第22話 『眠ったはずなのに、心だけが一度も休んでくれなかった』
――あれ?
ここ……どこだろ。
目を開けた瞬間、私は知らない場所に立っていた。
床は白くて、靄がかかっていて、
ずっと奥まで続いている廊下のようで――
だけど、どこにも“音”がなかった。
(……静か……すぎる……)
私が歩くと、足音がしない。
呼吸をしても、胸に空気が入ってくる感覚が薄い。
(夢……だよね……?
でも、なんか……冷たい……)
遠くから、誰かの気配がした。
近づくほどに、輪郭がぼやける“影”が揺れている。
(……あれ……昨日の……)
視界の端に見えた“影”が、そのままここにいる。
私は声を出そうとした。
けど――
「……ぁ……」
声が出ない。
喉が動いてるのに、空気が震えない。
夢の中なのに、呼吸が浅い。
(声……出ない……?)
影がゆっくりこちらを向いた――気がした。
輪郭が、私の形に似ていた。
(……私……?)
けれど、その“私”には目がなかった。
ただ空洞みたいな黒い穴が二つ、あいているだけ。
足が震える。
逃げようとしても、靄が足首を掴むみたいに重い。
「……………………」
影の口が動いた気がした。
でも何も聞こえない。
聞こえないのに、“何かを伝えようとしている”気配だけが胸に刺さる。
(やだ……近い……来ないで……)
影が一歩進む。
靄が揺れる。
心臓が一瞬だけ止まった気がした。
(お願い……ここで……来ないで……)
影が手を伸ばしかけた瞬間――
ぱん――
光が弾けた。
世界が白くブレていく。
(……あ……
もう……だめ……)
◆
――はっ。
息が一気に戻って、私はベッドの上で上半身を起こした。
(……夢……?
違う……あれ……夢にしては……感覚が残りすぎてる……)
指先が冷たい。
胸の真ん中が、じわっと重い。
(……いや……おかしい……
眠ったのに……心が休んでない……)
鏡を見ると、目元の影がいつもより濃い。
(今日……また“音”、小さい……)
自分の声を出してみる。
「……あ……」
音が軽かった。
芯がなかった。
◆
ギルドへ向かう道中、視線が刺さる。
「来た……」「今日も……」「あれ……目が……?」
(なんで……今日こんなに見られるの……?)
昨日の視線と違う。
今日は“何かを確かめる”ような温度だった。
疑い、期待、不安、嫉妬、好奇心――
混ざった視線が、皮膚を滑る。
(……なんか……昨日より……息、浅い……)
◆
ギルドに入ると、僧侶が血相を変えて走ってきた。
「ゆめちゃん!!」
「え……?」
僧侶は私の腕を掴んだ瞬間、顔色を変えた。
「……やっぱり……!
今日のゆめちゃん、“匂い”がほとんどしない……!」
(匂い……?
僧侶の感覚……昨日も“音”って言ってた……
今日は……もっと深いところ……?)
「ゆめちゃんの“心の輪郭”が……すごく薄い……!」
(輪郭……?
そんな……こと……あるの……?)
「昨日より危ない……本当に……限界に近い……!」
僧侶の手が震えていた。
「勇者様と外へ行くんでしょ!?
絶対に一人になっちゃだめ!」
「……うん……」
返事はできたけど、声が少し震えた。
(……夢の影……
まだ胸の奥に残ってる……)
◆
勇者が現れた。
「ゆめ。……顔色悪いぞ?」
「あ……すみません……」
「無理なら引き返すか?」
(優しい……
でも……届かない……
距離が……ガラス越しみたい……)
「……いけます……」
「分かった。今日は本当に危険な場所には行かない。
ただの調査だ。……頼むな」
(頼むな……
その言葉……昨日も……
なのに、胸は何も感じない……)
◆
ギルドを出ると、遠くから視線が追ってきた。
「二人で行った……」「気をつけろよ……」
「陰謀論派が“監視”始めたらしいぞ……」
「え、怖……」
(監視……?
何それ……私、悪いことなんにもしてないのに……)
勇者の横を歩く。
でも、景色がぼやけて見える。
(……世界が……ちょっとだけ遠い……)
胸の奥がひゅっと縮んだ。
(……夢の影……
本当に……消えてない……)
◆
森の入口に差し掛かったとき――
ゆめの背後で、枝が“パキ”と折れる音がした。
(……っ!?)
振り返る。
誰もいない。
でも、風じゃない。
動物じゃない。
(……さっきの……影……)
胸が冷たくなった瞬間――
「ゆめ! 下がれ!」
勇者の手が私の肩を掴んだ。
(え……?
何か……来てる……?)
視界の端で、黒い何かが揺れた。
◆
その“影”は、もう夢のものとは思えなかった。
(……え……
本当に……追ってきてる……?)
背中に冷たい汗が伝った。
(あ――
明日じゃない……
“今日”だ……
何かが起きるの……)
続く。
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