第5話 聖女①

 昼休み。


 周囲の生徒たちは談笑し、花の話や流行りの小説で盛り上がっている。


「今期の舞踏会では、やっぱり赤薔薇が主流なんですって」

「えぇ、でも私は白百合派よ。純潔の象徴ですもの」

「昨日の新刊、もうお読みになりました? 王子が最後に告白するシーンが最高でしたのよ!」


 華やかで、のんきで、まるで別世界。


 そして、私はというと――当然のようにぼっちになっていた。


(まぁ、リリアナの評判を考えたら仕方ないわよね。……私が破滅回避で頭を抱えてる間に、みんな花と恋バナ。平和で羨ましいわ)


 視線を横に流すと、そこにアレンがいた。

 黒髪の少年は輪の中心に立ち、羨望と憧れの眼差しを一身に浴びている。


「勇者様、本当に素敵でしたわ!」

「あのルミナス家のお生まれだなんて……!」

「まるで物語に出てくる王子様みたい……」


 令嬢は頬を赤らめ、令息ですら彼を特別視。……やっぱり勇者様。周囲の視線を独占するのは、物語の主役のお約束ね。


 はぁ……あの時の反応、絶対ただの令嬢に向けるものじゃなかったわよね。あの調子で何回も話しかけたら、破滅エンド一直線になりそう。


 だから、ここ数日はあえて距離を取っていた。それが正解、たぶん。


 でも、視界の隅に映る黒髪が――どうしても気になってしまう。彼の力は、普通ではなかった。


 光。

 闇を照らし、打ち消すもの。


 まぁ、光が闇を払うなんて物語の定番よね。でも、実際に自分が闇側になると、笑えないわ。


 少し離れた席から、令嬢の弾んだ声が聞こえた。

「アレン様、明日――神託により“聖女様”が編入されるというお話は、ご存じですか?」


 アレンは少し驚いたように瞬きをしてから、静かにうなずいた。

「……あぁ、噂程度には聞いているよ」


「まぁ、やっぱり! わたくしたち、同じクラスになれるといいですわね!」


「聖女様と勇者様が並ぶなんて……伝説みたい!」

「そしたら明日はきっと学園中が大騒ぎね!」


 嬉しそうに声を弾ませる令嬢たち。

 憧れと期待が入り混じった空気が、教室全体を包んでいく。


 聖女セレナ

 ついに、来るのね。


 この世界の主人公であり、人々の希望であり――

 そして、どのルートでも私を破滅へと導く存在。


(まぁ、リリアナとセレナは同じクラスではなかった。あの令嬢の願いは、残念ながら叶わないわね)


 けれど、その予想はあっさりと裏切られた。


 翌朝、教室へ足を踏み入れた瞬間、空気の違いに気づいた。

 いつもは退屈そうに雑談している貴族の子息や令嬢たちが、今日は一様に浮き足立っている。


「聖女様が、このクラスに編入してくるんですって!」

「信じられない……! 聖女様と同じ教室で学べるなんて!」


 ざわめきが波のように広がり、教室全体を飲み込んでいた。


(嘘っ……なんで!?)

 勇者が同じクラスってだけでも想定外なのに、そこに主人公まで加わるとか、どうなってるのこの世界!


 そのとき、扉が開く音が響き、教師が姿を現した。


「皆さん。席に着いてください。今日からこのクラスに、新たな生徒が加わります」


 教師の言葉に、生徒たちの視線が一斉に前を向く。


「神託により学園に迎えられた聖女、セレナ嬢です」


 その名とともに、少女が姿を現した。


 窓から差し込む陽光を受けて、プラチナブロンドの髪が柔らかく輝いていた。

 淡い青の瞳は静かに教室を見渡し、整った顔立ちは神秘的な印象を与える。



「皆さま、今日からどうぞよろしくお願いいたします」


 澄んだ声が響いた瞬間、教室の空気が変わった。

 柔らかく、温かく、そしてどこか甘い。まるで、心の奥を撫でられるような感覚。


「……綺麗」

「やっぱり本物の聖女だ……」


 小さな囁きが広がり、拍手と歓声が起こる。


(……これが、聖女セレナ)


 前世の私は、この子が好きだった。

 眩しくて、優しくて、誰からも愛される主人公。彼女の笑顔を見るだけで、救われる気がした。


 けれど今、その笑顔は私を破滅へと追い込む未来の象徴にしか見えない。

 胸の奥で、憧れと恐怖がないまぜになり、苦しくなる。


(この子が、物語の中心。私を破滅へと導く者)


 教師に促され、セレナは空いた席へと歩き出す。

 その途中ふと、彼女と目が合った。


 青色の瞳がこちらを見て、ほんのわずかに笑った。


(……なぜ、私に?)


 答えのない問いが胸に残る。だがその微笑みすら、彼女の完成度の一部に思えてしまう。


 背後では、彼女を中心に生徒達の声が弾んでいた。


(勇者だけでなく、聖女までも同じ教室にいる。これはもう、物語が完全に動き出したということ)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る