第23話 『なんで“誰かにつけられてる気がする”のに、勇者様は普通に歩いてるの……?』
風が少し強かった。
森の木々が揺れ、葉がカサ……カサ……と鳴る。
(……聞き間違い……じゃないよね……
さっき、確かに後ろから足音……した……)
勇者の後ろを歩きながら、
私は何度も振り返った。
でも、誰もいない。
(……夢の影の残像じゃ、ない……)
胸の真ん中の冷たさは、まだ消えないまま。
◆
「ゆめ、ペース落ちてるぞ?」
「あ……す、すみません……」
「無理なら言えよ」
(……言えない……
言ったら迷惑かける……
言ったら“噂”がまた変な方向にいく……)
「ほら、大丈夫だ。俺が前にいる」
(それが逆にしんどいんだけど……
私の心のHP、今2ぐらいなんだけど……)
◆
森を抜け、開けた場所に出た時だった。
「勇者様ーっ!!!」
(また誰!?)
草むらから新人冒険者たちが次々と飛び出した。
「見張ってました!!」
「ゆめ先輩が危ないって聞いて!!」
「陰謀論派が“今日何か起きる”って言ってました!!」
(起きるの!?
私の知らないところで予告されてるの!?
え、そんなイベント今日あった!?)
勇者が頭を抱える。
「……なんでお前らがここにいるんだ」
「だって……勇者様とゆめ先輩が二人きりって……不安で……」
「“不安”の方向性が間違ってるんだよ」
(いやでも……私も不安……
影いるし……心の影薄いし……いや物理的影じゃなくて……
説明むずい……)
「帰れ。調査の邪魔だ」
「はい……!!」
新人たちは去る……
──と思ったら、木陰にしゃがみ直してこっちをのぞいている。
(帰ってないじゃん!!
覗き見ルート入ってるじゃん!!)
◆
勇者はため息をつき、私の方へ向き直った。
「すまん……」
「い、いえ……」
「……ゆめ、大丈夫か?
顔色、昨日より悪いぞ」
(昨日より……悪いの……?
今日、夢も最悪だったし……
胸の奥……今も冷たい……)
「ちょっと……寝不足で……」
「そう見える。
本当に……無理はするなよ?」
(優しい……
なのに……
なんで心が反応しないの……)
「俺は誰にでも言うが……
お前には、特に気をつけてほしい」
(特に……?
ダメだ……それ聞いたら……
胸だけ勝手に反応する……
今それやられると苦しい……)
「……はい……」
◆
森の奥へ進むにつれ、
ゆめの“視界の端”が歪み始めた。
(……あれ……
木が揺れてるだけ……?
それとも……)
カサ……ッ
カサ……ッ
(……ついてきてる……
絶対……誰か……ついてきてる……)
「勇者様……」
声をかけようとした瞬間。
「ゆめちゃん!!!」
(ひっ!?)
僧侶が全力で駆け込んできた。
「ゆめちゃんの“匂い”、ほとんど消えかけてる!!
やっぱり危険!! 本当に危ない!!」
「匂いってどういう基準だ……」
「仲間の“気配”の濃さ!!
ゆめちゃん……本当に薄い……
今にも……見失いそう……!!」
(見失いそうって……
私、人間だよね……?
なんでそんな……幽霊みたいな言われ方……)
僧侶は私の手を握った瞬間、息を呑んだ。
「……っ!!
本当に……冷たい……!!」
(やっぱり……夢の続き……残ってるんだ……)
◆
その時だった。
カサ……
明らかに“人の足音”がした。
勇者が剣を抜く。
「そこにいるのは誰だ!」
緊張が走る。
まるで空気が冷えたように。
(……影……?
夢の……続き……?)
茂みが揺れ──
「……っ!」
新人たちが3人飛び出してきた。
「す、すみません!!
本当に心配で……!!」
「監視しようって話じゃなかったんですけど……
結果的に監視になってました!!」
「陰謀論派が“影がゆめ先輩に取り憑く説”を出してて……!」
(私の知らないところで、私の霊障進行してる……
やだ……誰がそんなRPGみたいな噂流したの……)
勇者が怒鳴る。
「帰れ!!!」
「ひゃいっ!!」
新人たちは全力で逃げていった。
◆
勇者は剣を納めると、
振り返って私の肩に手を置いた。
「……ゆめ。
本当に今日は気をつけろ」
「……はい……」
その瞬間、背中にぞわりと寒気が走った。
(……え……?)
視界の端に──
黒い“何か”が揺れた。
夢と同じ、目のない影。
(っ……!!)
呼吸が一瞬止まった。
そして確信した。
**――影は、夢だけの存在じゃない。
もう“現実のゆめ”を追い始めてる。**
(やだ……
なんで……
なんで私……?)
胸がぎゅうっと縮む。
(……あの夜、胸の奥が冷えた理由……
たぶん……これだった……)
つづく。
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