弱さを、君に見せたかった。
雨宮空
第1話 淡光
高橋悠真 十三歳 春
「歩くの疲れた」
外靴を上靴に履き替えながらぼそっと言う。家は中学校から徒歩3分。面倒くさい気持ちを抑えながら悠真は自分の教室に向かう。
春は寒い。北海道の春は雪もまだ多少残っている。寒い季節は気が滅入る。人間の本能がそうさせているのか、単に自分自身が怠け者なのか、その真実は分からないが、この寒さが悠真の倦怠感を強める。
悠真が小樽に来たのは小学校三年生の時。父が転勤族なため、それに合わせて家族みんな三年に一回引越しをしている。そのため生まれてから幼馴染というものもいたことがなく、悠真にとって友達は仲良くなっても数年でいなくなってしまう存在だ。
「吹奏楽部どうですか!」
部活動の勧誘がひっきりなしに悠真のクラスに訪れ、チラシを配って一生懸命にアピールしている。
「部活動どれにしよう」
「私は科学部入ろうかな」
お昼休みは部活のことでクラスは大盛り上がりだ。
「絶対に部活になんか入りたくないし、早く帰りたい」
悠真は学校がある日は早く帰って寝ている。部活動は悠真にとっては面倒事でしかない。
クラスメイトである田島直哉が悠真にニヤニヤしながらこちらに近づいてくる。
直哉は兄に魅せられて同じ陸上部に入部しようとしていた。中長距離を専門とし、持久力には定評がある。数週間前から悠真とはよく話をする仲になった人間だ。
「なあ悠真、陸上部の体験入部一緒に行こうぜ」
「いいよ。体験ぐらいなら。俺は入部しないけど」
本当は嫌なのにニヤニヤしている直哉の顔を見ていたら断る気にもなれず、行くことになってしまった。
「どうして、あんなにすぐOKしちゃったんだろう」
体験入部に行ったことを後悔しつつ、ただ今日が終わるのをぼんやりと待っていた。
篠原心音 十三歳 春
「さっむー!」
春先の鋭い冷たさで目覚めた。あまりの寒さにどうしていいか分からず、とりあえずベッドの中に潜り込む。
「早く起きないと遅刻するよ!」
心音の母親がベッドの中で亀のようになっている心音に叫ぶ。
心音は覚悟を決めて勢い任せに起き上がる。起きたのはいいもののあまりにも寒すぎる。寒さを紛らわすために椅子に掛けてあったパーカーをそそくさと着て一階に降りていく。
凍えて震える手を温めるために薪ストーブの前に座る。さすがの薪ストーブである。ものすごく温かい。薪がパチパチと燃える音に合わせて暖かさも増していく。
温まる時間もあっという間。時計を見ると午前七時半でまだ朝食も食べてない。
「学校行く準備しなきゃ」
朝食をむりやり喉の奥に押し込み、急いで学校に行く準備をする。
家から中学校に行くまで徒歩十分。なんとか用意を済ませ、急いで坂を駆け上がる。
「なんで小樽って坂だらけなのかな」
そんなことを思いながら、はあはあと白い息を上げる。
中学校の目の前の坂で一人の姿を見かける。同じクラスメイトの高橋悠真だ。あまり話したことはない。顔もイケメンというわけではないがブサイクというわけでもない、なんともパッとしない顔だ。
「全然話したことないけど、どんな人なんだろ」
少し気になったものの接点がないため話す機会がない。中学校でもお互い全く異なるグループに属しているので、これからも話す機会はないだろうと思っていた。
気だるそうに歩いている悠真を横目に急いで坂を駆け上がっていった。
教室に着いて、小学生時代の友人と話す。
中学校でも、都会の学校とは違って、ほとんどの生徒が小学校からそのまま進学している。心音と悠真が通っている中学校はほとんどが二つの小学校の持ち上がりだ。
「授業準備しなきゃ」
その言葉を合図に心音は急いで一時間目の授業準備をした。
高橋悠真 十四歳 夏
悠真は陸上競技場でアップのランニングをしている。
中学一年の頃に体験入部したのが運の尽きだった。体験入部したのはいいものの、期間の二週間を過きた時、正式な入部届を書く時間があった。しかしそれが部員に見られた状態で書くというものだった。悠真は同町圧力に負けて入部することになってしまったのだ。放課後に陸上競技場に赴くたびに、なぜ入部してしまったのかという疑問が頭をよぎる。
夏は暑い。いくら北海道といえども真夏は三十度を超える。あの寒い冬は嘘のようである。
しかし、運動は悪くない。陸上部の先生もアスリート思考なのか、短距離選手は百メートルを五本走って終わりだったりする。悠真にとってはラッキーだ。適度な運動は心も体も健やかにする。汗をかいて部員みんなで帰るのも悪くはない。それに色々な話を聞けたりする。誰と誰が付き合った、誰と誰が分かれた。悠真自身は恋愛とは縁のない人間だと思っていた。しかし他人の恋愛話は別だ。傍から聞いている分にはとても面白い。そんなことを喋りながら帰るのが楽しかった。
「悠真は好きな人とかいないの?」
女友達が聞いてきた。
「俺は恋愛とは縁のない人間だから」
「つまんないの」
つまんないと言われてもどうしようもない。恋愛したいと思ってもできるものじゃない。それに一方的に向けられる好意が嫌悪の対象の人間だっているはずだ。恋愛なんて奇跡的な確率を引くのと同等である。
そんなことを考えているとふと心音を思い出す。
「あいつも好きな人とかいるのかな」
悠真からみた心音は誰にも明るく接していて特別扱いをしない元気な女の子だ。誰でも等しく見ていそうな人間が人を好きになる感情があるのだろうか。
気になる。とても気になる。そのような人間が人を好きになるのか。どのような感じで接すれば気にかけてもらえるのか。
悠真は自分が疑問に思ったことは徹底的に考えてしまう癖を自分自身で理解しながらも考え続けていた。
「これが恋なのか?はたまた、ただの疑問なのか?」
この気持ちと思考がどちらに存在しているのか分からなくなり、頭から湯気が出そうになる。
そんなことを考え続けながら歩いているとあっという間に家に着いた。
「今日も疲れた。」
そう一言つぶやいて部屋に行き、潰れるように眠った。
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