第10話「魔法少女について」

 魔法少女との出会いから二日過ぎ、平日の月曜日。


 靴を履き終えた葵さんは、もう何度目か分からない注意を口にする。


「それじゃあこうくん、お母さんもう行くけど、何かあったらすぐ連絡してね」

「いってらっしゃい。大丈夫だよ。そっちこそ気を付けて」

「急いで終わらせて帰って来るからね! いってきまーす!」


 手をひらひらと振って、軽い雰囲気を装いつつ葵さんを見送った。玄関の扉が閉まるのを見届けてから、俺は深くため息を吐く。疲れた。


 今日は半日、ずっと葵さんと一緒だった。苦手意識というと大げさだけれども、未だに彼女相手だと緊張するというか、どうにも肩の力が入ってしまう。


 この疲労感と来たらもの凄く、今日も突然らびらびが天井から降って来ても、俺はほぼノーリアクションで見ているだけだった。


「葵はいつも忙しそうぴょん」

「らびらび来てたんだ。今までどこ行ってたの?」

「あの子達について調べてたぴょん」


 このマスコットは土曜の夜に別れて以来、俺の前に一切姿を見せていなかった。また有休を取っていたと思っていたけれど、今度はちゃんと仕事をしていたらしい。


 話が長くなりそうだからリビングに移動して、ふと冷蔵庫にあるものを思い出した。


「葵さんがおやつ買ってくれたんだけど、俺のでよければ半分食べる?」

「お気持ちだけいただいておくぴょん。御覧の通りらびらびは妖精だから、皆の幸せが一番のご馳走ぴょん」

「……見た目も台詞もファンシーなのに、どうしてこんなにも胡散臭いんだろうな」

「失礼な話ぴょん。それより」


 カレンダーを見上げたらびらびは、続いて時計の短針を確認する。針は二を示している。更にぬるっと動いた視線に向く。その作り物めいた瞳には、僅かに心配の光が見え隠れしていた。


「耕太郎は早退ぴょん?」

「いや、今日は葵さんと学校の見学に行って説明受けただけ。学校側の準備もあるから、どうも明々後日が初登校らしいよ」

「他人事ぴょん」

「現実感がないからね」


 行ってみたいなと思ったこと、むしろ通いたいと駄々をこね泣きわめいた夜もある。数年前にはさっぱり諦めたそんな夢が、今唐突に叶おうとしている。俺何もしていないのに。


 おかげでそれはもうまったく現実感がない。正直喜ぶ暇も戸惑う余裕もない。


 学校に行けると聞いて口から漏れたのは、へー、なんて生返事くらいだった。


 それからもずっと学校のことを考えると、どうもふわふわとした感覚に包まれてしまう。この落ち着かない気分を変えるためにも、今は別の現実感がない話をしよう。


「それで一昨日のことだけど」

「説明の用意は出来てるぴょん」

「さすが、準備いい」


 今日も今日とてらびらびは紙の資料を手渡してくれた。毎度思うけど、これどこで印刷してるんだろう。


「まず、あの子達の名前はクリアシャインとクリアオーシャン。耕太郎よりも先にこの街を守っていた魔法少女ぴょん」

「それ本名じゃなくて、コードネーム的なあれだよね」

「魔法少女としての名前ぴょん。耕太郎のは考えるのをすっかり忘れてたから、後でちゃんと考えておくぴょん」

「……それって、俺が考えちゃ駄目なの?」

「駄目ぴょん。どうせ耕太郎センスだとごついかえぐいものになるぴょん」


 素の感性、変身コード、変身後の姿。悔しいことに否定出来ない。俺に許された抵抗は恨めし気に睨むことだけ。


 らびらびは本題に入るぴょん、なんてそれを一蹴し、いつも通りの声で語り出した。


「男の子に魔法少女の素質があるなんて絶対ありえないって話は覚えてるぴょん?」

「うん。らびらびえらくはしゃいでたよね」

「だからあの子達の態度はこの常識に対する見解、現実を認めるか断固拒絶するかの違いによるものぴょん」

「……サスペンスとかホラーで幽霊が出たかもって話の時、素直に信じるかペテンと疑うか、みたいな?」

「らびらびは前者、あの子達は恐らく後者だったということぴょん」


 常識を疑うか信じるか。どちらが正しいかは作品やジャンル、内容による。現実に考えてもその時々だろう。


 だから今考えるべきは判断の正しさではなく、どうすれば俺の存在を信じてもらえるどうかだ。


「この場合認識の問題だから、中々訂正するのは難しいぴょん。ただもっとも、訂正出来ても問題は残るぴょん」

「その問題はともかく、それって上の方からなんとか出来ないの?」

「上ぴょん?」

「らびらびはフリーって言ってたじゃん。じゃあ逆に、あの子達はあれ、魔法少女の組織的なものに所属してるかもでしょ?」

「………………あぁ、協会の。確かにその可能性は高いぴょん」


 幾ばくかの沈黙の後、らびらびは心なしか棒読み気味に呟いた。あまりその協会という組織が好きではないようだ。 


「だとしても耕太郎」

「うん」

「どの業界においても、フリーというのはとても儚い立場ぴょん。協会からすれば石ころみたいなものぴょん。そして石ころのする突拍子のない話は、それこそ砂ぼこりのようなものぴょん」

「あっ」


 らびらびは石ころらしい。さっきの態度に納得した。


「らびらびが男の子に素質があったなんて報告しても、悪戯だと思われるだけぴょん」

「じゃあ俺をそこに連れてくとかは。これが現物ですよーって」

「君がこの家に帰って来れなくなる。だからそれは絶対にしない」

「語尾忘れてるよー」

「ぴょんぴょん」

「それで補填出来るの?」


 相変わらずキャラづくりが甘い。もしや俺にツッコまれるためにわざとやってるんじゃ、なんて疑惑が思わず湧くほどだ。


 そしてその疑問もすぐに吹っ飛んだ。らびらびが当然のように言ったことが、思い切り引っかかったからだ。


「いやちょっと待って。その協会ってところ行ったら俺捕まるの?」

「わざわざ自分から行かなきゃ大丈夫ぴょん」

「否定はしないんだ」

「出来ないぴょん。ただ、男の魔法少女なんて極めて眉唾な話だから、らびらび以外から報告が飛んでも誰も真に受けはしないはずぴょん。精々が男の子に変身する魔法を持つ、とても奇特な魔法少女が生まれたと考えるくらいぴょん」


 魔法少女は変身している限り、基本機能の認識操作によって正体がバレることはほぼありえない。土曜の夜に受けた説明を思い返す。


 よって俺が、男が魔法少女になっているという意味不明な状況が判明するのは。


「それこそさっき言った通り、本物が目の前で現れない限り」

「土曜教わった禁則事項に限らず、正体は隠しておけってこと?」

「そういうことぴょん。普通の魔法少女同士なら正体を知られても問題ないけれど、耕太郎の場合は確実に別問題が発生するぴょん」

「……じゃああの子達の前で変身解除して、俺は人間だーって証明するのも不味いか」

「そもそもレギオンだと疑われている以上、能力か何かだと思われる可能性もあるぴょん」


 あの子達は俺をヒューマンレギオンだと思い込んでいる。


 レギオンは見た目通りの力を持っている。そしてヒューマン、人間の力は知恵。


 服や変装もその一部で成り立つものだから、変身も解除もレギオンの能力によるもの、なんて言い張ることも出来なくもない、ということになるのか。


 だとすると困ったことになる。知恵を能力だとすると、あらゆる行為がその判定に引っかかるような。何が出来る出来ないで信じてもらえるのか、まったく思いつかないような。


 らびらびはその困惑を見透かしたように、どうしようもないこの場の結論をまとめた。


「つまりあの子達に信じてもらえるかは、耕太郎の人間的魅力に全てかかってるぴょん!」

「あっ丸投げした」

「君を信じて託したと言ってもらいたいぴょん」

「こいつ、マスコットの癖に詭弁と言い訳は上手いな」


 その代わり夢を見せる振る舞いはド下手。就く職業が、マスコットが職業かは知らないけれど、間違ってるんじゃないか。


 こんな嫌味を言っても仕方がない。それに悩んでも何も思い浮かばないから仕方がない。


 魔法少女の問題は一旦全て投げ捨てて、俺はスマホを手に取った。


「よし、やめよう。もう今日は楽しいことだけ考えよう。らびらび、これ見てこれ」

「これは、この辺りの地図ぴょん?」

「うん。これから探検しに行くつもりなんだけど、どこがいいと思う?」


 立ち上げた地図アプリをらびらびに見せる。


 一昨日は変な二人組と遭遇、昨日は七海ちゃんとここに籠っていたから、今のところ全然探索出来ていない。せっかく病院の外に出られたのにもったいない。


 そう思っての相談は、らびらびにはとても不評だった。


「……耕太郎、葵に外出は駄目だと言われてなかったぴょん?」

「聞いてたんだ。まあ、それはそうだけど、少しくらいなら平気でしょ」

「平気じゃないぴょん。ただでさえ君はまだ退院したばかりで、病院外のこともほとんど知らない世間知らずぴょん。特に今の世の中だと男の子、それも耕太郎のような子は取り返しのつかないトラブルに巻き込まれる確率が凄まじく高いぴょん。加えて今日は平日、この時間に君くらいの子が出歩いていたら、それだけで補導されてしまうぴょん」

「正論パンチが強くて長い」


 変な発言を繰り返す妙な物体の癖に、ここぞという時は正論を振りかざして来る。


 昔の俺なら手強い相手だったかもしれない。だが今の俺には暴力があった。


「でもらびらびじゃ止めらないでしょ? ほら、これだけへなちょこなんだから」

「やめるぴょん。魔法少女として暴力は恥ずべき行為ぴょん」

「力なき正義は無力なりー。それに俺は男だから魔法少女じゃありません―」

「屁理屈ぴょん」


 推定眉間辺りを何度も突っつき、目の前で浮遊していたらびらびを机の上に落下させる。


 今日もまた勝利してしまった。らびらび、スパイダーレギオン、キャットレギオンに続く人生四回目の勝利だ。


 墜落後、恨めしげに俺を見上げるらびらびの様子はどこかシュールだ。それを一つ笑ってから、元々考えていたことを提案する。


「そんなに心配ならついて来てよ」

「……いいぴょん?」

「よくなきゃ誘わないよ。どう?」


 らびらびは意味不明正体不明のほぼ怪異だけれど、さっきの正論のように恐らく常識はある。いざという時は頼れるはず、多分。


 そんな俺の打算が伝わったのか、たっぷり十秒ほどらびらびは悩んでいた。それから深く重い溜息を吐いたから、聞く前に返事は分かった。


「仕方ないぴょん。君のサポートがらびらびの使命ぴょん」

「ありがとう。あぁでも、らびらび滅茶苦茶目立つか。どうやって一緒に」

「心配ないぴょん。らびらびにはこういう機能もあるぴょん」

「うわっなんか小さくなった」


 ぬいぐるみサイズだったらびらびが唐突にキーホルダーくらいまで縮んだ。呪い?


「これほどラブリーダンディーセクシーなうさぎが普通に飛んでいたら、どうしても世間様の注目の的になってしまうぴょん。そのための対策ぴょん」

「思い上がりが凄い」


 今のところラブリーもダンディーもセクシーも感じたことはない。


「よーし。じゃあ探検に出発だー!」

「ぴょん!」


 だけどそんなこと今は、というよりも永遠にどうでもいい。さらっと自惚れを流し、俺達は意気揚々と外へと駆け出して行った。



 玄関から鍵の開く音がした。


「ただいまー」


 この控え目な声と足音は、恐らく七海ちゃんのもの。もう下校時刻になったんだろう。


「お兄ちゃ、んんっ、兄さんは、部屋にいるのかな」


 何か独り言を呟いているようだけど、生憎今の俺には届かない。逆か。独り言なんて聞かれない方がいいか。


 洗面所で手洗いうがいを終えただろう七海ちゃんが、とうとうリビングに足を踏み入れる。彼女はそこに転がっているものを目の当たりにして、驚愕に目を見開いた。


「あっに」

「……ぁー」

「に、兄さんが、死んでる……!?」


 それこそが俺、リビングのソファーにうつ伏せで倒れ込んでいる死体である。


「生きてるよー、七海ちゃんおかえりー」

「よ、よかった。あった、ただいま」


 頑張って見上げて返事をすると、七海ちゃんはほっと息を漏らした。中途半端に降ろされたランドセルが、この子の慌てっぷりをよく表している。


 そのランドセルは残念ながらすぐに落下した。七海ちゃんがまたあたふたとし始めたからだ。原因の俺が言うのもなんだけど、今日もこの子は表情が忙しい。


「兄さんどうしたの!? だ、だだ大丈夫!? あっきゅ、救急車!」

「呼ばなくても平気だよー。これはなんだろ、そう、あれ、疲れてるだけだからー」

「疲れてる、だけ?」


 七海ちゃんがこてんと首を傾げ、釣られて三つ編みも揺れた。


「実は七海ちゃんが帰ってくる前、少し探検に行ってたんだけど」

「……お母さん、一人で外行っちゃ駄目って言ってなかった?」

「まあ、そこは一旦置いといて」

「お母さんきっと怒るし、凄く心配するよ? その、私も、いっぱいするよ?」

「……後で言い訳するから、そこはちょっとだけ置いてもらって」


 意外と七海ちゃんの圧力が強い。いつものような遠慮がまるでない。この子はこういう状況、人を心配する時は思い切り踏み込むタイプのようだ。


 その優しさはとてもいいこととして、今は先に喋らせてもらおう。俺も愚痴が言いたい。


「外は危険で一杯だね。もの凄かった」

「なにがあったの?」

「扉を開けて三歩目で植木鉢が横から飛んで来た」

「!?」

「交差点の度にトラックも突っ込んできた」

「!?」


 これらの嵐から俺を庇い、らびらびは犠牲となった。


 具体的に言うと三歩目の植木鉢は直撃し、トラックには三回轢かれた。


 さすがにその時は焦ったものの、何故かペラペラになるだけでらびらびは普通に生きていた。もしかすると奴はホラーじゃなくて、シュール系ギャグ漫画出身なのかもしれない。


 更に七海ちゃんの手前言わなかったけれど、痴女にも四回くらい遭遇した。見せつけてから逃げる系と声をかけて来る系。幸い襲って来る系はいなかった。


「一人で出かけるなって言葉も今は身に染みてるよ、反省してる。あれはツーマンセル以上じゃないと無理だ。誰かと背中をカバーし合わないと、外ってあんなに危ないんだね」

「……お母さんが言いたかったの、多分そういう意味じゃないと思う」


 七海ちゃんのツッコミは今日も冷静かつ鋭かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る