第17話 王子の秘密と、青い鉱石
カイに促されて二人が車に乗り込むと、ドアが閉まるやいなや、車は滑るように発進した。
車内では、王子が長いコートを脱ぎ、フリルのついたシャツ姿でくつろいでいた。 ラフな格好だが、気品は損なわれていない。
彼の手には、レイアのデータ保存機が握られていた。 LKが奪い取ろうと手を伸ばしたが、王子は一足早く手を閉じた。
「君たちが何をしようとしているのか、教えてくれませんか?」
王子の口調には、拒絶を許さない静かな威圧感があった。
もともと機嫌の悪かったLKの瞳が、さらに暗く沈む。
レイアは慌ててLKの手を掴み、首を横に振った。 王子のSPの目の前で、しかも防弾仕様の車内で、王子を洗脳しようだなんて。 やめてLK、殺されるわよ!
王子もLKの敵意を感じ取ったようだが、気にする風でもなく続けた。
「いいでしょう。まずは僕の方から事情を話します」
「ストーム・テック社は近々、王室とある取引を行う予定なのです」
「王室が所有する土地と、その地下に眠る鉱脈を彼らに売却するというものです」
「殿下!」
運転席のカイが咎めるように声を上げた。
王子は無視して続けた。
「僕たちは、その鉱脈に含まれる希少金属こそが、ストーム・テック社の本当の狙いだと踏んでいます」
王子はカイからフルダイブ型ヘッドセットを受け取ると、それをLKに手渡した。
「カイ、やって見せてください」
王子の指示で、カイは片手でヘッドセットを握りつぶした。
バキッ!
高価な最新機器が粉々になる音に、LKは眉をひそめた。 もったいない。
王子は残骸の中から、小指の先ほどの青く光る金属片を取り出した。
「これが希少金属『PJ』です」
「かつて王室に仕えた大学者(グランド・マスター)は、これは宇宙から飛来した隕石の一部だと断言しました」
「ストーム・テック社の特殊な装置を通すと、PJは脳波の送受信能力を爆発的に増幅させます」
「だから『最初(オリジナル)・ファンタジア』はあれほどリアルな幻覚を作り出せるのです」
「現在彼らが開発中の『具現化ヘルメット』にも、この金属が不可欠らしいですね」
「科学の発展に役立つなら、売ればいいじゃん」
LKが冷たく言った。
「王室は金欠なんだろ?」
王子は首を横に振った。
「そう単純な話ではありません」
LKはいらだたしげに鼻で笑った。
「俺たちに関係あるのか? さっさとブツを返してくれ、降ろしてもらうから」
「ある情報筋によると、何人もの学生がゲームのプレイ時間が長すぎて、脳の過負荷により植物状態になっているそうです」
王子は言葉を切り、二人を見据えた。
「先日、僕は病院へ行ってその被害者たちを見てきました」
「その中に、君たちの友人がいたはずです。君たちも、彼のために動いているのでしょう?」
レイアは驚いて息を飲んだ。
リュックを握りしめていた手が緩み、中から黒猫が飛び出した。
カイがビクリと体を震わせる。 顔の引っ掻き傷はまだ癒えていない。
LKは素早く猫を抱き寄せ、警戒心を露わにして王子を睨んだ。
薄暗い車内で、王子の瞳が再び深い藍色に染まる。
それはLKの瞳とは対照的だった。 前者は全てを受け入れる海のように深く、後者は深夜の嵐のように荒れ狂う波を秘めている。
「ちょっと二人とも、睨み合うのやめてくれない?」
レイアは視線がぶつかり合う二人の間に割って入ろうとした。
「おい、言葉を慎め! 殿下は睨んでなどおられない!」 侍衛長が叫んだ。
王子はふっと表情を緩め、圧迫感を消して続けた。
「通常、昏睡してから一ヶ月後、肉体は仮死状態になります。するとストーム・テック社の人間が現れ、家族に転院を勧めるのです」
「彼らは登録されていない闇の脳力研究所に運ばれ、そのまま行方不明になる……」
「被害者は彼らだけではありません。ここ数年、全国で少年の失踪事件が相次いでいます」
「誘拐や人身売買とは違う。消えた子供たちの多くは、『異能』を持っていたんです」
「ゲームはただの選別フィルターに過ぎません。僕は、ストーム・テック社がゲームを通じて異能を持つ子供を選別し、収集していると疑っています」
「そんな彼らが、PJ鉱石を手に入れて何をしようとしているのか……想像するだけで恐ろしいことですが、疑う価値はあります」
レイアの心臓がドキンと跳ねた。
彼女は恐る恐る、同じく異能を持つLKを見た。 少年の顔色は変わらない。王子の言葉に動揺した様子は見せなかった。
「もし君たちが友人を救いたいなら、僕と手を組んだほうがいい」
王子は二人をじっと見つめた。
彼は脅迫だってできたはずだ、とレイアは思った。
データ保存機も、私達の身柄も、すでに彼の手の中にある。 彼が目配せ一つすれば、鉄板を素手で握りつぶすあの侍衛長カイが、走行中の車から私達を放り出すだろう。
でも、王子はそうしなかった。 彼は正々堂々としている。
レイアはLKの脇腹を肘でつついた。
「王子に話そうよ。目的は同じなんだし。……うん、テレパスで話したほうが早いよ」
LKは驚いてレイアを見た。 彼女が王子の提案を受け入れるとは予想していなかったようだ。
「とりあえずフレンド登録してよ。離れてても連絡取れるように」 レイアは調子に乗って言った。
「王族に対して脳波(テレパス)フレンド申請だと!? 不敬にも程がある!」
カイが運転席から怒鳴った。 「殿下は気軽にフレンドになれる相手ではない!」
しかし王子はSPの抗議を無視し、微笑んで言った。
「ゆっくり話してくださいね。僕はレベル1ですから」
彼は自分の欠点を隠そうともしなかった。
無音の会話が続く中、自動運転の車は「オーシャン・ボール・パーク」というテーマパークの横を通り過ぎた。
ここには全国最大最深のボールプールがある。 観光客は10メートルの高さの飛び込み台から、色とりどりの柔らかいボールの中にダイブできるのだ。ボールの海が笑い声を上げて飛び散る。
レイアは窓にへばりついて外を眺めた。
いつか行ってみたいな……ナツ先生が今期の銀行ローンを返済して、お金が余ったらだけど。
LKは脳波で事情を説明し終えた。 彼は目の前の、自分と同い年の王子が気に入らなかった。 もしレイアが協力することを選ばなかったら、LKは百通りの方法でデータを取り返し、逃げ出していただろう。
『ストーム・テック社が悪事を働いてるって確信があるなら、王子が直接取引を中止させて、ついでにさらわれた子供たちを救出させればいいじゃないか』
LKは言った。
『残念ながら、証拠がないと止められません。それに、失踪した子供たちがどこにいるのかも分からないのです』
王子の声が沈み、顔色が曇った。
『それに、僕は実権のない、ただのお飾り王子ですから』
二人は思い出した。 このリトル・プリンスは王室の厄介者(ブラックシープ)で、脳力が低いせいで王位継承権を失ったのだ。 まるで恥部であるかのように、王室は彼がいなかったことにしたがっている。
「そ、そんなこと言わないでください。誰だって特別な存在で、世界にとって意味があるんです。王子様ならなおさらですよ」
レイアは思わず同情して慰めた。
王子は吹き出した。 顔に浮かんでいた寂しげな表情が消え去った。
「ありがとう、レイア。君は本当に優しいですね」
『一国の王子が、同情を引くような安い手を使って女の子を騙すなよ』
LKからの冷ややかな脳波が飛んできた。
王子は口角を上げ、反撃した。
「異能を使って他人の行動を操るのも、安い手だと思いますけどね」
さらりと言われた一言に、LKの全身の毛が逆立った。
「なっ、どうしてそれを!」
レイアも驚きの声を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます