第23話 『なんで“誰かにつけられてる気がする”のに、勇者様は普通に歩いてるの……?』

 風が少し強かった。

 森の木々が揺れ、葉がカサ……カサ……と鳴る。


(……聞き間違い……じゃないよね……

 さっき、確かに後ろから足音……した……)


 勇者の後ろを歩きながら、

 私は何度も振り返った。


 でも、誰もいない。


(……夢の影の残像じゃ、ない……)


 胸の真ん中の冷たさは、まだ消えないまま。


 



「ゆめ、ペース落ちてるぞ?」


「あ……す、すみません……」


「無理なら言えよ」


(……言えない……

 言ったら迷惑かける……

 言ったら“噂”がまた変な方向にいく……)


「ほら、大丈夫だ。俺が前にいる」


(それが逆にしんどいんだけど……

 私の心のHP、今2ぐらいなんだけど……)


 



 森を抜け、開けた場所に出た時だった。


「勇者様ーっ!!!」


(また誰!?)


 草むらから新人冒険者たちが次々と飛び出した。


「見張ってました!!」


「ゆめ先輩が危ないって聞いて!!」


「陰謀論派が“今日何か起きる”って言ってました!!」


(起きるの!?

 私の知らないところで予告されてるの!?

 え、そんなイベント今日あった!?)


 勇者が頭を抱える。


「……なんでお前らがここにいるんだ」


「だって……勇者様とゆめ先輩が二人きりって……不安で……」


「“不安”の方向性が間違ってるんだよ」


(いやでも……私も不安……

 影いるし……心の影薄いし……いや物理的影じゃなくて……

 説明むずい……)


「帰れ。調査の邪魔だ」


「はい……!!」


 新人たちは去る……

 ──と思ったら、木陰にしゃがみ直してこっちをのぞいている。


(帰ってないじゃん!!

 覗き見ルート入ってるじゃん!!)


 



 勇者はため息をつき、私の方へ向き直った。


「すまん……」


「い、いえ……」


「……ゆめ、大丈夫か?

 顔色、昨日より悪いぞ」


(昨日より……悪いの……?

 今日、夢も最悪だったし……

 胸の奥……今も冷たい……)


「ちょっと……寝不足で……」


「そう見える。

 本当に……無理はするなよ?」


(優しい……

 なのに……

 なんで心が反応しないの……)


「俺は誰にでも言うが……

 お前には、特に気をつけてほしい」


(特に……?

 ダメだ……それ聞いたら……

 胸だけ勝手に反応する……

 今それやられると苦しい……)


「……はい……」


 



 森の奥へ進むにつれ、

 ゆめの“視界の端”が歪み始めた。


(……あれ……

 木が揺れてるだけ……?

 それとも……)


 カサ……ッ

 カサ……ッ


(……ついてきてる……

 絶対……誰か……ついてきてる……)


「勇者様……」


 声をかけようとした瞬間。


「ゆめちゃん!!!」


(ひっ!?)


 僧侶が全力で駆け込んできた。


「ゆめちゃんの“匂い”、ほとんど消えかけてる!!

 やっぱり危険!! 本当に危ない!!」


「匂いってどういう基準だ……」


「仲間の“気配”の濃さ!!

 ゆめちゃん……本当に薄い……

 今にも……見失いそう……!!」


(見失いそうって……

 私、人間だよね……?

 なんでそんな……幽霊みたいな言われ方……)


 僧侶は私の手を握った瞬間、息を呑んだ。


「……っ!!

 本当に……冷たい……!!」


(やっぱり……夢の続き……残ってるんだ……)


 



 その時だった。


 カサ……


 明らかに“人の足音”がした。


 勇者が剣を抜く。


「そこにいるのは誰だ!」


 緊張が走る。

 まるで空気が冷えたように。


(……影……?

 夢の……続き……?)


 茂みが揺れ──


「……っ!」


 新人たちが3人飛び出してきた。


「す、すみません!!

 本当に心配で……!!」


「監視しようって話じゃなかったんですけど……

 結果的に監視になってました!!」


「陰謀論派が“影がゆめ先輩に取り憑く説”を出してて……!」


(私の知らないところで、私の霊障進行してる……

 やだ……誰がそんなRPGみたいな噂流したの……)


 勇者が怒鳴る。


「帰れ!!!」


「ひゃいっ!!」


 新人たちは全力で逃げていった。


 



 勇者は剣を納めると、

 振り返って私の肩に手を置いた。


「……ゆめ。

 本当に今日は気をつけろ」


「……はい……」


 その瞬間、背中にぞわりと寒気が走った。


(……え……?)


 視界の端に──

 黒い“何か”が揺れた。


 夢と同じ、目のない影。


(っ……!!)


 呼吸が一瞬止まった。


 そして確信した。


**――影は、夢だけの存在じゃない。


もう“現実のゆめ”を追い始めてる。**


(やだ……

 なんで……

 なんで私……?)


 胸がぎゅうっと縮む。


 (……あの夜、胸の奥が冷えた理由……

 たぶん……これだった……)


 


つづく。

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