第3話 変な奴

 やかましすぎて、 頭が痛くなってきた。

  不摂生で死んだとはいえ、こんな騒音に囲まれていては、この子供の身体と、私の精神がいつまで保つか分かったもんじゃない。


 私は甘くもないクッキーをミルクで流し込むと、騒ぎ立てる二人を冷たく見据えた。


「……黙れ」

「「あっ」」


 地を這うような低い声が出た。私本来の声とは似ても似つかない、鈴を転がすようなソプラノだが、妙な威圧感があったらしい。二人はビクッと肩を震わせ、口をつぐんだ。


「リチャード」

「は、はい!」

「その『ロマン』とやら、さっさと見せてくれよ」


「おお!さすが姫!お目が高い!」


 リチャードは犬歯を見せてニヤリと笑うと、背負っていた革袋をごそごそと漁り始めた。イザベルが「あーあ」という顔でそれを見ている。


「これですわ!」


 リチャードが勿体ぶって取り出し、テーブルの上に広げたのは、羊皮紙か何かで作られた、古びた一枚の『地図』だった。 いや、地図と呼ぶのもおこがましい代物だ。


「……リチャード。これはただのボロ切れでは?」

「んまあひっどいわぁ!姫さんまでそんなこと言うんですか!」

「ほらやっぱり、役に立たないボロじゃないですかー」

 

 イザベルの言う通りだった。 地図の中央には、今私がいるこの城らしき建物の見取り図と、その周辺の森や川が申し訳程度に描かれているだけ。 そこから先は、すべてが空白だった。


「リチャード、これは詐欺というやつでは?」

「ちゃいます、ちゃいますって姫!よう見てください!この『味』がわからんのですか!」


 リチャードが指差したのは、地図の上部。 そこは端が焼け焦げており、まるで何者かが意図的に燃やしたかのように、いくつかの文字が浮かび上がっていた。


『招かれし者』


(……!)


 心臓が、ドクン、と嫌な音を立てた。

 『招かれし者』。 脳裏に、あの傲岸不遜な別嬪の顔が浮かぶ。


『かの賢者クンが、キミをここに呼んだのさ。召喚者、とでも言えば通りがいいかな?』


 ……偶然。ノーだ。


 偶然なものか。 私がこの世界に来た途端、この身体の侍女と旧知の仲らしい男が、こんなドンピシャな単語が書かれたアイテムを持ってくる。 ご都合展開、ここに極まれり。誰かが糸を引いてやがる。


(……だが、面白い。いいじゃあないか)


 ヴァンプの言っていた『召喚者』。 この地図を用意した『誰か』。 そして、私をこの面倒くさい状況に叩き込んだ『張本人』。それらはすべてつながっている可能性が高いってわけだ。


「リチャード。これはどこで手に入れた」

「それがですなぁ、城下町の骨董屋に『曰く付きの品』として流れ着いとったんですわ。誰も見向きもせんかったみたいで」

「そりゃそうでしょうよ、こんな空白だらけの地図」

 

 イザベルが呆れたようにツッコむ。


 だが、私の考えは違った。 この空白は、「お前が埋めろ」という招待状だ。 あの『召喚者』からの、悪趣味な挑戦状だと私は直観でそう思った。


(……いいだろう。乗ってやるよ、アンタのその挑発に)


 私は、その地図を掴むと、リチャードに向き直った。


「リチャード、その地図、私が買おう。いくらだ」


 「えっ」 「ええっ!?」


 リチャードとイザベルが、今度こそ本気で驚いた顔で私を見た。

 リチャードは慌てて笑顔を取り繕う。


「ま、毎度あり!えーっと、姫からお金なんてもらうわけには……でも商売は商売ですし……」

「金なら、この身体の持ち主の資産を使え。イザベル、お前が管理しているんだろう」 「は、はい!そうですけど……お嬢、本気ですか?こんなガラクタに……」


「ガラクタじゃない」


 私は地図を強く握りしめた。 知的好奇心だか、不満だか、あるいはただの意地か。 不摂生で終わった三十路女の人生とは違う、何か得体の知れないものが、この子供の身体の奥底で燃え始めているのを感じた。


「これは、私がやるべきことの『最初の道しるべ』だ」


 私は、まだ見ぬ敵(あるい味方)を思い浮かべ、言葉を紡ぐ。

 

「まずは、私をこんな面倒事に『招いた』ヤツに、きっちり文句を言わないとな」


 私が不敵な笑みを浮かべてそう宣言すると、イザベルとリチャードは顔を見合わせた。 イザベルは心配そうに眉をひそめ、リチャードは面白そうに目を細めている。


「お嬢……? さっきから、なんだか様子が……」

「姫。『文句を言う』て、どなたにです?」


(……そうだな)


 この二人をどうするか。 巻き込むか、巻き込まないか。 いや、この『地図』を持ってきたリチャードも、この身体の侍女であるイザベルも、どうせ巻き込まれているようなものだ。


 ならば、変に隠し立てするより、全部ぶちまけた方が早い。 このイカれた状況を受け入れられるなら儲けもの。拒絶されるなら、それはそれ。一人で動くまでだ。


 私は、まだクッキーが山盛りのお盆をテーブルの端に押しやると、ドカッと椅子に腰掛けた。


「お前たちも座れ。少し、いや、かなり長い話になる」

「は、はい!」 「ほほう?」


 イザベルは慌てて私の向かい側に、リチャードは面白そうにニヤニヤしながら、その隣に腰を下ろした。


 私は、息をひとつ吸い込むと、単刀直入に切り出した。


「結論から言うと、私は、お前たちの知っている『エレノア』ではない」


「……はい?」


 イザベルが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。


「正確には、この身体はエレノアだが、中身はついさっき死んだ、三十路の不摂生女だ」


「……」 「……」


 シーン、と部屋が静まり返った。 イザベルは口をパクパクさせている。リチャードは笑顔のまま固まっている。

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