黒き星を堕とす『天弓』のシャーレイ
珊瑚狂魚
第1話 昇華
「じゃあなクソ野郎!」
体力が尽き地に伏したその化け物に別れを告げ、その眼球めがけて矢を放つ
眼球という極小さな的を動いている状態で打ち抜くには神懸かり的な幸運かそれこそ神業を必要とするが、近距離でしかも的が止まっているのなら話は別だ
弦の弾かれる音と共に放たれた矢は狙いを過たず直撃し、目的の物を貫きその背後にあった脳髄まで破壊する
息の根が止まり傷口から赤黒い血を垂れ流す
「バケモンでも俺らと同じ赤い血が流れてんのか」
血を抜き皮を剥ぎ肉と骨、腱、牙、魔石も取るこいつの体はその全てが有用な素材となる。
親父に教わった弓と毒、罠でこいつを殺し親父に教わった解体法で捌くこれも全てこいつと同じオークに殺された親父への冥土の土産だ。
持ち帰れない物を穴に埋めその上に木の枝を刺す
失われた命を糧に新たな命が育つようにっていう親父が勝手に決めた狩りのルールだ。木の枝をぶった切って刺したら新しい木が生えんのか?
良く知らないがそんな簡単な話じゃないだろ。
まぁ良い、その墓の前に佇み手を合わす
仇とはいえ死んじまえばただの肉塊だもう恨むこともできない、もとより俺は証明したかっただけなんだ
親父が万全な状態だったら、俺があの場に居なかったら生きて帰るどころかオークを殺すことだってできたはず
俺の狩りの技術は親父の足元にも及ばないそんな俺が狩れたんだ親父だったら言うまでもないだろ。
オークの素材を背負い近くにある親父の墓まで向かう
月に照らされた親父の墓はいささかあの無精ひげを生やした男には似合わぬ美しさをしていた。
手を合わせ
「証明したよ。あれから5年も経っちまったけどな・・もう20歳だぜ・・まったくあの時毒さえ持ってれば何とかなっただろうに、毎日作るのめんどくさがるからだ。」
そう呟く声が上ずった男には似合ってない髭が生えていた。
狩人の癖に毎日山のように吸っていた煙草に火をつけ供える、別れは済んだ村に帰ろう。墓の側に生えた若木を尻目に村へと向かった。
村に着いたのは深夜、こんな田舎じゃ明かりもロクに無い。皆を起こさないようにこっそり我が家に帰る。
扉を開けると蠟燭の火が灯っており少し明るかった、こんな深夜に誰がいるんだと疑問に思うと
「遅かったな」
「馬鹿みたいにしぶとかったもんでな」
そこにいたのはガシムおじさん。昔から親父とは仲が良くてほぼ毎日一緒に飲んでた酒好きのオヤジだ。
「ちょっと話そうや」
そういって酒の入ったコップを見せびらかすように揺らす。ったくこっちは1日中オークと追いかけっこして疲れてるっていうのに
こうなったら死んでも引かないオヤジだ誘いに乗るしかない
向かいの椅子に座ると煙草の煙がこっちまで匂ってくる
「証明できたか?」
「間違いなく、きっと地獄まで轟いてるさ」
「ガハハ!地獄か!たしかにアイツは天国には行けそうもない!」
「当り前だ、天国は人で詰まってるんだそこに酒と煙草が趣味の臭い奴が入ったら周りの奴が嫌がるだろ」
「なら俺も行けそうにないな⁉」
言わなくても分かるだろとオヤジが注ぎ入れた酒を一口飲む
「うえ!まず!」
「酒も煙草も無理か、まだまだガキだな!ガハハ!」
大きなお世話だとばかりに残った酒を一気に飲む。気分は最悪だ。
「そんなに急いで飲むとすーぐ酔っちまうぞ?」
「酔っぱらいたい気分なんだよ!あんたと素面で飲んだらついていけねえよ」
「でかくなったな・・あれからもう5年も経つのか。日が暮れても帰ってこないから、忘れ形見のお前まで失っちまうのかと思ったら俺はおれは・・・」
また始まったか・・オヤジの悪癖なんだよな。家で飲み会があった時はいつも泣き声で快適な睡眠が阻害された。
「ったく飲み過ぎだ、昔から酔うとすぐ泣きだすんだからたまったもんじゃなかったぜ」
オヤジの飲んでいた酒を問答無用で強奪する。嫌に軽いと思ったら中身はほぼ空、それは酔うわけだ・・
俺が帰ってきたことに安心したのか涙を流した後は机に突っ伏して寝ちまった。
まったく・・泣いた後にぐっすり寝るなんてどこの酒好きの赤ん坊だよ。そんな奴、親でも愛しちゃくれねえぞ・・・
オヤジを送るために背負って外に出る
軽く背負えるもんだ、昔は力じゃ勝てなかったんだけどな今じゃ風邪ひいてても負けない。
オヤジの家の扉を開けると奥さんが待っていた
「あら、ごめんなさいね。わざわざ送ってもらちゃって」
「かまいませんよ。俺を心配してずっと待っててくれたみたいなんで」
「あら、随分と丁寧な言葉遣いになっちゃって。昔みたいにミルクおばさんって言ってくれないのかしら?」
「勘弁してくださいよ・・おやじ達はともかく昔から世話してくれた奥さんには頭が上がらないんですから」
「そう?なら勘弁してあげようかしら。立派になったわねシャーリー」
その顔はずるいよ、昔から我が子のようにかわいがってもらった俺は貴方の笑顔が子供の頃から大好きだった。
「そろそろ寝るんでもう帰りますね、今日は一段と疲れたので」
オヤジを押し付けてそそくさと帰宅する。背後から
「久しぶりに泣き顔くらい見せてくれても良いじゃない!アンタのおしめを変えたのも私よー?」
わかってやってんだから質が悪い
家に着き布団に入った瞬間意識を失うように眠りについた。
目を覚ますと感じる世界が一変していた
昨日よりも鮮明に感じる、皮膚が流れる空気を微細に感じ取る。視力も良くなり遠くに立つ人達の皺の数まで数える事ができる。
試しに昨日使っていた弓を引くとまるで子供のおもちゃだ。以前まで感じていた抵抗を全く感じなくなってしまった。
そうか・・これが昇華か・・・・
今まで住んでいたのは別の世界だと言われても納得しちまうくらい違って感じる。というか前の俺が鈍すぎただけか。
いくらか落ち着いたところで今日やりたかったことを思い出したので、オークの素材を持ち目的まで行く。
「親方ー起きてるか?」
「おお!シャーレイか!さっき起きたところだ!」
この人はこの村で唯一の鍛冶師ガレレラだ、なんでこんな寂れた農村に居るのか不思議なくらい腕がたつ。
「昨日ようやくオークを殺せてな色んなもん持ってきたから見てくれや」
「そうか・・ついに殺ったか。おめでとうでいいのか?」
「まあそれで良いんじゃないのか?」
「お前の事だろうに聞き返すんじゃねえよ!」
額に青筋を浮かべ声を荒げた
「悪い悪い、それよりも弓を新しくして欲しいんだ。張りをもっと強くして弓自体を少しでかく」
「そりゃまた・・まさか昇華したのか?」
「そのまさかさ」
「そりゃ凄い!んで加護の方は?」
カウンターから身を乗り出し食い気味に聞いてくる
「加護?・・・職能のことか?」
「呼び方なんてそんなんどうでも良いだろうがそれよりも何が出来んだよ」
「【狩人】だってよ」
「なんだそりゃ?今までと変わらないじゃないか」
親方は期待が外れたかのように肩を落とし鼻を鳴らした
「馬鹿言うなや、今の俺が昨日の狩り見たら鼻で笑っちまうくらい色々できるようになったぜ」
「そんなにすげえのか!」
「ああ、起きたら色んな事が頭に叩き込まれててびっくりしたもんよ」
「はーなんか頭の痛くなるような話だなそりゃ」
「ほらもう昇華はいいだろ?これを見てくれよ」
背嚢から昨日取ってきたオークの戦利品の数々を持ち出す
「流石オークだな!1匹で此処まで取れるとは!・・・?この革はやけに穴まみれだな」
「しゃあないだろ、しぶとすぎて何発当てたのかすら覚えてないんだからよ。終わったころにはまるでハリネズミだったさ」
「さぞかし大変だったろうな。でもこんだけでかけりゃ1人分の革鎧ぐらいは何とかなりそうだ」
「助かるよ。村を出るために必要な物も揃えてくれないか?これは全部親方にあげるからさ」
「そうだったな、昇華をした奴は暫く領都で魔物を狩らなきゃいけないのか」
「そうそうめんどくさいったらないけど、しゃあないさ」
わざとらしく肩をすくめ何でもないことをアピールする
「その通りだな!ワハハ!全部もろもろワシにまかせい!」
「頼りにしてるよ。どんくらい掛かりそうだ?」
「いじってみなきゃ何とも言えんが・・大体一か月ってとこか」
すげえな思ってたよりも大分短い、何でこんな凄腕が辺境の農村なんかに居るんだか。
「りょーかい、それまで上がった身体能力を慣らしとくわ」
「それが良い」
親方は既に興味を失ったかのように素材に夢中だ。邪魔をしないように早めに退散することにした
黒き星を堕とす『天弓』のシャーレイ 珊瑚狂魚 @coral_crazyfish
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