第24話『“ゆめ”って呼ばれたはずなのに、声がどこか遠くで響いてる』
黒い影が、木々の奥で揺れた。
(……っ……
見える……
夢の中のと同じ……)
勇者はすぐ剣を構える。
「ゆめ、下がれ!」
「……っ」
でも、足が動かなかった。
(嫌だ……怖い……
なのに……身体、うまく反応しない……
心だけ……遅れてる……)
◆
僧侶が私の腕を掴む。
「ゆめちゃん!! 戻るよ!!」
「……あ……」
「返事して! ゆめちゃんっ!」
(返事……?
したいのに……
声が……うまく出ない……)
喉は動いているのに、空気だけが漏れる。
勇者が叫ぶ。
「ゆめ!!」
(……呼ばれた……のに……
なんか……遠い……
音だけが、別の場所で鳴ってるみたい……)
◆
影はゆっくり近づいてきた。
輪郭は人のようで、霧のようで、
何かを探すように揺れている。
「勇者様、危険です!!」
僧侶が叫び、結界を張る。
透明な薄膜が周囲に広がると、
影は一瞬だけ形を乱した。
(効いてる……?)
しかし。
影はそのまま、結界を“すり抜けた”。
(え……
すり抜け……た……?)
勇者の動きが止まる。
「……通り抜けた……?
魔物じゃ……ない……?」
「勇者様!! 一旦退きましょう!!」
「くそ……!」
影はゆめの方向に、ゆっくり――
迷いなく近づいてくる。
(やだ……
やだやだやだ……
来ないで……)
けど身体が、思うように動かない。
◆
「ゆめ!!」
勇者が駆け寄り、肩を抱いた。
でもその瞬間、
影が勇者の“腕を貫くように”通り抜けた。
「っ……!」
(え……
勇者様に触れなかった……
私の方にだけ……向かって……)
影が、私の顔の前で止まった。
黒い穴のような“目”が、私を覗き込む。
(……やだ……
見られてる……
私の……ここ……)
胸の奥が、スッ……と冷えた。
◆
僧侶が泣きそうな声で叫ぶ。
「ゆめちゃん!! だめ!! 反応しないで!!
それ、“心の匂い”を追って来てる!!
ゆめちゃんの……薄くなってる部分……!!
そこを……狙ってる……!!」
(薄くなってる……?
私の……心……?)
確かに、夢の後からずっと
胸の真ん中が空洞みたいで。
(影は……それを追って……?)
影の“手のようなもの”が伸びる。
触れられた瞬間――
自分の中の何かが無くなりそうな感覚があった。
(……いや……)
◆
勇者が叫ぶ。
「ゆめ!! 俺の声を聞け!!」
「……っ……」
「前を見ろ!! 影を見るな!!
俺を見ろ!!」
その言葉に、胸がぎゅっと動いた。
(……勇者様……)
けど──
声が、すごく遠い。
まるで
水の底から聞こえてくるみたいに。
(聞こえてる……のに……
届かない……
なんで……)
◆
影の指先が、ゆめの胸元に触れかけたとき。
「――やめて!!」
僧侶の叫びと同時に、光がはじけた。
僧侶の結界が二重に重なり、
視界が白く染まる。
影は形を崩し、
風に溶けるように薄れていった。
深い森の奥へ…。
◆
静寂。
勇者が私の肩に手を置く。
「ゆめ……大丈夫か……?」
「……だい、じょうぶです……」
言った。
言えた。
でも――
(声……自分の声なのに……他人みたい……)
僧侶は震える声で言った。
「ゆめちゃん……
本当に危なかった……
もう……影に触れられたら……」
(触れられたら……?)
僧侶は言いかけて、口を閉じた。
(……言わないんだ……
言えないくらい……危なかった……?)
◆
帰り道、私は一度も前を見れなかった。
勇者と僧侶が左右に立ってくれているのに、
胸の奥の冷たさは消えなかった。
(……私……
本当に……おかしくなってきてる……?)
ギルドが見えたとき。
勇者が言った。
「今日はもう休め。
明日……改めて話す」
(明日……
“話す”……?)
僧侶も続けた。
「ゆめちゃん……
絶対に……ひとりにならないで」
(ひとりにならないで……
そんなの……初めて言われた……)
ギルドの扉を開けた時。
外の空気なのに、
部屋の中の空気みたいに重かった。
(……私……
本当に……薄くなってる……)
ゆめは、自分の手を見つめた。
そこにちゃんと“ゆめ”がいるのか。
自分でも確かめられなかった。
◆ 夜
ベッドに横になった瞬間、
胸の奥がひゅう、と鳴った。
(……怖い……)
それなのに、涙は一滴も出なかった。
(……泣く感情すら……
どこかに置いてきたみたい……)
“あの夜の夢”で見た影と、
今日、森で近づいてきた影が
同じ形で重なった。
(……また……来る……
絶対……来る……)
眠れないまま、
ゆめは暗い天井を見続けた。
(……何か……戻れないところに来てる……
このままじゃ……きっと……)
胸の奥で、小さく、冷たい音がした。
――ゆめはまだ知らなかった。
次の章で、その冷たさが“形”になることを。
2章 完
陰キャjk異世界で心バグらせる 凪雨カイ @nagusame_kai
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