第15話 ボルデメのビューティペア

〇大津ボルデメ管制室内

 誰もいないボルデメ室内。部屋の隅にあるハッチが開いて内閣府のビューティペア、千早かける・めぐるが地底湖から登ってきた。


「ひ~、やっと着いたっ!」


 フロアに寝転びながらめぐるが言う。

「こんなの聞いてなかったよ。くっそぉ、若井のヤツ! 私たちは管制隊員であって、前線隊員じゃねぇっつーの!」


 地底湖から、一対何段あったのだろうか、コの字型の取っ手を握りしめ登ってきた二人は息も絶え絶えだ。

「全くね、ほとんど登山じゃん、これ! ところでかける、イロハってもう偵察中よね?」

「とっくとっく! さっさと起動しないと若井がうるさいよ!」

背負ってきた荷物を降ろしながら、マスター電源のスイッチを入れる、かける。


「ふん、大臣補佐官だか何だか知らないけど、えっらそうにしてさ。モテないよねアイツ、きっと」

コンソールに座り、オペレータ認証装置の前に顔をかざす、めぐる。

「でしょうね。千早かける、認証」

「千早めぐる、認証」


 ボルデメのコンソールは顔認証と音声認証により、初めてコンピュータが起動できるシステムとなっている。風邪でガラガラ声になったらダメじゃん、という意見もあったらしいが、最新テクノロジーを侮ることなかれ。認証用マスターとして通常時の声を登録しておけば、ガラガラ声になっても、わざと変な声を出しても、ここのAIは99.9998%の確率で本人認証を間違えることはないらしい。


「ってかさぁ、あの階段、エレベーターとは言わないから、せめてコの字の取っ手を持ってるだけで、自動で昇り降りするようにして欲しいなぁ。下から登って来るのに何分掛かると思ってんのよ」

コンピュータの電源を入れ、ネットワークにログインし、イロハのデータを受信するための操作をしながら文句を言う、めぐる。

「普通はね、みんな大津から車で上がってくるのよ。今日の私たちみたいな入室方法は例外で想定してないから、自動化は先の先でしょうね」

カタカタとキーボードをたたき、パスワードを入力し、エンターキーを押す、かける。

早期警戒機E2D、通称「イロハ」との通信リンクの確立を確認し、かけるがイロハに呼びかける。


「イロハ、こちらボルデメ、感度どうか」

「ボルデメ、イロハ、感度良好」

「了解。ボルデメ起動完了した。リアルタイム警戒データのリンクを開始する」

「ボルデメ、イロハの中島だ。受信用のICASのパスワードは伝わっているか?」


中島、と言う声を聞いて、かけるの顔がぱっと明るくなる!

「内調から連絡もらっています! っていうか中島一士ですか? 同じシフトで光栄です、 千早かけるです、よろしくお願いします!」

「ビューティペアの千早か。こちらこそよろしく頼む! 中野艦長がお待ちかねだ」

「了解です!」


***


 かけるはこのボルデメが実運用に供される前のシミュレーション時にイロハのレーダー担当である中島蘭子一等空士に会ったことがある。シミュレーションとは言え、次々と正体不明機やらミサイルやら不具合をぶっこんでくる訓練担当を、とんだドS野郎だと、かけるは思ったが、中島はすべてクリアしてしまった。そればかりかボルデメに指示を出し、攻撃システムを味方のF35とリンクさせて、正体不明機を打ち落とすように指示まで出してきたのだ。防衛省から立ち会っていた官僚は、ボルデメの管制を担当する内調のメンバーにまで指示を出すのは越権だと中島を注意したが、彼女は、国民の命が掛かってる現場で屁の足しにもならない縄張り根性出すんじゃねぇ!と逆にその官僚を一喝したのだ。


「じっと座っていたら、多分女優といっても通じるくらいの美人」だと思っていた中島が縦割り主義の官僚を「屁」と言い放ったのだ、痛快だった! 美人で仕事ができて、今のご時世、こういう言葉は使わないのだろうが、まさに男勝り。かけるは一発で中島のファンになってしまった。


 以来、何度か繰り返されたシミュレーションで、イロハ担当が中島の時は、必ずかけるもボルデメ担当として参加した。


 一方のめぐるは根っからのゲーマーである。それもRPGではなく、一瞬を争うようなシューティングを大の得意とする。


 ある時、仕事終わりにゲームセンターで、日課の対人型フライトシューティングゲームで日頃のストレスを発散させていたら、その相手が現役の空自パイロット、反町研一だった。


 結果は・・・めぐるの5戦5勝、反町は5回も撃墜され、パイロットとしての意地もプライドも投げ捨て、泣きの6戦目を頼んでいる最中だった。その時、

「あら、反町さん。どうしたんですか?」

と、ふいに誰かに声を掛けられた。振り返ると千早かけるであった。

「え、あ、千早じゃないか」

と言ってから、「?」という顔をして前を向きめぐるを見る。そしてまたかけるを見返す反町。

「え、あれ・・・か、けるが二人?」

と、戸惑う反町に、

「あぁ、私たち双子なんです。これ、妹のめぐるです。」

「お姉ちゃん、この人知ってるの?」

「うん。ボルデメのシミュレーションに空自のパイロット代表で来てる反町さん。えぇっと、どっかの班長さんでしたっけ?」


 反町は、覚えてねぇのかよ、と言う顔をしながら、

「反町研一、二等空佐だ。 第3航空団、第302飛行隊で隊長を務めている!」

「え、隊長さんだったんですか!」

とめぐるが手で口を隠して笑いながら驚いた。

「お姉ちゃん、私いま、この人のこと5回も撃墜したよ!」

とめぐるにばらされ、でしょうねぇ、と言う視線をかけるに投げかけられた反町の顔が、恥ずかしさと悔しさで赤くなる。

「他の人よりはだいぶうまかったけど、私的にはまだまだだなぁ」

とにっこり、上目遣いで反町を見上げるめぐる。


「(このぉ、ちょっとくらいかわいいからって調子に乗りやがって)もう1回頼む! 今度は今実際に乗っているF35で挑戦させてもらいたい!」

と反町が言うと、

「ブブー、今日はもうお終いです。お姉ちゃんが迎えに来てくれたから、これから中島一士と3人で女子会です! でも私、結構この店に通ってるんで、腕を上げたらまたいつでもお相手しますよ」

そう言って、めぐるは反町に名刺を渡し、かけると出口に向かった。

「ちょっとぉいいの? あんなヤツに名刺なんか渡して!」

「(あんなヤツってなんだ、ヤツって!)」 

ムッっとする反町。

「うん。だってあの人腕は悪くなかったし、私もまた勝負してみたいなぁと思ったから」

と話しながら二人は店を出て行った。


 あの人・・・また、勝負してみたい・・・反町はその言葉を反芻しながら手元の名刺をじっと見つめた。

受け取った名刺には「内閣府 内閣情報調査室 大津ボルデメ連携制御担当 千早めぐる」と書いてあった。

「千早めぐる・・・強くて、それでいてかわいい・・・」

反町はこれまでに受けたどんな激しい、そしてどんな厳しい訓練より胸がドキドキしていた・・・


***


「ボルデメ、こちら「かみかぜ」。取れるか?」

「中野艦長、こちらボルデメ。感度良好です」

「かける、起動は完了したか?」

「はい、ちょうど今完了しました、これから・・・」

「イロハからのデータ解析を最優先で頼む」

「はい?」

「イロハが舞鶴沖の状況を偵察したデータが届いているはずだ。それを大至急解析し、東亜共和国側の艦隊の詳細を知りたい。急げ!」

「あぁ、はい。なんだかわかりませんけど、はい」


隣ではヘッドマウントディスプレイを装着するめぐる。

「データ来た! めぐる送るよ!」

「了解。はいはい、見えてきました!」

めぐるは、右手でマウス、左手でジョイスティックを操作しながら、

「「かみかぜ」と「あたご」の攻撃システムとのリンク開始!」

と宣言した。


「「かみかぜ」、こちらボルデメかけるです。イロハのデータ解析完了しました。東亜共和国艦隊は掘削船1、南昌級ミサイル駆逐艦2、唐級原潜1、そして・・・音紋不明の原潜がいますね、数1。唐級の後ろに潜んでます。新型ですか?」

と、中野艦長に報告すると、一瞬間が開いてから、

「・・・了解した。かける、イロハと連携して監視継続。何か動きがあればすぐに知らせろ。それと状況を内調にも共有。場合によっては空自の出動も検討するよう要請しておけ」

と返事があった。

「了解です」


「かける、空自には私から連絡しておくので、正体不明の原潜の音紋抑えといてね!」

「任せて!」

「・・・にしても正体不明の原潜かぁ」

と、かけるが呟いた時、

「かける、めぐる、大泉だ。正体不明の原潜は最新鋭の周級の可能性が高い」

「周級!? それってアメリカもまだ音紋持っていないんじゃ?」

「あぁ、だからだよ。イロハと協力してしっかりと音紋取ってくれ」

「大泉さん、音紋もないのにどうして周級と?」

「こっちにはちくわちゃんがいるんでね」

「ちくわちゃん? え、あの猫? 猫が何で?」

「詳しい話はあとだ。音紋は任せたぞ。それと周級に動きがあったらすぐに知らせてくれ」

「了解しました!」


「やだ、あの猫、活躍してんの?」

「あんたもしっかりしないと、私の次のシフトの相手は猫に代わってるかもよ!」

「冗談! 猫の手で、私のこのジョイスティック捌きに敵うわけないでしょ」 

そういいながら、「あたご」と「かみかぜ」の攻撃システムを次々と東亜共和国艦にリンクさせていくめぐる。

「さぁ、中野艦長、高山艦長、ご依頼あれば、いつでも沈めて差し上げますよ! 攻撃システムリンク、設定完了!」

「さすが、めぐる!」

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