Episode 02:残された者の声
【導入:ノイズに隠された「贄」の音】
(BGM:前回のノイズをフィルタリングした音声が、静かにループする。「ニエ…」という囁きがわずかに聞こえる。)
ナレーション(タクヤ):
前回、我々VERITASクルーは、10年前に撮影され、警察によって封印されていたドキュメンタリー映像『虚ろファイル』の解析を試みた。結果、失踪直前の超低周波ノイズの中から、古代の言葉とも思える、かすかな一言を抽出した。
(テロップ:ノイズから抽出された音声:「ニエ」)
タクヤ(ナレーション):
「贄(ニエ)」。神や悪魔に捧げられる、供物、生贄を意味するこの一言は、彼らの失踪が集団自殺や事故ではなく、何らかの意図的な儀式、あるいは「奉納」であった可能性を強く示唆している。
今回の検証の目的は、この「贄」という言葉が、虚ろ村の歴史とどう結びつくのかを、外部から検証すること。そして、村を離れた元住民や、地域の歴史を知る者たちから、村に隠された「禁忌(タブー)」を聞き出すことだ。
【パート1:唯一の証言者、ミホの告白】
(場所:都心から離れた喫茶店。画面には、顔を隠すために深くキャップをかぶり、マスクをした中年女性、ミホが映る。彼女は10年前、虚ろ村で暮らしていたが、事件の数年前に村を出ていた。)
タクヤ:
本日はありがとうございます。率直にお伺いします。虚ろ村には、何か外部の人間には理解しがたい、独特の「掟」のようなものはあったのでしょうか。
ミホ(元住民):
掟というよりは……「絶対の沈黙」でした。あの村は、山奥にある割に、驚くほど静かで、暗い。みんな挨拶はするけど、深い話は一切しない。特に、村の歴史や、山の向こうの話になると、誰の顔も凍り付くんです。
ケンジ(カメラマン):
深い話、というのは?例えば、儀式的なこととか、お祭りとか。
ミホ:
祭りなんてありません。あるのは、年に一度、秋の終わり頃に、村の男たちが裏山の祠(ほこら)に入る「奥入りの日」だけ。女子供は、その日は絶対に家から出てはいけない。窓も閉め切る。
(画面に、ミホが描いたと思われる、簡素な村の地図のスケッチが挿入される。村の北側に「奥入り口」と書かれた印がある。)
タクヤ:
奥入りの日。それは何のための行事だったのですか?
ミホ:
誰も教えてくれません。ただ、その日が来るたびに、村全体が重苦しい空気になって、誰かが病気になったり、家畜が急に死んだりした。そして、10年前…失踪事件の直前ですよ。私の知っている村の様子とは、明らかに違っていました。
タクヤ:
具体的には?
ミホ:
村の老人が、みんな集まって、夜通し何かを話していた。普段口を閉ざしている人たちが、です。そして、最後に一人の老人が、こう言ったんです。
(ミホは声を落とし、震える。)
ミホ:
**「今年は…『迎え火』が来る。数を揃えなければ、村の火が消える」**と。
(テロップ:迎え火 - 村の火が消える)
ナレーション(タクヤ):
「迎え火」。それは、村の外から何かを受け入れる儀式なのか。あるいは、村が抱える「数」とは、何を意味するのか。ミホは事件の数か月前に村を離れたため、失踪事件の直接的な情報は持っていなかった。しかし、彼女の証言は、失踪が逃亡ではなく、何らかの「数を揃える」ための計画的な行動であった可能性を裏付けた。
【パート2:郷土史家と古文書の断片】
(場所:虚ろ村から最も近い町の歴史資料館。郷土史家のヤマモト氏(70代、穏やかな表情)へのインタビュー。)
ヤマモト(郷土史家):
虚ろ村ですか。ああ、あの集団失踪事件のね。村の名前からして不吉ですが、彼らは徹底的に外部との交流を拒絶した、特異な集落でした。私でも、村の記録にはほとんど触れさせてもらえなかった。
タクヤ:
しかし、その閉鎖性ゆえに、一般的な歴史から切り離された、古代の信仰が残っていた可能性はありませんか?例えば、「贄」や「奥入り」という風習について。
ヤマモト:
「贄」ですか…。実は、私がかつて村の氏神を祀る古い神社の資料を整理した際、非常に奇妙な記録の断片を見つけたことがあります。それは、地元の伝説に出てくる、**「闇の奥に座す神(クラオキノカミ)」**への奉納に関する記述でした。
サクラ(リサーチャー):
「闇の奥に座す神」…それは何をする神ですか?
ヤマモト:
その神は、10年に一度、村の豊穣を維持するために、特定の「媒介者」を通じて、村人から**「最も強い繋がりを持つ者」**を要求するとされています。その媒介者が、儀式を司る村の指導者層だった。
(画面に、ヤマモト氏が保管していた、和紙に書かれた古文書の拓本のようなもの(一部破損)が映る。)
[テロップ:闇の奥に座す神 - 10年周期の奉納]
ヤマモト:
これがその古文書の断片です。戦前に村が資料の一部を提出した際に、奇跡的に残ったもの。私には読めないのですが、古文献学者に相談したところ、**「古代日本語と、もう一つ、全く別の言語が混合している」**と言われました。特に、あるフレーズが繰り返し出てくる。
タクヤ:
そのフレーズとは?
ヤマモト:
発音にすると、「ニ・エ・ヲ・マ・コ・ト・ス」。意味は「贄を成す」…つまり、「贄を捧げる」という意味ではないか、と。
サクラ:
(PCの解析画面を操作しながら)前回のノイズから抽出された「ニエ」という発音と一致します。そして、この「クラオキノカミ」が要求する周期は「10年」。集団失踪事件も、ちょうど10年前に発生しています。
ナレーション(タクヤ):
ここで、事件の核心となる仮説が完成する。虚ろ村の集団失踪は、10年に一度、村の存続のために行われる、**古代の「闇の神」への「贄の奉納」**であり、村人たちは自主的に、あるいは強制的に、その儀式に参加したのではないか。
【パート3:古文書の解析と呪いの構造】
(場所:編集室。サクラが古文書の拓本データとノイズの音声波形を照合している。)
サクラ:
古文書のテキストと、ノイズの音声波形を重ねて解析しました。古文書に出てくる「ニ・エ・ヲ・マ・コ・ト・ス」というフレーズは、ノイズの中から抽出された音声と同じく、30ヘルツ以下の超低周波帯域で、特定の音響パターンを作り出しています。
(画面:音声波形と古文書の文字列が同期して表示される。)
サクラ:
この音響パターンは、人間の耳には「沈黙」として聞こえますが、低周波の振動として、村人たちの潜在意識に直接働きかけていたと考えられます。そして、この音響パターンは、特定の場所に、特定の「数」の人間が集まった時にのみ、最大限の効果を発揮するように設計されている…。
ケンジ:
設計されているって、誰が?
サクラ:
古文書には、儀式の詳細な手順、そして「**外界の者(ソトツムギ)**を媒介者とせよ」という一文があります。
タクヤ:
外界の者…ドキュメンタリークルーのことか。
ナレーション(タクヤ):
10年前、村を訪れたドキュメンタリークルーは、村人が自発的に集団失踪するための「贄の奉納」の**触媒(しょくばい)**として、意図的に村に招き入れられた。彼らのカメラが持ち込んだ「外界の目」こそが、儀式を完成させるための最後のピースだった。
(タクヤ、険しい表情でPC画面の村の地図を指さす。)
タクヤ:
そして、今年の夏、10年周期の「奉納の時」が再び巡ってくる。そして、我々VERITASクルーは、10年前の彼らと同じように、外界の者として、この村の真実に触れようとしている。
【パート4:再訪の準備と警告】
(場所:編集室。クルーが機材の最終チェックを行っている。)
ケンジ:
カメラ、バッテリー、予備のレコーダー。そして、超低周波キャッチ用の特殊マイク。すべて動作確認しました。今回は、前回以上に慎重に、特に音声と温度変化の記録に重点を置きます。
タクヤ:
ああ。そして、サクラ。この「贄の奉納」の周期、そして「闇の神」が要求する「数」について、もう一度確認しておきたい。
サクラ:
古文書の解析と、ミホさんの証言から推定されるのは、村人6名と外部の人間6名、合計12名が「数」として必要だったということ。そして、もし10年周期で儀式が繰り返されるのなら…。
タクヤ:
我々は今、3人だ。数が足りない。
サクラ:
それが唯一の救いかもしれませんが、最も危険なのは、我々が村に入ること自体が、何らかの形でその「数」を補填し始めるスイッチになるかもしれない、ということです。
(画面が切り替わり、電話でのヤマモト氏(郷土史家)の音声のみが流れる。)
ヤマモト(音声):
もし、あなたがたが、本当に10年前の事件と同じ道を辿っているのなら、村に入ることはおやめなさい。あの儀式は、誰かが途中で止めても、「欠けた数」を自動的に埋めるように出来ている。失踪した12人は、既にその神の一部となっている。
ナレーション(タクヤ):
我々は既に、この検証を止めることはできない。虚ろ村の真実を掴むためには、自ら「贄の奉納」の舞台となった、呪われた土地に足を踏み入れるしかない。
(タクヤ、クルーに指示を出す。)
タクヤ:
よし。予定通り、明日の午前9時に虚ろ村へ向かう。我々の目的は、証拠の記録だ。絶対に、単独行動はしないこと。ケンジ、カメラを回し続けろ。
(画面が暗転。最後に、PC画面に表示された虚ろ村の入り口を示すGPS座標に、カーソルが移動する。)
(次回予告テロップ:Episode 03:追憶のノイズ)
ナレーション(タクヤ):
次回、我々VERITASクルーは、ついに虚ろ村の境界線を越える。そこで待ち受けていたのは、超低周波マイクが捉えた、失踪者の叫び声にも似た「追憶のノイズ」。そして、カメラのフレームを横切る、説明不能な「白い影」だった。**
(画面がノイズと共に終了。)
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