第16話 開戦

●東亜共和国 民族解放軍 王艦長 最新鋭周級潜水艦ブリッジ

「艦長、時間です」


 ブリッジ内の時計を見て副官が告げる。

目をつむっていた王艦長は静かに目を開け、

「ん。全艦に通達。本時刻をもって作戦行動に移る。駆逐艦は楊艦長を行かせろ。徐艦長の駆逐艦は別命あるまで待機。そして、李艦長は「あたご」が楊艦長駆逐艦に向かった時点で魚雷2発で仕留めよ」

と副官に命じた。


 そして王艦長はマイクを持って艦内に通達する。

「全乗組員に告ぐ。我が軍は本時刻をもって日本自衛隊艦のせん滅行動に移る。本国指示の作戦により当艦の出番はないと思われるが、戦闘では何があるかわからない。各員準備は怠るな」

そう通達して、後ろの若造を振り返る。

「たばこでも吸いにいらしてください、陳委員長。戻ってこられた時には勝利の美酒をご用意させましょう」と言った。

委員長は、ふっと口元を緩め、スーツのポケットから煙草を取り出して本当に席を立って行った。


〇東亜共和国 民族解放軍 楊艦長 ミサイル駆逐艦ブリッジ

 王艦長の通達を受け、ミサイル駆逐艦の楊艦長がブリッジ内に檄を飛ばす。

「王艦長からの連絡だ! これより作戦行動に移る。 微速前進! EEZを超えて構わない。「あたご」が向かってきたら警告射撃! ただし、当てるなよ、あくまでも警告だ。戦果は・・・李艦長の潜水艦に譲る。ここで貸しを作っておけば、王都に戻って好きなだけ李艦長におごってもらえるぞ!」

ブリッジがわっと湧き、乗組員たちに笑みがこぼれる。


 王艦長の一番嫌いな笑いだ、と楊艦長の後方に座る朱共産党委員は眉をしかめた。酒席ならともかく、任務中に、しかも作戦開始の直後に緊張感のないジョークに、しまりのない笑い。

王艦長に聞かれなくてよかった、と朱委員長はため息をついた。


 朱尚岳 東亜共和国共産党防衛部第2部会委員長。かつて王艦長が唐級潜水艦部隊の隊長を務めたいたころ、共産党委員として同乗していたことがある。当時からすでに、艦長クラスとなれば、潜水艦部隊だけでなく海上部隊、陸上部隊においても自らの出世のため中央委員との癒着が取りざたされていた。賄賂を贈り、自らを中央執行委員として取り立ててもらうのが目的だ。そんな連中ばかりが指揮を執る民族解放軍は、有事の時まともに機能するのか朱は常々疑問に思っていた。


 王艦長の潜水艦に乗ることになった時も同じだった。どうせこの人も、との考えは、だが、乗船1日で180度変わった。


 王艦長は、共産党の顔色など一切見ないし、気にもしない。ただひたすらにいかに目の前の敵を倒すだけを考え、それを実行に移す。そのことだけに執着する、根っからの軍人だった。

狭い艦内で長時間の緊張を強いられる潜水艦部隊にあっては、時に上官が冗談を言って部下たちを和ませることが隊の士気を保つ1つの方法であると、王艦長も理解はしていただろう。だが、任務中の王艦長はそのような行動は一切しなかったし、許しもしなかった。冗談を言いたければ、青い空が見たければ、誰よりも早く任務を遂行し帰港すればよい。そういう考えの持ち主で実際に実践もしていた。冗談の1つも通じない艦長だと陰口をたたく部下もいたが、朱は、そんな王艦長を東亜共和国 民族解放軍の上に立つべきものはかくあるべし、と尊敬の念すら抱いていた。


 それに比べてこの駆逐艦のブリッジはどうだ。実戦が開始されるというのに、緊張感がまるでない。


 やがて、ゆっくりと前進を始める楊艦長のミサイル駆逐艦。そして大型の掘削船もその後に続き侵攻を開始した。


●東亜共和国 民族解放軍 李艦長 唐級潜水艦ブリッジ

「よぉーし、やっとOKが出たか! いいか、一発で沈めるぞ!」

待ちくたびれたと言わんばかりに李艦長が声を上げた。

「李艦長、「あたご」のエンジン始動確認! 楊艦長の駆逐艦に向かいます!」

「予定通りだ! 楊は警告射撃しか行わん。こちらの魚雷2発で沈めるぞ! 1番2番管、注水!」

「1番2番管、注水」


 ヘッドホンをしていた唐級潜水艦のソナー担当の耳に、フルスロットルで楊艦長の駆逐艦に向かう「あたご」のエンジン音に加え、自艦の魚雷管に注水される音が響く。

命中の瞬間はヘッドホンを外さないとえらい目に遭うんだよなぁ、と考えていたその時、もう一つ別の音が聞こえた・・・気がした。


 何だ今の音!? 発射管注水音? いやこの海域に日本の潜水艦はいないはず! 

気のせいか? とりあえず艦長には報告すべきか? 

いや待て! もし間違っていたらお前のソナーマンとしての人生はそこで終わるぞ。王都に戻ったら最後、二度とこの席に座ることはなくなってしまう。

だから間違えるな! 本当に注水音か? 「あたご」のエンジン音の聞き間違いじゃないのか?


 聞こえた気がした「別の音」について、艦長への報告を逡巡していたソナー担当は、

「おい、ソナー!」

と李艦長に呼ばれて、はっと我に返る。

「どうした? 問題発生か?」

「あ、いえ、問題ありません。「あたご」のエンジン音がうるさくて・・・」

「はははっ。音ばかりデカいわりにちっともスピードは出てないようだがな。どれだけぼろい船を護衛に当ててるんだ、日本は」

と嘲笑する李艦長。


 そうだ、あれはエンジン音のノイズだ、他の潜水艦の注水音なんかじゃない。だから艦長への報告は不要だ、これでいいんだ!


 李艦長は自信満々の笑みを浮かべながらマイクを取り、攻撃開始を宣言する。

「1番2番、発射!」

宣言と共に、唐級潜水艦の艦首から2本の魚雷が、「あたご」めがけて発射された。

「やつらはアスロックで対抗してくるだろう。念のため次の魚雷も準備しておけ」

そう魚雷室に命令する李艦長。

「「あたご」め、目にもの見せてやる!」

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