第1話-2:追われる少女の告白
【1】
これは――焚き火の温もりの物語で終わらない。
彼女が追われる理由が明らかになり、
そして、“嵐”が近づき始める朝の記録。
夜が明けきらないリムランドの朝。
薄い霧が廃墟に沈み、焚き火の匂いがまだ空気に残っていた。
「あれ、まーた妙なの連れて帰ってきたねぇ」
ドラム缶を調理台にしていた老人が、目を丸くする。
カズヤの背には、ぐったりとした少女――拾ってきた“綴士”の少女がいる。
「倒れてたんだよ。返事もできねぇし、手当を…」
奥から歩み出てきたのは集落のまとめ役・ダン。
鋭い眼が、少女を一瞥しただけで状況を飲み込んでいた。
「また拾ってきたのか。
……お前、
彼女が着ている白い外套。
カズヤは苦々しい顔をする。
「ああ、見りゃ分かるよ」
ダンは煙を吐き、焚き火の灰を指先で払った。
「……大書院には関わるなって言ったろ」
「分かってる……。
悪い、放っとけなかった」
短い沈黙。
焚き火の弾ける音だけが間を埋めた。
ダンは火箸で灰を崩し、ぼそりと言った。
「ったく……責任はお前が取れ。
ここに連れてきた以上、そいつは“焚き火の一員”だ。
歩けるようになったらすぐ出てもらうが、それまでちゃんと面倒見ろよ」
カズヤは素直に頷いた。
「……ああ。約束する」
揺れる火の粉が、三人の間に静かに落ちた。
静かな朝。
消え去りそうな、些細な出会い。
しかしその出会いが、綴られていく世界を変えていくことになる。
⸻
【2】
布の匂い、煤のような匂い、ガタガタゴトゴトと色んな音がする。
子供の高い声、老婆の低く優しそうな声。
まだ音と意味が一致しないまま聞こえてくる言葉。
――それらがゆっくりと輪郭を結び、現実が戻ってくる。
「ここは……?」
周囲から数人に覗き込まれる。
子ども達が古い毛布を掛け替え、老婆が包帯を握る。
動作は荒っぽいが確かな優しさだった。
ジーナと呼ばれていた老婆が語りかけてくれた。
「よく頑張ったね。無理しなさんなよお嬢さん」
その隣で斜めに座り、足を組みこちらを見ている青年がいた。
彼の目は好奇と安堵、警戒が少しずつ混じっているようだった。
「食えるか?」
彼がこちらへ差し出した野菜スープの缶詰。
震える手で受け取り、一口。
――温かくて美味しい。じんわりと身体に沁み入る心地。
数日ぶりの食事だった。
味気ないはずの缶詰スープも格別なご馳走。
思わず夢中になってしまったが、ふと我に返り周囲を見渡した。
知らない空間、知らない人達、身体には手当の跡。
助けられたことが実感できると、自然と感謝の言葉が口から溢れた。
「……あの…ありがとうございます」
「ちゃんと物食えるなら良かったよ。
朝、あんたが倒れてんのを見かけてな。
勝手に助けた。名前は?」
私はゆっくりと状況を理解し、唇を動かした。
「アマネ……アマネ・チャペックです」
彼はニッと笑う。
「アマネか。俺はカズヤ。
ここでみんなの世話になったり、世話したり。
まあ、そんな感じだ」
焚き火の集落。
外典判定を受けた者達が寄り添い生きる場所。
少女――アマネはまだ、その現実を噛みしめきれずにいた。
⸻
【3】
カズヤは率直な疑問を投げかけた。
「……あんた、
カズヤの問いに、アマネは少しだけためらい、それでも正直に答えた。
「はい。大書院で、記録を管理してました」
途端に、周囲の空気がわずかに固くなる。
綴士は大書院の人間。
外典にとって歓迎すべき存在ではないことを、ここの誰もが知っている。
「そっか――じゃ、なんで綴士様があんなとこでボロボロになってたんだ?」
アマネは視線を落とし、唇を震わせた。
「……私の“残響”が、消えたんです」
思わぬ返答に、カズヤは目を見開き息を呑む。
残響は、世界における“存在の証”。
それが失われることなど、本来ありえない。
この世界のルールに反した異物。
得体の知れないことが起きていると、誰もが不穏さを胸に抱いた。
アマネは続けた。
「ある日突然……何も感じなくなっていました。
目を閉じても、どこにもない。
すぐに“監査局”が来て、理由もなく捕らえられそうになって……。
怖くて逃げて、戦って……気が付いたら、ここに」
監査局は、大書院の法執行・治安維持部門。
秩序の維持や摘発を担う組織だ。
彼らが来るということは、相応の事態が起こっていることを示す。
言葉は震え、逃げ惑う夜の記憶が彼女の背後に滲む。
カズヤはダンを見る。
ダンは首を横に振った。
――彼女は追われている。
ダンが深く息を吐き、静かに言う。
「事情は分かった。だが、お前は監査局に追われる身だ。
この集落には置けねえ。
……悪いが、明日の朝には出てもらう」
アマネは唇を噛んでうつむく。
カズヤも、悔しげに拳を握りしめる。
だが、ダンは続けた。
「ただし、一晩はちゃんと身体を休めろよ。
……カズヤ、お前が拾ったんだ。責任持って安全な場所へ連れてけ。
南のフォーンシティとかなら身を隠せる場所も多いだろ。
俺の名を出せば、助けてくれる奴もいくらかいる」
「!……おう、任せろ!!」
カズヤの表情がわずかに明るむ。
助けになれるという事実が、自分でも驚くほど嬉しかったようだった。
カズヤが応えると、わずかにアマネの表情が和らいだ。
焚き火がぱちりと弾けた。
彼らの旅が、ここから始まろうとしていた。
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