第4話 入学②
学園の鐘が鳴る。
……ふぅ、やっと終わった。ほんと、前世で受験が終わったばっかりなのに、また勉強とか理不尽すぎない?
でも、リリアナのスペックが高すぎるおかげか内容はスッと入ってくるのよね。……頭の出来が違うってこういうこと?
でも終わったのは授業だけ。
本番はここから。
視線の先には――勇者、アレン・ルミナス。
彼の周りには、数人の令嬢が集まっている。
「光の魔力を宿す唯一の存在」なんて噂が広まって、みんな嬉しそうに声をかけていた。
「勇者様、さきほどの実技……本当に素晴らしかったですわ!」
「アレン・ルミナス様、今度ぜひ魔法理論を教えてくださいませ!」
「光の魔力を間近で見るなんて、夢みたいですわ!」
頬を紅潮させ、瞳をきらきらさせた令嬢たち。
アレンは困ったように微笑みながらも、ちゃんと一人ひとりに丁寧に返していた。
……はいはい、勇者様大人気。これじゃ本当に乙女ゲームの攻略対象そのものね。
……あ、やっと解放されたみたい。
アレンがふっと息を吐いて、何か小さく呟いたけど、ここまでは聞こえなかった。
(……独り言?)
訝しみながらも、私はタイミングを見計らって席を立った。
勇者……もし私の破滅に関わるなら、ただ避けてるだけじゃダメ。ちゃんと確かめなきゃ。
ゲームにはいなかった異物。
それに、彼だけが私の中にある“何か”に気づいたかもしれない。
なら、早いうちに接触して、分析しておくべきね。
……よし、笑顔、笑顔。
ただでさえ氷の公女とか言われてるんだから、これ以上警戒されたら困る。
私はできる限り柔らかい表情を作って歩み寄った。
「アレン様――」
呼びかけに、彼がわずかに肩を揺らした。
振り返った黒の瞳が、こちらを捉える。
――その瞬間。
胸の奥で、闇の魔力がわずかにざわめいた。ほんのかすかな揺らぎ。
(……今のは……?)
まるで、彼の内に宿る“光”が触れたことで、波紋が広がったように。錯覚かもしれない。けれど、これまでに感じたことのない感覚だった。
「リリアナ・グランベール嬢……だね」
「ええ。少し、お時間をいただけるかしら?」
私は穏やかに言いながら、一定の距離を保つ。
「先ほどの魔法実技、とても興味深く拝見しましたわ。あの光の魔法は王国式の術式には見えなかったけれど、どこかで学ばれたのかしら?」
アレンは一瞬だけ眉を寄せ、静かに答えた。
「……分からない。なんで使えるのか、自分でもはっきりしないんだ」
「そう……生まれつき授かった力、ということかしら。羨ましい限りですわね」
(……ゲーム内で聖女が唯一“聖”の魔力を扱えたのは、神に選ばれた存在だったから。ならば、彼の“光”も同じように、特別に選ばれた力……そう考える方が自然かもしれない)
「ルミナス家のご出身で特例入学、それだけの力があるということですわね。あなたが勇者と呼ばれる理由、少し分かった気がしますわ」
彼は短くうなずくだけで、それ以上は何も言わなかった。
(……さっき令嬢たちと話してたときと雰囲気が違う。まるで別人みたい。
これ以上踏み込むのはやめておいた方がよさそうね。探られたら、私の方が危ないかもしれない)
「それでは、これで。……お話できて光栄でしたわ、アレン様」
微笑みを保ったまま、私はくるりと背を向けた。
(……闇の魔力が反応した。偶然か、錯覚か。けれど、もし事実なら――あの“光”は、他の魔力とは根本から異なる特別なもの)
──
(アレン視点)
リリアナの背が去っていくのを見送り、俺はその場に立ち尽くしていた。
背中に冷たい汗が流れる。
ラスボスが、自分から接触してくるなんて。
しかも、あんな穏やかな笑みを浮かべて。
(……おかしい。ゲームでは、あんな風に話しかけてくる存在ではなかった)
俺の記憶にあるリリアナ・グランベールは、常に冷ややかで、誰にも心を開かない女だった。
他人を値踏みするような目。笑うとしても、それは誰かを切り捨てる時だけ。優しさなんて言葉とは無縁の存在。それが、ゲームの中のリリアナだった。
なのに今の彼女は、まるで別人だ。落ち着いた声で、穏やかに言葉を交わしていた。
(……いや、違う。そこが、怖いんだ)
優しさに見えるそれが、どうしようもなく不自然だった。
笑っているのに、目が笑っていない。声音は柔らかいのに、底の方に何かが沈んでいる。
まるで仮面の裏に別のものを隠しているような、そんな違和感。
「ふぅん、やっぱりあの子がリリアナ・グランベール、ラスボスなんでしょ?」
「……ゲーム通りなら、そうだな」
フェリは肩の上で羽を揺らし、わざと軽い調子を装っていた。けれど、微かな震えが隠しきれていない。
「それにしても……さっきの魔力演習、正直びっくりしたでしょ?」
「……ああ」
「周りの子たちは的が消し飛んだって大騒ぎしてたけど、本当に怖いのはそこじゃない」
皮肉を込めて鼻で笑い、フェリは羽を揺らす。
「リリアナの魔力制御よ。あんなに静かに収束するなんて、人間の魔力じゃまずありえない」
「……俺も思った。あんなのは見たことがない」
フェリは小さくため息をつき、今度はわざと明るい声を作った。
「にしても勇者様ったら、令嬢たちに囲まれて鼻の下伸ばしてなかった?」
「伸ばしてない」
「でも悪い気はしなかったでしょ? “キャー、勇者様ぁ”って、みんな目がハートになってたわよ」
「……やかましい」
「ふふん、図星ね」
顔をしかめながらも、胸の奥のざわつきは消えなかった。
「……それにね――あんたがさっき令嬢たちに囲まれてたときから、リリアナはずっとこっちを見てた。観察してるみたいに。あれ、たぶん警戒してたんだと思う」
「……勇者が特例入学なんて、目立ちすぎてるんだ。警戒されても、おかしくはない」
フェリは羽を揺らし、低くつぶやいた。
「……あたし、怖かった。あの子の魔力、底が見えない。覗き込んだら、呑まれそうで」
俺は拳を握る。
手のひらにかすかな震えが残っていた。
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