第10話 ゲーマーたちの捜索開始


「どうしたらいいのか分からないんです。アケンの父親は7年前に事故で亡くなって、私一人で彼を育ててきたのに……。あの子に申し訳なくて」


 若い母親は化粧が崩れるほど泣いていた。


 秋風に舞う落ち葉のように震え、泣き崩れている。


 7年前、世界を震撼させた大災害で夫を失い、今また息子を失いかけている。


 運命はこの女性に対してあまりにも過酷だ。


 ナツ先生は慰めるように彼女の背中をさすり、深刻な表情で肩を貸していた。


 まるで生徒の不幸に心を痛める教育者のように。


 LKは壁にもたれて、同じく物陰から様子を伺っていたレイアに顎をしゃくった。


『アケンの母親は、返金の手続きに来たんだ』


「ナツ先生が返すわけないじゃん!」


 レイアは小声で言った。


 案の定、ナツ先生は母親の肩を叩きながら、真剣な口調で言った。


「お母さん、アケン君は必ず良くなります。彼を信じましょう、親子の絆を信じましょう。こうしましょう、アケン君の受講資格は無期限で保留にしておきます。いつでも戻ってこられるように」


「え? アケンが入院したって?」


 レイアとLKの後ろから、不意に声がした。


 午前中、脳波ゲームをしていて廊下に立たされていたパン君だ。


 トイレに行く途中らしい。


 二人は彼を路地に引きずり込み、「シーッ」と口に指を当てた。


「アケンが数週間昏睡状態? ありえないよ、さっきゲームの中で見かけたし!」


 パン君はきょとんとして言った。


 二人が信じていない顔をすると、パン君は続けた。


「ホントだってば。信じられないなら、僕のヘッドセット貸してやるよ。自分でログインして見てくればいい」


 LKは普段、面倒事には関わらない主義だが、今回は明らかに興味を示した。


 彼はフルダイブ型ヘッドセットを買う金がなく、他人のを借りるのもプライドが許さなかったのだが、このチャンスは千載一遇だ。


「ただし条件がある。ナツ先生に、僕が授業中にゲームしてたことを親にチクらないように頼んでくれ」


 パン君は入塾して半年、脳力は上がっていないが、ゲームのレベルはカンストしている。


 レイアは頷き、三人の取引は成立した。


 現実世界と同じように、学生たちはファストフード店で宿題をするのが好きだ。


 ここにはドリンクバーがあり、無料のWi-Fi(脳波ネット)がある。


 大声で議論しても、店内に流れる大音量のCMにかき消されて迷惑にならない。


 自称「高貴で清楚」なセリーヌは、ファストフード店の雰囲気が大嫌いだった。


 民度が低いし、金属製の椅子はスカートにシワをつけるし、ここのコーヒーは本物のミルクを使っていない。


 仕方がない。


 『常勝』の仲間たちが、彼女の家――山奥の別荘――に行くのを嫌がったからだ。


 ようやく「フライング・ブレイン・カップ」の申込書を書き終え、彼女は急いで荷物をまとめて帰ろうとした。


 フライング・ブレイン・カップは、レイアの世界で言うところの**「数学オリンピック」**のようなものだ。


 学校の出場枠は常にガリ勉たちが独占しているので、普通の生徒は補習塾を通じてエントリーする。


 毎年、大会の形式は変わる。


 去年は脳力卓球、一昨年は脳力絵画だった。


 脳力のコントロールの強さと精度が試され、チーム戦ではグループ全体の脳力レベルが重要になる。


 パン君とレイアが店に入ってくると、まさに出ようとしていたセリーヌと鉢合わせした。


「ちょっと、前見て歩きなさいよ!」


 セリーヌは鼻を鳴らしたが、二人が手にしているフルダイブ型ヘッドセットを見て、軽蔑の色を浮かべた。


「レイア、あんたまで脳波ゲームやるわけ? あんたにできんの?」


「セリーヌ、その子たち友達?」


 『常勝』の仲間が聞いた。


「まさか! 『今日発』の落ちこぼれなんかと友達になるわけないでしょ」


「ゲームをするにしても、脳力の差が出るのよ。一生雑用クエストでもやってなさい」


 セリーヌは腕を組み、女王のように二人を見下ろした。


「レイア、あの子、君のこと嫌いみたいだね」


 パン君が小声で言った。


 レイアは最初、セリーヌがなぜ自分に突っかかってくるのか分からなかったが、最近なんとなく理解していた。


「嫌いなんじゃないよ。寂しいんだよ」


「お前ら、ここで道を塞いで何してんだ?」


 LKが両手をポケットに入れ、気だるげにドアに寄りかかっていた。


 あくびをして、まだ寝足りないといった様子だ。


「レイア、こいつらは誰だ?」


 LKは『常勝』の生徒を知らない。


 だがセリーヌはLKと同じ学校で、新入生代表として一緒にスピーチをしたこともあるほど成績優秀な彼を知っていた。


 レイアはチラリと傲慢な少女を見た。


 セリーヌは珍しくレイアに噛み付かず、瞳孔を少し収縮させ、LKに見られていることに気づくと、慌てて髪を整えた。


「入るのか入らないのか?」


 LKは不機嫌そうに聞いた。


「フン、覚えてなさいよ」


 セリーヌはレイアを突き飛ばして、店を出て行った。


 レイアは思った。  やっぱり、ツンデレ少女を治せるのは彼しかいない。治せるのは彼しかいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る