第2話 心音
篠原心音 十四歳 秋
中学二年ということもあり、高校受験も控えているため母親に塾の体験講座を申し込まれてしまった。正直行きたくはなかったものの行くしかない。ここでバックレなどしたら母親に殺されてしまう。しかし、塾に入ったとしても自動的に成績が上がるわけではない。もしそんなことがあればみんな塾に通っている。
「講座が終わったら教室長と面談があるからあとで行く」
そう告げられたので一人で塾に向かった。
夏の夕方は心地よくていい。学校でのモヤモヤが歩いているとどこかにいってしまう。
そんなことを思いながら塾に着いた。
「こんにちは」
中をうかがいながらか細い声で重い扉を開いたら手厚く教室長が出迎えてくれた。
個別指導塾なので席ごとに仕切りがされており、半個室のような感じになっている。
「教室長の田中です」
教室長がすかさず自己紹介をするのでそれにつられて挨拶を返す。
「篠原心音です。よろしくお願いします」
塾の壁を見渡すと進学実績でびっしりだった。心音は重圧を感じながらも、指示された席に座った。
席で講座の準備をしていると、席を横切る姿が目に映った。
見たことある姿。
それは、高橋悠真だった。
講座まではまだ時間もある。少し話しかけてみようと立ち上がり、悠真の席をのぞき込んだ。
「よっ!」
調子のいい声で話しかけてみると、そこにはポカンとした悠真がいた。返事が遅れてやってくる。
「おお、どうした?」
少し間を開けて対人モードに切り替えた悠真。人と話をしていないときは何を考えているのか分からないが、話してみると彼なりに明るく接してくれる。
一年生から二年生に進級してもクラスは持ち上がりだ。そのため二年生でもクラスメイトは変わらなかった。
「今日は何の講座あるの?」
「俺は数学だね」
そんな他愛もない話をひたすらにする。
案外いい子ではないか。そう思って話を続けていた。
「講座何時まであるの?」
「いつもは七時半で終わるけど」
終わりの時間が同じだということが分かった。
話を聞いていると帰り道も同じだった。もう一年以上中学校生活を送ったものの異性の友達なんてものは経験したことがなかった。
講座が始まる時間が迫っていたので、心音は額にかいた汗をハンカチでバレないように拭きながら自分の席に戻った。
「これから一緒に帰ったりするのかな…」
男友達という未だ経験したことがないものに対する期待をちらつかせながら、なんとか集中して講座を受けた。
講座が終わり、悠真はテキパキと帰る準備をしている。
心音は三者面談があるので帰るのが遅くなる。
面談を済ませると、もうそこには悠真の姿はなかった。
「帰っちゃったよね」
少し残念に思いながらその日は母親と一緒にラーメンを食べて帰宅した。
次の日、教室で悠真に話しかけてみた。自分から男の子に話しかけるなんてめったにない。心音は頬を赤らめながら悠真に向かう。
「悠真と同じ塾に通うことになったから。これからよろしくね」
喉が震えているのを悟られないように心音の持ち味である勢い任せに伝えた。
「こちらこそよろしくね」
悠真はすかさず返す。
悠真は何を普段考えているのか分からないが、人当たりがいいことはいつものことだ。
「悠真って、将来の夢とかあるの?」
何を考えているか分からないからこそ、高橋悠真という人間を知りたい。その一心でとっさに聞いてしまった。
「人のために何かしたいと思っているよ」
その返答を聞いて心音は自分があほらしく思えてきた。男友達ができたことに胸を弾ませていた私が幼稚に思えて仕方なかった。なんて大人らしい解答なのだと感心と同時に劣等感を抱えながら、
「そっか」
そう言って自分の席に戻った。
お昼休みに図書室から教室を戻る途中で悠真と直哉が話しているのを偶然耳にしてしまった。
「悠真、お前好きな人とかいないの?」
「俺はいないよ。そういう直哉こそいないのか?」
普通の思春期男子の会話だ。あんな大人びた考えを持っていても中身は中学二年生。そのことに安堵しつつバレないように教室に入っていった。
「彼女とか好きな人いないんだ…」
確かに悠真は一人の人間を深く愛すより、周りの人間を満遍なく愛すタイプの人間だと思う。だからといって恋愛をしない人間なんているのだろうか。そんなことを考えながら六時間目に向けて準備を始めた。
高橋悠真 十四歳 秋
心音が塾に入塾して三週間だ。悠真は、毎週火曜日と木曜日に通っている。その日にちにあえて合わせたのか、偶然合わせたのか知らないが、いつも顔を合わせている。相変わらず何を考えているのか分からない。
講座終わりに心音から話しかけられた。
「今日よかったら一緒に帰らない?」
いつも一人で音楽を聴きながら帰っているが、たまには人と帰るのもいいだろう。
「いいよ。授業終わったら下で待ってて」
女の子と一緒に帰るなんて何年ぶりだろうか。全く恋愛なんて眼中になかったが、久しぶりに異性と帰るということもあり、少し緊張していた。
「何年ぶりだろ…」
手汗をにじませながら靴を履き替えて急いで階段を下がっていく。
急いで一階に出るとそこにはスマホを見ながら待っていた心音がいた。
「すまん、待たせた」
「全然待ってないから安心して!」
「じゃあ、帰ろうか」
「その前にコンビニ行きたいな」
コンビニに寄り道なんて部活帰りでもしたことがなかった。学校の先生から寄り道はせずに帰るように言われていたからだ。妙に生真面目な自分が嫌になる。中学生といえどもう中学生だ。義務教育とはいえどある程度は好きにさせてほしい。
「今日は特に寒いな」
ポケットに手を突っ込みながら悠真は言う。
コンビニに着いた。心音は何を買うつもりなのか。
一緒にコンビニの中を回っていると、
「悠真はお菓子何が好きなの?」
と聞かれた。自分が何を食べるのかを必死に思い出す。
「俺はアーモンドチョコレートかな」
「ならそれ買おう!」
心音はそれを持って早歩きでレジに向かっていく。
会計を済ませてコンビニを出た。
「これ一緒に食べよう!」
心音が買ったアーモンドチョコレートを二人で分けるというのだ。これを食べてしまったら緊張で夕飯が喉を通らなくなりそうな気がした。
「俺はいいよ、心音が買ったものなんだし食べなよ」
「そんなこと言わずに一緒に食べようよ!」
何度も断ったが心音の勢いに負けて食べることにした。
女の子とお菓子を分け合う経験なんてものはしたことがない。何とかこの場をやり過ごすことに集中した。
「おいしい?」
心音がものすごい笑顔で顔をのぞき込んできた。
「おいしい」
やり過ごすことに精一杯になりながらも、人と何かを共有するということも悪くないなと思った。
お菓子を食べ終え、二人は帰路の道に着く。
悠真は話しながら帰ることにどうしても慣れない。ひたすら相手の話の流れに身を任せる。
「悠真は好きな人とかいないの?」
思わぬ質問が飛んできたせいで唾液が器官に入る。何を突然聞き出すのかと思いながら咳を抑える。
「俺?いないけど」
「本当は?」
正直面倒くさい。いない物はいないのだ。好きな人の作り方が存在するなら作り方を教えてほしい。
「そういう心音はいるのかよ」
こういう時には逆に聞き返すのが一番だ。
「少し気になっている人がいる…」
驚いた。まだ仲が深いわけでもない相手にこんなに正直に答えるとは思ってもみなかった。
好奇心に任せて聞いてみる。
「その人だれなの?同じクラスメイト?」
「クラスメイトだけど…誰かは言いたくない」
それはそうだ。気安く聞いた俺がバカだったと思った。
「クラスメイトなんだ」
誰なのか頭の中で思い当たる人間を考える。考えれば考えるほど頭の仲がぐるぐるしてめまいを起こしそうになってきた。
帰る道は街灯があまり無く、道は暗いので心音の家まで送っていくことにした。
初めて見る心音の家。木でできていてログハウスみたいな家だ。
「一軒家にしてはおしゃれすぎんだろ…」
ボソッとつぶやきながら心音を見送る。
「また明日ね!」
心音は元気に手を振って家の中に入っていった。
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