第7話

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ネクスト・クラウンには座学の時間も存在する。ハッキングによる侵入者が現れた数日後、状況整理と知識を得るための座学が開始された。



教壇のボードにチョークが叩きつけられるような音が響いた。


「――席に着け。…始めるぞ」


入室してきたのは、黒縁眼鏡に深い隈、スーツ姿の男。
UDB 情報監視部の実務派、国守 忠示(くにもり ただし)。


鋭い眼光で教室を一瞥する。


「ここ“ネクスト・クラウン”は、ただの訓練施設ではない。
国家の次期戦力を育てる“選抜場”だ。そのくらい覚えているな?」


紅蓮の面々は背筋を伸ばし、
前列右側、生無 公平は端末を開きながら静かに頷いた。



「まずは世界情勢だ」



国守は端末をボードへ同期させ、空間に立体の地図を投影する。


「政府組織:統合防衛局(UDB: Unified Defense Bureau)――UDBは、主に三つの柱で動いている。


 一つ、特殊戦闘者の管理。


 二つ、AI戦闘シミュレーションの開発・運用。
 三つ、国家安全保障情報の統合だ」


リギアが手を挙げる。


「つまり、私達はそのうち“戦闘者管理”の管轄ってことでしょうか?」


「半分正解だ、リギア・クリムゾン。お前たち紅蓮は“戦闘特化A級チーム”として登録されている。ただし能力の応用次第では、特殊任務部が直接任務を割り振ることもある」


「…特殊任務部って、理不尽で有名なあの……」

小声で蓮華が言う。


「聞こえてるぞ模美類。噂ではなく事実だ。覚えておけ」

国守はさらりと答える。


国守は教壇前から動かない。
彼の眼光が、教室全体にじわりと圧をかける。


「……次の項目に入る。
 先日の“侵入事件”の解析結果だ」


一瞬、教室の空気が固まった。


机の二列目――色即是空のNo.2 釈水 迦白(ときみ かはく 2年)は姿勢を正し、静かに目を伏せる。



彼は礼儀正しく、騒ぎも起こさないが、
その瞳の奥には戦闘者特有の冷えた光が宿っていた。党首の般若は座学を嫌い欠席している。


担当職員 国守はボードに短く4文字を書いた。


『意図不明』


「今回の侵入は――“データ窃取目的”と考えられていたが、実際のログ解析はそれを否定している」


生無が端末から顔を上げる。

「……侵入者は、センターのスキーマには触れていませんでした。攻撃コードの構造も、目的が絞れない形です。」


国守は頷き続きを引き継ぐ。

「“破壊”でも“窃取”でも“攪乱”でもない。
 ――侵入者の行動には、目的に相当する痕跡がない」


蓮華が小さく息を呑む。

「じゃあ……何のためなのですか?」


「現状の分析では一つだ」


国守の声が低く落ちる。


「試験(テスト)」


それを聞いたリギアが静かに喋りだした。

「……我々をってことですか。」


「それも半分。本命は――ネクスト・クラウンそのものの反応評価だ」


迦白が静かに口を開く。

「……“外部戦力が学園へ侵入した場合、どのレベルで反応が返るか”……そういう意味合いで、ございますか?」


「おそらく正しい。学園がどの程度まで即応できるか、誰かが探っている可能性がある」


教室がしんと静まった。


国守は次に、赤字でこう書いた。

『S級 ≠ 兵器。
 S級 = 事象』


「S級戦闘者は、兵器ではない。
“圧倒的な力を持った一つの現象”だ。
政府でも完全な制御は不可能とされている」


迦白が珍しく、わずかに眉をひそめる。


「……事象、ですか。
扱いとしては“災害”に近いという認識で?」


「近いどころか、実際に政府内部ではそう分類している」


蓮華の喉が鳴る。
リギアでさえ、わずかに表情を硬くした。



国守は出席表を見て教室を見渡し、空白の席に視線を向けた。


「色即是空――般若 若菜は欠席か」


迦白が静かに頭を下げる。


「申し訳ございません。若菜さんは……座学への参加を“拒否”したものと思われます」


「理由は?」


「“戦いさえできればそれでいい”と。
いつも通りの、短い返答でした」


国守の目が細くなる。


「知識と分析の価値を理解しない者は、いずれ死ぬ」


その言葉には誰にでも突き刺さる鋭さがあった。


迦白はその刃を正面から受け止めるように、小さく頷いた。


「私からも、後ほど諫言しておきます」


「……伝えておけ。色即是空の戦力低下は、国家規模の損失にもなる」


少し考えた後、国守は淡々と言葉を吐いた。

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