第4話 ガトリング砲
村を包囲していたのは、ただのゴブリンではなかった。
火矢を放つ者。
巨大な槌を振るう者。
そして――
丸太を組み合わせた即席の大型荷車。
弓矢も通じず、人間を盾もろとも押し潰す、ゴブリンの木製戦車。
シンプルな構造だからこそ確実に動作する最悪の突破兵器。
自警団の装備と、村の簡素な防護柵では、なすすべもない。
絶望が村を覆う。
「あと30秒で村の門が破られる……!」
もう誰も助けに来ない。
全滅は必至だ。
木製戦車が1台、ゆっくりと前進を始める。
ゴブリンたちが押す。
車輪が軋む音。
村の防護柵に――触れた。
バキバキバキッ!
柵が木っ端微塵に砕け散る。
まるで紙細工を踏み潰すように。
「柵が……!」
「防護柵が役に立たない!」
村人たちの悲鳴。
戦車の後ろから現れたのは、赤い頭巾を被ったゴブリン。
団長の顔が青ざめる。
「レッドキャップ……!」
ゴブリン族唯一の災害級指定モンスター。その目撃証言は非常に少ない。
出没頻度が少ないからではない、生き残りがいないからだ。
赤い頭巾以外は通常のゴブリンと見分けがつかない。
それゆえ、ゴブリンとの戦闘経験がある者ほど油断し
あえて意識がある状態で生かされたまま、生皮を剥がれる事となる。
「全員、退避しろ!
何があっても相手にするな!」
若い自警団員が叫ぶ。
「災害級……!?」
「団長! 戦わないんですか!?」
「戦える相手じゃない!」
団長は歯噛みする。
「レッドキャップに太刀打ちできるのは、ロイヤルガードかラ=ミア教のテンプルナイトくらいだ!」
王都や聖都からは早馬でも3日。
包囲された今、救援を呼ぶ術すらない。
「よく聞け、もし俺が襲われても
絶対に助けるな」
「見捨てて逃げるんだ、いいな!!」
ギシギシ……
残りの防護柵が、音を立て始める。
つい先日、リリアが修理したばかりの柵。
バキィッ!!
最後の防護柵が崩れ落ちた。
ゴブリンたちが、なだれ込んでくる。
村の中へ。
家々の間へ。
逃げ場のない村人たちの前へ。
レッドキャップたちが、先頭を切る。
その数、5体。
より苦痛を与えるよう斬れにくくした
刃こぼれだらけの曲剣を掲げ、最精鋭の狂戦士たちが迫る。
村人たちの悲鳴。
逃げ場はない。
「誰か……!」
「助けて……!」
「いやだ……!」
リリアは、その光景を見つめていた。
エルナさんを庇うように、その前に立ちながら。
(また……)
(また、誰かが死んでしまう……)
(いやだ……!)
(もう二度と、誰も死なせない)
リリアの両手が、震えながら天に向けられる。
「誰も……誰も、死なせたくない……!!」
あれを使うしかない。
魔法学校で習った高レベルの範囲回復魔法。
効果は『ヒーラーの想いをつなぐ』としか書かれていなかった。
彼女の能力が、強い願いに反応する。
光が彼女の前に集まり、何かが具現化していく。
それは――
6本の
複雑に組み合わされた歯車。
後部には取っ手のようなものが付いている。
「これは……何……?」
少女が戸惑う。
しかし、彼女の手は"知っていた"。
「これを回せば……!」
それは、人道と殺戮を奇跡的に両立させた
人類初の『救命具』である。
――ガトリング砲。
秒間6発以上――
手動では到底扱えぬ"弾丸の瀑布"。
医師リチャード・J・ガトリングが
『戦闘に必要な兵士の数を減らし、
犠牲者を無くしたい』という理念で作り上げた兵器。
「医師による発明品、すなわち――
ヒーラーが装備可能な『治療器具』である!!」
少女がハンドルを回す。
歯車がかみ合う音とともに、六本の
次の瞬間――
"ブゥオオオオオオオオオッ!!!"
一秒間に6発を越える金属弾が吐き出された。
その圧力は、「弾丸が飛ぶ」のではなく『前方の空間ごと抉り取る』ようだった。
レッドキャップの先鋒――五体。
弾丸が皮膚に触れた瞬間、身体の半分が霧のように散った。
意気揚々と掲げたご自慢の刃こぼれした曲剣が、落としたビスケットのようにあっけなく砕け散る。
ノコギリ状の刃が、刃こぼれごと金属片になりガラス細工のように宙に舞った。
筋肉は裂け、骨は砕け、内臓の色をした蒸気と肉片が後列へ降り注ぐ。
数秒後――
最精鋭5体は、跡形もなく消えた。
後方のゴブリンたちが、一瞬、静止する。
何が起きたのか、理解できない。
最精鋭の五体が消えた、一瞬で?
だが――
「キィィィッ!」
残ったレッドキャップたちが、甲高い声で叫ぶ。
曲剣を村の方に掲げ指示を出す。
木製戦車が一斉に動き出す。
その数、十台。
「ゴブリン戦車だ!」
「もう間に合わない!」
リリアがハンドルを回し続ける。
"ドドドドドドドドド!!"
木製戦車の前面が、まるで巨大な鉋で削られたように飛び散る。
丸太が次々と粉砕される。
木片が空中に舞う。
戦車の後ろにいたレッドキャップたちも、木片と一緒に四散する。
数秒後――
戦車だったものは、ただの「空中に舞うウッドチップの雲」でしかなく、
レッドキャップたちの身体も、木片と区別がつかないほど細切れになっていた。
リリアの回すハンドルの感触が軽くなる。
シュウウウウ……
弾丸の瀑布が止まり、静寂が訪れる。
その瞬間、残ったゴブリンたちが、パニックに陥る。
「ギギィッ!」
「ギャアアッ!」
背を向けて逃げ出すゴブリンたち。
リリアが無言で、6本の筒の上に据えられた金属の箱を乱暴に投げ捨てる。
背後に積み上げられた同じ箱を、筒の上に乗せる。
リリアが再度、ハンドルを回す。
今度は、ハンドルを回したまま砲身を回す。
"ドドドドドッ!"
息を吹き返した6本の筒が、咆哮をあげる。
逃げるゴブリンの背中が、次々と蜂の巣になる。
一部のゴブリンが、武器を捨てて膝をつく。
降伏の意思表示だ。
しかし――
リリアは逃げるゴブリンを追って、砲身を回す。
"ドドドッ!"
降伏しようとしたゴブリンたちの上半身が霧散するが、必死のリリアは気づかない。
膝をついた下半身だけが、その場に残った。
数十秒後――
ゴブリンの群れは、ひとつ残らず消えた。
戦場は、沈黙に包まれる。
地面には――
肉片、骨粉、ウッドチップ状の木片、もはやゴブリンの木製戦車と村の防護柵の区別もつかない。
そして膝をついた下半身だけが、点々と残っている。
金属弾の熱で蒸発した血の匂いだけが、静かだった村に漂う。
リリアは震える指先を見つめる。
「え……? ま、また……私……"範囲回復"の魔法を使っただけ、なのに……?」
村人たちの視線が、恐怖・畏敬・感謝の入り混じった色でリリアに集まる。
誰もが、戦場にそぐわない華奢な少女と、 その腕にある破壊の具現化を、理解できない目で見ていた。
「……なぜ、どうして、私の力はいつも皆を遠ざけてしまうの……」
リリアは、その場に立ち尽くした。
--------
あとがき
表題のノルマをこなしたので、次回からはまたリリアとおばあちゃんの、やさしい世界のスローライフが!?
次回、12/5 18時ごろ公開です。
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