第18話 空白空間
「うわ、なんですかここ……気持ち悪っ……」
「目がチカチカしますわ……三半規管がバグりそうや」
イザベルとリチャードが気味悪そうに身を縮める。
無理もない、全くの『無』。三次元の住人が、制作途中のメタ空間に放り込まれたようなものだ。だが、ゲーマーとしての記憶がある私には、妙な懐かしさすらあった。
(……開発室、あるいはデバッグルームってところか)
足元には地面がない。
まるで空中浮遊しているかのように歩く。
メテウスは慣れた足取りで、何もない空間を進んでいく。
「ここなら『設計者』の目も届かない。あいつは完璧主義だからな。こういう『ゴミ捨て場』を見るのを何より嫌うんだ。外で処理されたモノの残骸がここに捨てられる。勿論物理的なモノじゃない、不具合を直したっていうことを奴が忘れないようログを残してるだけだ。善悪の判断の為にな。」
「ひどく、独善的だな」
「あぁ、そしてそれが最良だと信じて疑ってねえ。間違った勉強家ほど、厄介なモンはねえよ、奴はこの世には真水しかいらないと、本気で信じていやがる。あ~~やだやだ、サブイボたってきた」
メテウスはそう言い捨てると、空間にポツンと浮いている、歪な形をした小屋のようなものに向かった。
小屋といっても、壁の半分は透けているし、ドアは宙に浮いている。
中に入ると、そこには乱雑に積み上げられた本や巻物、そして幾つもの奇妙なガラクタが散乱していた。
「……ここが俺のアジトだ。汚いが、座るところくらいはある」
メテウスは、脚が三本しかない椅子にドカッと座り込むと、苦しげに息を吐き出した。
「ふぅ……」
「大丈夫ですか?」
イザベルが駆け寄ろうとするが、メテウスは手で制した。
「平気さ。……ただの『バグ』の浸食だ。神様の権限を使うたびに、俺の存在自体が少しずつ世界から『エラー』として弾かれそうになるんだよ」
メテウスは自嘲気味に笑い、私を見た。
「さて、約束通り案内してやるよ。あんたが会いたがってる『召喚者』……いや、この世界に喧嘩を売ろうとしている大馬鹿野郎の居場所にな」
「もったいぶらずに言え。どこにいる」
私が詰め寄ると、メテウスは指を上――天井のない、虚空へと向けた。
「この都市の中央。……『大時計塔』の最上階だ」
「時計塔?」
「ああ。この世界の『時間』を管理し、全ての住民の行動スケジュールを統制している、『設計者』ご自慢の絶対精度の時計塔さ。……あの人は、その時計の針の上で、悠々と世界を見下ろしている。もしアンタをあの人が呼んだとするのなら、間違いなくそこで待ってるはずだ」
時計の針の上、だと? 何かの比喩表現か?
「……随分と高いところがお好きなようだな。なんとかと煙はっていうぞ」
「んはっはっは!口が減らんな!――ともかく、あそこに行くには、幾重ものセキュリティゲートを突破しなきゃならない。正面から行けば即座にデータ消去だ」
メテウスは、空中に指で四角い枠を描いた。すると、そこに都市のホログラムのような立体地図が浮かび上がった。
「じゃあどうする。簡単だよ、俺の十八番がある。」
自信満々に詐欺師は笑う。
「それ、ワシの台詞……」
「はっは、じゃあ手伝え。いいか、この塔のセキュリティは堅牢だ。そう易々と突破できるもんじゃあない。だが『規格外』もともと異物のご令嬢なら、俺のような異物のデメリット無しで存分に欺瞞できる。侵入は容易だろう、問題はそれをどうだまし続けるかだ。白血球は異常を常に見張ってる」
どいつもこいつも私をウイルス扱いしよって。まあ自認もそうなので否定のしようがないが。
それに、問題はメテウスの言ったものだけではない。もうひとつある。
慢性的な倦怠感いや、飢餓感と言った方が正解か。
自身の『リソース』を切り売りしたせいで、軽い貧血のような眩暈がした。
「それだけではないメテウス。手っ取り早く、私の減った分の『燃料』を補給したい。いくら馬力が出てる機体でもガス欠では何もできん。どこかに手頃な家畜でもいないか?」
「家畜? ここは墓場で外は潔癖の城塞都市だぜ。死んだ動物や生き血なんて気の利いたもんは用意できねえよ」
(チッ……それもそうか……)
ここは処理された残骸が捨てられるところ。都合よく私の燃料が用意されているわけがない。かと言って外にいる家畜や人間を襲うのは論外だ。
保存用の血も心もとない今、一度都市から出て補給してから再度トライしたほうが良いか……。
「あんたの食事なら、心配はいらねえよ」
メテウスは、口の中の血の味を確かめるように舌なめずりしながら、部屋の奥にある古びた操作盤へ向かった。
「『かつて生きていたモノ』のデータなら、山ほど捨てられてる」
「……なんだと?」
生きていた。つまりはここに捨てられたデータの事に相違あるまい。だがそんなデータがあったとて腹は膨れない、奴は一体何を私に見せる気なのだろうか。
「ついてきな。あんたの望む『マテリアル』を生成してやるよ」
自信満々のやつの張り付いた笑顔に誘われるまま、私たちは奥に向かっていく。
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