第3話 偽りの勝利

「おばあちゃん! おばあちゃん!!」


リリアは地面に崩れ落ち、動かない肩を揺さぶった。


返事はない。

さっきまで笑って、「うちの子にならないかい」と言ってくれた口が。

あの優しい笑顔が——もう二度と見られないのだと思った瞬間、喉の奥がぎゅっと詰まった。


(……いやだ。いやだ、いやだ……!!)


ヒーラーであることは隠すはずだった。

そう決めたはずなのに——


勝手に身体が動いた。


両手が震えながらも魔力を解き放つ。

光が溢れ、失われた目が再び形を取り、皮膚がふくらみ、血色が戻り、心臓がドクンと震えた。


「……っは……リリアちゃん……?」


若々しい声。

リリアが知っている、あのかすれた優しい声ではない。


「——エルナさん……!!」


涙がこぼれると同時に、周囲で悲鳴があがった。


「ゴブリンだぁぁぁ!!」


「逃げろ!」


「子供たちを家の中に!」


村中がパニックに陥る。

家々の間を影が駆け抜け、矢が飛び交い、悲鳴が響く。


リリアは思わず後ずさった。

エルナさんを抱きかかえながら、周囲を見回す。


(落ち着いて……落ち着くの……!)

(ここをしのげば、きっと自警団が……!)


次の瞬間——


「急げ、門を固めろ!」


力強い声が響いた。


リリアが顔を上げると、自警団の男たちが槍を構え、弓を放ちながら駆けつけてくる。


その先頭にいるのは——


「団長さん……!」


リリアの胸に、確かな希望が灯った。


屈強な体格の団長が、リリアとエルナさんの前に立ちはだかる。


「大丈夫か、リリアちゃん! エルナさん……おばあちゃんは無事か!」


「は、はい! エルナさんは……!」


団長はエルナさんの姿を確認し、思わず二度見した。


(……エルナ、さん……?)


さっき確かに矢が刺さっていたはずなのに、。

深く刻まれていたシワが浅くなり、シミが消え、白髪にさえ色が戻っている。


まるで別人のような若々しさ。


自分が鼻垂れ小僧だった頃の、若いエルナさんだ。

間違いない、本人だ。


だが——


(声まで……一体、何が……)


しかし今はそれどころじゃない。


「二人とも、家の中に隠れてろ! ここは俺たちが食い止める!」


団長は槍を構え直し、部下たちに号令を飛ばす。


「落ち着け! 出てきたのは3体だけだ!」


「怯むな、大人が二人で対処すれば、負けることはねえぞ!」


(自警団がいれば……村は、なんとか……!)

(3体なら、大丈夫……!)


リリアは震える膝を抱え、祈るように戦いを見守った。


ゴブリンは、大人が二人で対処すれば負けることはない。

これは、この世界で長年培われてきた、戦術の常識である。


そして、その常識通り——


自警団は最初の波を食い止めた。


槍が振るわれ、弓が放たれ、ゴブリンたちは一体また一体と倒れていく。

負傷者は出たが軽傷程度で、なんとか3体すべてを仕留めた。


自警団がかちどきをあげる。


リリアは緊張の糸が切れ、その場にへたり込んだ。


「よかった……。これで、みんな助かる……」


しかし次の瞬間、胸の奥に冷たい感覚が走った。


「団長、あれは何だ?!」


自警団の一人が、村の外を指差す。


村外れに炎が上がる。

その向こう――影が揺れる。

ゴブリンの姿だ。


一体、二体……いや、数が多すぎる。


頭巾の色も、見慣れた黄色だけではない。

緑、黒、紫、茶――確認できるだけでも、五種類以上。


リリアは息を呑んだ。


ゴブリンは土地に根付いた文化を持ち、集落ごとに異なる色の頭巾を被る。

そして他の集落の縄張りは、決して荒らさない。


この土地のゴブリンは黄色。

それ以外の色が現れることは、通常ありえない。


なのに今――少なくとも五つの集落のゴブリンが、ここにいる。


これが意味することは——


「複数の集落から……呼び集められた……?」


自警団長の声が震える。


さきほど撃退された3体のゴブリンは、村の兵力を探る斥候だった。

手薄と見て、潜んでいた本隊が総攻撃をかけてきたのだ。


村は百匹近くのゴブリンたちに、完全に包囲されていた。


リリアの膝ががくりと落ちる。


光と血の匂いに混じって、胸に押し寄せるのは——

誰も助けられないかもしれない、という絶望。


逃げ場はない。


--------

あとがき

ガトリング砲のことすきすきクラブのみなさん

大変お待たせしました、次回とうとうアイツが出ます!!!

12/4 18時ごろ公開です!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る