第14話 ちくわ脱走!

 大泉さんがオレの後ろに立って、話しかけてきた。

「ここからは洞窟を戻り、2時間ほどで舞鶴湾沖の海底に出る。その間、八瀬君に、我々のことを話しておこう」

「え、大丈夫なんですか、大泉さん」

「中野艦長が君たちを乗せると決めた時点で仲間だ。仲間であるなら状況は全て、正確に共有すべき、というのが私の信条だ」

そう言って大泉さんは、話し出した。


「君が言っていた秘密基地、あれは大阪航空局 大津航空無線標識所と言う。略して大津VOR/DME(ブイオーアール・ディーエムイー)、と書いて、我々は「大津ボルデメ」と呼ぶ。航空機に方位と距離の情報を提供するための無線航法支援施設だが、(上を指さしながら)そこは平成5年に廃止された」


 大泉さんが続ける。

「さっき大空洞に偶然たどり着いたところまでは話したけど、当時防衛省も日本海を広範囲に監視・防衛できる拠点を探していたんだ。そこで目を付けたのが大津ボルデメだ。施設は解体する方向で検討されていたんだが、防衛省が秘密裏にその拠点として改修することにした。それが君が見た秘密基地、正式名を「舞鶴地方隊艦艇管制局」という。我々は今でもボルデメと呼んでいるがね」

「舞鶴からこんな離れたところに?」

「距離はあまり関係ないんだ。航空自衛隊の最新鋭早期警戒機はE2D、通称「イロハ」というんだが、そのイロハは半径700km、おっと、探知範囲は秘密だった、まぁ遥か遠くの敵艦船、航空機、ミサイルに加え潜水艦も探知し、展開している海自・空自に情報を提供している。そしてそれらの情報を攻撃システムともリンクさせているのが、ボルデメだ。イロハからの情報を全てボルデメに集約し、展開している空自や海自のどの戦闘機やイージス艦のどの武器で、敵のどの船やどのミサイルを迎撃すべきかを瞬時に計算、伝達してくれるんだ。なんなら伝達するだけでなく、我々のコントロールを全て委ねて、ボルデメが我々の火器を制御して迎撃することもできる。まさに最強の防衛装備品だよ」

「すっげぇ、ハリウッドの世界みたいじゃないですか」

「そうだ。日本にはそんなボルデメが5か所あり、日本の領空、領海の防衛のため24時間監視している。大津ボルデメはその中の1つで、舞鶴方面の日本海と、和歌山方面の太平洋を担当している」


 なんだかすごいことを聞いてしまった気がしていた。ロシアがウクライナと戦争を始めたからだろうか、それとも北朝鮮が核を持ったからだろうか、いや、もっと前からか。いずれにしても、そういった脅威に危機感を抱いた政治家がちゃんといて、専守防衛のためのシステムを日本全国に張り巡らせていたなんて。


大泉さんは続ける。

「そして君が乗船したこの潜水艦。日本初の原子力潜水艦で「かみかぜ」と命名した」

「カミカゼ・・・」 

オレの眉間にしわが寄ったのを認めたのか、大泉さんはこう付け加えた。

「うん、言いたいことはわかる。神風というと特攻隊のイメージが強いかもしれないが、本来は神の力で吹く強い風のことだ。古くは元の襲来を防ぎ、日露戦争の日本海海戦でも吹き、我々の力となったとされる。そんな風が今でも我が国を守ってくれる、そういう願いを込めて命名された。詳しくは言えないが、世界最先端、最新鋭と思ってもらっていい。そして乗組員たちもだ。スキルではアメリカ第七艦隊にも引けを取らないよ」


大泉さんの話に感心していたら、

「総員に次ぐ、艦長中野だ」

と声がしたので、会話を止めて、大泉さんとオレは艦長を振り返った。


手を止めてスピーカーを見上げる機関室。

食堂で箸を止めて、何だろうという表情で眉を顰める乗組員。

非番でベッドに寝転んでやっていたゲームの手を止める乗組員。


中野艦長がオレたちを振り返りながらマイクに言った。

「・・・猫が、三毛猫が一匹、脱走した・・・」

「へ?」 

顔を見合わせるオレと大泉さん。

「もし発見した場合は、捕獲しようとせず、ブリッジに連絡を頼む」


「・・・猫?」 

どういうこと?と顔を見合わせる食堂のスタッフ。

「猫って狭いところが好きなんだろ? 潜水艦なんて狭いところだらけだからな、見つけるのは至難の業じゃねぇか」

とは機関室のみなさん。


「えっと・・・中野さん、ちく、逃げちゃったんですか?」

「すまない八瀬君。リードを付けておくべきだった」

「いえいえ。でも不思議だな、なんで急に逃げたんだろう、あんなに寛いでいたのに・・・」

「魚雷員長と装填魚雷の相談をしていたんだが、そうしたらいきなり起き上がって走って行ってしまったんだ」

と言うなり、そうか、魚雷室か!と思い当たったような顔をして、中野さんはマイクで魚雷室に叫んだ。

「伊藤、もしかしたら、猫は魚雷室に向かっているかもしれん。見つけたら連絡を頼む」

「こ、ここですか! わかりました」 

伊藤と呼ばれた人は、びっくりしたように返事をした。

その時、

「艦長、食堂佐々木です! 猫発見! 小走りに艦首に向かっています。追い掛けますか?」

と艦内食堂からちくわ発見の報告があったが、中野艦長は、

「いや、そのままでいい」

と伝えた。


 しばらくすると今度は、

「(ひそひそ声で)艦長、魚雷室伊藤です。猫来ました! 捕まえますか?」

と魚雷室からの報告を聞いた艦長がオレを見るので、オレは首を横に振り、

「何をしてるか聞いてください」

と小さな声でお願いした。

「いや、そのままでいい。何をしているかだけ報告してくれ」

「はい。魚雷と・・・発射管を見ています。あっ!」

「どうした!」

「発射管に飛び乗りました! 中に入っていきます。大丈夫ですかね・・・あ、出てきました、出てきました。そして、また魚雷を眺めています」


オレは艦長と魚雷室の会話を聞きながら、艦長の前にある戦術卓を眺めていた。そして、

「多分ですけど、ちくわはこれを見たので、どんな魚雷があって、どれをどう使うか、実際に見て考えているんだと思います」

と、艦長の前にある戦術卓上の艦船配置を指さしながらそう言った。



        EEZ境界

F35-1     |

          |

探査船       |  駆逐艦2 採掘船

かみかぜ   あたご |   駆逐艦1  唐級

          |           周級

F35-2     |



「まさか戦術まで考えているっていうのか、あの猫は!」

「そんな、大袈裟なもんじゃないと思いますけど・・・」

そうこうしているうちにちくが戻ってきて、戦術卓に登って、大きなあくびを一つして、丸くなった。

「・・・マイペースなヤツですいません」

「でもブリッジが和みますね」

藤本操舵員がニッコリしながら言った。


 その後、舞鶴海道を抜ける約2時間の間、乗組員が代わる代わるブリッジにやってきて、ちくの頭をなでて行った。海道を抜け、東亜共和国軍に対峙したら、しばらく休憩は取れないかもしれないからと、中野艦長が手の空いた者から休憩を許可したからだ。副長は、

「何もみんなブリッジに来ないで、食堂でコーヒーでも飲んできたらどうだ」

と言っていたが、機関室からやってきた女性乗組員に、

「副長はちくわちゃんのそばにずっといるからそんなこと言えるんですよ! 私の持ち場からは遠いんですからね! 副長こそコーヒーでも、ど・う・ぞ!」

と言い返されていた。

思いのほか、女性隊員が多かったのには驚いた。


「ところで八瀬君、ビューティペアって知ってる?」 

ちょっとブリッジが和んだところで、大泉さんが藪から棒に聞いてきた。

「ビューティペア、ですか・・・すいません」

と正直に答えると、

「ムリもないか。もう50年近く前のことになるかな。ビューティペアっていう大人気の女子プロレスのタッグチームがあったんだ、僕もWiki情報だけどね。で、「駆け巡る青春」とかいう歌も出して、結構ヒットしたらしい」

「駆け巡る・・・え、かけるめぐる?」

「ピンポン! よくわかったね。あの二人の両親がビューティペアの大ファンだったようで、双子が生まれた時、一も二もなく「かける・めぐる」という名前に決めたそうだ」

「なんと単純な!」

すると若井さんがニヤニヤしながら、

「彼女たちが入省したときには、「内閣府の駆け巡る青春、ビューティペアです」って挨拶して回ると、定年間近のおじさんたちにはウケたもんだよ。もっとも本人たちはビューティペアなんてちっとも知らないって言ってたけどね」

と教えてくれた。


 そんな和やかなブリッジを、一気に戦闘モードに引き戻すかのように、

「艦長、まもなく舞鶴海道抜けます」

と藤本操舵員、プレーンズマンというのだそうだ、が報告した。中野艦長は、うんと頷き、

「速度そのまま。深度20で探査船の真下につける」

と指示を出すと、

「深度20、探査船の真下で停船」

三上副長が復唱する。中野艦長の指示はさらに続く。

「三上、停船後、探査船に「あたご」後方100までに移動するよう伝令」

「は、了解です」

「藤本、決して探査船の真下からずれるなよ!」

「はっ!」


「高山艦長、こちら「かみかぜ」中野。取れますか?」

次に呼びかけたのはイージス護衛艦「あたご」の艦長のようだ。

「うぉーい、中野、遅かったじゃねえか。こっちは1対3の睨み合いのままだ」

「1対4です。唐級の後ろに周級が1隻潜んでいます」

「なに、マジかよ!?」

「マジです。詳しいことはボルデメから連絡させます。それより高山艦長、頼みたいことが」

そう言って、中野艦長は高山艦長に作戦を伝えだした。

その時オレは見た! 作戦を伝える中野さんはちくを見ながらしゃべっていて、それを聞くちくの目が時々光っていたのを! それはまるで、それでいいと思うよ、と言っているように見えた。

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