第19話 バグの残骸

 メテウスが奥の操作盤を叩くと、部屋の床――と思しき場所の一部がスライドし、さらに深い地下へと続く階段が現れた。


 そこは、アジトと言うよりは巨大な排気孔のようだった。

 空中に浮かぶ無数の文字列や、形を保てなくなったポリゴンの塊が、中央の暗い穴へと吸い込まれていく。


「ここは『処理場』。設計者が『不要』と断じたデータ……それを学習し対処を終わらせたもの、用済みと判断された残骸、そして『抹消された生物』の成れの果てが捨てられる場所だ」


 メテウスの声には、どこか哀愁が漂っていた。


「俺たちはここから、まだ使えるデータを拾い集めてる。……リチャードって言ったな、キャラ被り君、手伝えよ。お前の鑑定眼で『生体データ』の残骸を探すんだ」

「いや、手伝えて言うたって何したらええかさっぱりわからへんのにやれるかいな」


「簡単なことだ、お前は商人なんだろ?なら俺の拾い上げたデータが使えそうか本能で答えろ、俺にはそれが解らん。俺の勘よりお前の方がよほど鋭いだろ。何なら匂いでも嗅ぐか?無味無臭だと思うが」


「ははぁ、オタク、ワシんルーツもお見通しってわけや。こりゃお手上げですわ、大人しゅうこき使われますぅ~」

「ってわけでこの男を数時間借りる。何もない空間だがくつろいで待っていてくれや」


 *


 「ん、それはええんちゃうか?ええ赤色しとる」

 

 リチャードがデータの屑山から、赤く明滅する光の塊を拾い上げた。


「これぐらいで上等だろう。……エレノア、待たせたな。これが俺の『火遊び』だ」


 メテウスがその光の塊に、あの『白紙の硬貨』をかざす。

 すると、ノイズが走り、光の塊がみるみるうちに液体へと変換されていく。鉄の匂い。むせ返るような生命の匂い。それは紛れもなく、私の渇きを癒す『血液』そのものだった。

 

 シャボン玉のように球形になったそれは、ふわふわと漂い、メテウスの手中に収まる。

 

「……驚いたな。削除されたデータから、物質を復元するのか」

「設計者が捨てたゴミを、リサイクルしてるだけさ。時代はエコだろ……ほらよ、特製カクテルだ」


 生成された血液を、メテウスがビーカーに入れて差し出す。

 私はそれを受け取り、一気に煽った。……悪くない。保存食よりはずっとマシだ。

 体中に血が巡る、失われていた力がドンドンと戻ってきたように思えた。


 力が戻ってくるのを感じながら、私は作業を続けるメテウスの横顔を見る。



「なあ、メテウス。お前のゴール、目的は何だ」

「なんだよ藪から棒に」


「単純な疑問だ、ここまで親身になって、お前に何の得がある?あの人……召喚者に心酔でもしてるのか?」

「ははっ、心酔まではいかないが……、頼りにしてるのは確かだな。そして俺の目的は、そんなに高尚なもんじゃない。俺は単純に停滞が嫌いなんだよ、知生体ってのはもっとこう……強欲で遊び心があって、自由じゃなければいけない。なのにここはどうだよ、綺麗で、間違いがない、美しく醜く――歪な世界だ。」


 一言一言を、誰かを呪うように吐き捨てるメテウス。


「かと言って、俺一人が何かしたところで一部をハッキングしたり、こんななんもない空間を見つけるのが関の山。だから待ってたんだよ、あの人やあんたみたいなイレギュラーが出てくるのをな。ま、二人とも俺の予想を大きく上回ったわけだが」


 (――納得。)


 少なくとも、誰かのためにとか、正義のためにとか言われなくて心底安心した。

 これならば、安心して手を組めそうだ。


「……いい動機だ」

「そうかい?」

「ああ……改めて、よろしく頼むよ、共犯者」


 私が手を差し出すと、メテウスは少し驚いた顔をして、それからニカっと笑い、私の手を強く握り返した。

 血の契約ではない。互いの『反逆心』を確認し合う、確かな握手だった。


 *――*――*


 リソースの確保は完了した。物質化した血液を固めてキャンディのように固形化することにも成功した。これによりいざという時に直ぐ補給できる。

 逃げ時や攻め時にMPが足りません。では話にならないからな、エリクサーのようなもんだ。

 

 私たちはアジトの入り口付近に戻り、テーブル――代わりにされた木箱を囲んで作戦会議を始めた。


「さて話を戻すが、エレノア。あんたの目的は時計塔の最上階だと言ったな」

「ああ。そこにいる『召喚者』に文句を言いに行く」


「だが、時計塔のセキュリティは鉄壁だ。正面突破は不可能。物理的に壁を抜けるのも、塔自体が『重要オブジェクト』に指定されてるから無理だ。」


 メテウスは都市のホログラム地図を展開し、時計塔の一部を赤く光らせた。


「唯一の入り口は、上層階へのエレベーター。だが、これを動かすには『管理者認証キー』が必要になる」

「認証キー?」

「ああ。設計者から権限を与えられた、都市の最重要人物だけが持つカードキーだ。……現在、そのキーを持っているのは複数人いるが、今回狙うのはこの都市の有力貴族『アインセル公爵』」


 アインセル……? どこかで聞いた名だが、まあいい。


「つまり、その公爵とやらからカードキーを奪えばいいんだな? 襲撃するか?」 「おいおい、野蛮だな。公爵の屋敷は要塞並みだ。それに、キーは生体認証付きだ。無理やり奪ってもロックされる」


「じゃあ、どうする」


 メテウスは、一枚のきらびやかな羊皮紙を取り出した。


「こいつを使う。……今夜、公爵主催の『仮面舞踏会』が開かれる。都市の有力者が集まる、極めてフォーマルなパーティーだ」


 

 「……まさか」


 

 嫌な予感がした。

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