第十一話 ゲーマーたちの密会

小さな騒動の後、パン君とLKはゲームに接続し、アケンの捜索を開始した。


 アケンのアイコンは、パン君のフレンドリスト上で確かに「オンライン」になっていた。


 LKにとって初めてのフルダイブ。


 ゴシック様式の建築物が立ち並び、壮大で圧倒的だ。


 奇抜な衣装のプレイヤーたちがビルの影から現れ、日差しが肌に落ちる感覚までリアルに再現されている。


 肩にかけた狼の毛皮が古びていて、首筋がチクチクする。


 通り過ぎるNPCから酒の匂いがする。


 LKは革の手袋をした自分の手を見つめ、興奮で手汗をかいているのを感じた。


 向かいから来た猫耳の少女が、バッグの中身を探しながら歩いてきて、LKにぶつかった。


 彼女は数歩後ずさりして体勢を立て直した。


 LKもぶつかられた拍子に、手で弄んでいた銀貨を落としてしまった。


 彼が銀貨を拾おうと屈むと、踏みつけた泥の中に咲いていた小さな花の花びらが一枚、ひらりと落ちた。


 LKはアケンがハマるのも無理はないと思った。


 全てがあまりにもリアルで、次の瞬間には完全に同化してしまいそうな恐怖すら感じる。


 突然、灼熱の炎が正面から襲ってきた。


 LKは機敏に横へ避けたが、左腕の服の一部が焦げた。


 露出した左腕の皮膚に焼けるような熱さを感じる。  ダメージまでこんなにリアルなのか!


 魔法使いのプレイヤーが大声で謝りながら、再び火の玉を村の外の猪に向けて放った。


 ここでは、プレイヤーは脳力で魔法を操り、氷の矢を作り出し、他のプレイヤーさえも操作する。


 脳力でできないことは何もないようだ。


『LK、どう?』


 レイアの声が天から降ってきた。


 彼女は隣で待機しているはずだ。  白目を剥いて呆けている自分たちを見て笑っているかもしれない。


 LKは気を取り直して探索を始めた。


『さっき東通りで見かけたって情報があった。先に行っててくれ、僕はモンスターを狩ってから行く』


 パン君からメッセージが届く。


 LKは遠くから、鍛冶屋の格好をしたアケンが街角に立っているのを見つけた。


 彼は棒立ちで、まるでログアウトし忘れたプレイヤーのように、放置状態(AFK)だった。


 しかし、近づくとアケンは満面の笑みを浮かべ、愛想よく後ろの武器屋を紹介し始めた。


 まるで、客を待つNPCのように。


 パン君は言っていた。  アケンはサーバー内でもトップクラスの武器職人で、数少ないカンストプレイヤーだと。  多くのプレイヤーが戦闘力を上げるために彼に武器をオーダーするらしいが、それにしても役に入り込みすぎている。


 LKは歩み寄った。


「アケン、お前か?」


「いらっしゃいませ、装備をお探しですか?」


 設定されたセリフのように、アケンは即座に問い返した。


 アカウントハックか?


 LKが立ち去ってパン君を探そうとすると、システムから「取引リクエスト」の通知が来た。


 取引アイテム:『謎のメモ』。


 そこにはこう書かれていた。


 ――頼む、助けてくれ。家に帰りたい。


 一瞬でメモは消え、システムログには「プレイヤーの条件不足により、鍛冶屋のクエストを受注できません」と表示された。


 LKが驚いてアケンを見ると、彼はまだニコニコと笑いながら、プレイヤーに武器を勧めていた。


 周囲のプレイヤーもメモを受け取ったようだが、アケンを知らない彼らは気にも留めていない。


 LKはコミュニケーターでパン君に尋ねた。


『おいパン、こんなことあったか?』


『ああ、最初は変だと思ったけど、アケンはプレイヤーなのになぜクエストを出すのかって。でも後で気づいたんだ、彼の名前が白くなってた』


 ピンクは女性プレイヤー、青は男性プレイヤー。  そして白は――NPCだ。


 その時、再びメモが送られてきた。  それは他のプレイヤーには送られていない隠しメッセージだった。


 ――レイアが今日、お見舞いに来てくれたんだ! あいつは僕を知ってる、頼む、助けてくれ!


 LKがログアウトして事の顛末をレイアに話すと、彼女は全身の毛が逆立つのを感じた。


 体は眠っているのに、意識だけがゲームの中に残っている。


 そんなことがあり得るのだろうか?


 ――もともと荒唐無稽な夢の中だとしても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る