃の男子が女子と一緒の部屋とかありえないから!!」
「私は悪魔なんだし良いじゃない別に。気にすることじゃないわよ」
「気にすることだろ!気にしてくれよ!他人事じゃねぇからな!?」
大問題の原因のお前がなんでそっぽ向いてるんだよ!
思わず突っ込むと、悪魔はふと顔を変えて、「そっかぁ」と項垂れた。出会った時とは違って、目が覚めてからずっとどこか元気がない気がする。やっぱり体調が悪いのか……?
伺っていると、掴んだ俺の布団を引き寄せて、重そうな口を開いた。
「人間は知らないかもしれないけど、親に捨てられた悪魔って、ほとんど死んじゃうのよ。それって、親の存在が子にとってすごく大きいからなのよ」
「……とは言ってもよ。俺は人間でお前は悪魔。種族ちげぇんだしどうしようもなくないか」
「そこは任せて!大丈夫!いるってことが大事だから!」
「キラキラした顔で言われてもな」
食費とか、プライベートとか、気になる部分は大いにある。会話だって、俺が突然1人で部屋で喋りだした、いよいよヤバいヤツだと思われたらそれはいただけない。
「おねがいだよ。ぱぱが捨てちゃったら私、生きられないんだよ。ままは望まないからさ」
「しれっと痛いとこ刺してくるなよ。ままはいつまでも諦めてくれ」
「じゃあぱぱは……!」
「……うっ……」
アニメに見るような金髪美少女が、自分に“パパ”と言い期待した顔を向けている。
こんなの、どう考えたって断る方が頭がおかしいだろ。分かってはいる。分かってはいるが、俺は決して流されるような人間じゃない。この美少女と同居を決めた時、俺はきっと色々を失うんだ。
だから絶対にこの押し付けに負けるわけには────
「…………よし。分かった。パパと呼ぶがいい。だが感謝はしろよ。まったく」
「やったぁ!さすがぱぱ!」
「ははははは」
俺はどうしてこうなっちまったんだ。何があって卵を拾って悪魔にパパと呼ばれるようになっちまったんだ。
タンスの奥に隠してある美少女アニメの画集だって、学園ハーレムゲームだって、もう自由に見れなくなるんじゃないのか。
そんなの、俺の生きる糧がなくなったのと同義じゃないか。やっぱり今からでも……
「ふふっ」
────男に二言はない、ってか。
その笑顔を見てしまったら、もうあーだこーだ言うために口を開くことは出来なかった。こんなに喜んでくれているところを、壊すようなことはしたくない。俺にも情はある。
プライベートは無くなったようなものだが、思っているより悪い生活にはならないかもしれない。そう心から願う。
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