【短編】片思いの気持ち悪いこと

にじおん

片思いの気持ち悪いこと

この作品にはジャンル「片想い」「エンディングなし」が含まれます。



 僕には好きな女の子がいる。

 あの子の名前は「杉原すぎはら杏香きょうか」。僕と同じ高校生で、僕の高校からバス停を三つほど跨いだところの女子高にいる。

 彼女は女子テニス部のエースで、図書委員。そしてなんと、僕を同じ塾に通っている。そんな彼女との初めての出会いは、通学中のバスの中だった。


 あの時、僕はスマホ充電が切れてしまい、退屈だからとりあえず外を眺めていたのだ。2年生に上がり、最初の登校ということもあって、最悪な気分だった。

 幸先が悪い、と何度も頭名の中でため息したのを覚えている。挙げ句の果て、バスがよく停まる日で、進んでは停まり、進んでは停まり、遅刻はないにしても不機嫌だった僕にとって、踏んだり蹴ったりな気分だった。


 どんどんお客さんが乗ってきて、僕の隣に口臭と化粧の濃ゆいおばさんが座ろうとした時、僕はその方に席を譲って吊り革に掴まって立つことにした。

 そんな時、僕は窓の外、バス停のベンチに座っているとても可愛らしい女の子を見つけた。

 スマホがなくて苦しんでる僕とは違い、その子は黙々と本を読んでいた。題名は覚えていないけど、ビジュアル系じゃなくて、シンプルな表紙に題名が一つ載っている、普通のほんといった感じだった。

 バスが停まって、少し揺れる。プシュー、という音がバスからなって、その子は目線を本からあげて、バスを見た。その時偶然、その子と目が合った。

 一瞬、目線があっただけで、僕の心臓は飛び跳ねて、すごく緊張していた。

 その子から目が離せなくて、ずっと姿を追って、こちらに近づくたびに鼓動が早まった。


 そして、またまた偶然。その子は僕の隣の吊り革を掴んだ。

 僕は自分が長いこと見惚れているのに気づいて、慌てて目を逸らした。

 ああ、きっと怪しい男だと思われていただろう。今思い出しても恥ずかしさで悶えそうだ。


 それから、バスが学校の前に停まるまで、僕はずっと落ち着けなかった。

 隣で揺れている彼女の横顔を見ては、顔が火照りあがって、それに耐え切れなくて視線を景色に戻して。でも、やっぱりもう一度見たくて、目線を彼女にやる。その繰り返し。この行為は日に日にエスカレートしている。今のトレンドは二の腕だ。


 何度も何度も、話しかけようと考えて、でも後一歩、勇気が出なかった。勇気は出ないくせに、どう話しかけるかのシミュレーションだけは多かった。

 「一目惚れしました」「綺麗ですね」「その本俺も好きなんですよ」「どこの高校ですか?」とか。僕が心の準備をして、話しかけるまでのシミュレーションは完璧なのだ。声の調子とか、イントネーションとか、雰囲気だとか。なのに、僕は僕が話しかけた後の彼女が想像できない。


 ちなみに、僕は家の中では僕でも外では「俺」というタイプだ。たまに友達と話す時に「僕」と言っちゃう時もあるが、そこはご愛嬌ということにしてる。


 高校の前にバスが停まるとき。僕はとても切ない気持ちになる。

 僕がここで降りても、彼女はまだこのバスで、同じ場所に立っているのだ。僕がこのバス停を見過ごせば、ずっと彼女の隣を独占できる。後五分でも立っていれば、彼女に話しかけられるかもしれない。話しかける機会ができるかもしれない。

 そう何度も考える。だけど、僕はそこまで衝動的な人間ではないのだ。

 結局僕は毎日、話しかけることもできず、ただ毎日同じバス停で降りて、まだ彼女が乗ったままのバスを見送るのだ。


 あの日以降、僕らはほとんどの平日、あのバスで会っている。僕は、毎度懲りずにまたあの子が隣に立ってくれることを期待している。だが、僕が吊り革に掴まって立っていても、椅子に座って、いかに隣を空けていても、彼女が隣に来てくれる日はなかなかない。

 ただ、彼女が隣に来てくれた日には、僕はすごく幸せな気分になるし、友達はそんな僕を面白がっている。


 あの日は、まさに運命の日というほかない。


 僕があの子が「杉原杏香」だということを知った時のこと。

 忘れもしない。あれは夏休み、僕がいつも通っている塾に、彼女が通うようになったのだ。

 塾の扉を彼女が空けて、「おはようございます」と元気でも暗くもない、普通の可愛らしい声を聞かせてくれた時、彼女は僕を知りもしないのになんだか関係が進展したようですごく嬉しかった。


 彼女が同じ塾に通い出して、少し立った頃、塾では定期テストが行われていた。

 朝から晩まで、ずうっとテストをし続けるのだ。一科目60分、休憩時間が10分そして、昼頃に昼休み時間として40分ほどの長い休憩時間がある。

 僕が彼女の名前を知ったのは、テスト後の十分休み中のことだ。塾があるそのビルの中の自動販売機で、僕と彼女はたまたま会った。

 先に選んでいいですよ、というジェスチャーをしたが、彼女は「後から来ましたから、先にどうぞ」と、言った。僕はカッコつけてコーヒを買った。

 それをきっかけに、僕はとうとう彼女と話すことができた。


「さ、さっきのテストどうだった?」


 最初の一言は緊張のしすぎでうわずってしまったのを覚えている。今でも、思い出すたびに恥ずかしい。

 僕が問いかけた後、その子は、自販機から出たペットボトルを拾いながら、少し驚いたようにして、だけど平然と答えた。


「まあまあって感じですね」


 その時、初めて、彼女の愛想のいい顔が見れて、どきっとした。

 話しかけるまではあんなに緊張していたのに、一度話し始めると、僕の心は驚くほどに澄んで、落ち着いていた。いや、高揚していたのだろうか。


「もしかして、結構頭いい」

「わかんないですけど、ここに引っ越す前も塾には通ってました」

「どおりで、テスト慣れしてると思った」


 そういうと、彼女は初めて、声を出して笑った。そして、「わかるんですか、そういうの」と聞いてきた。なので僕は少し気取って、「長く塾にいたらね」と答えた。

 それから、忘れないうちに名前を聞いておこうと思った。でも、自然と自己紹介の空気にするのがむずかして、とりあえず自分の自己紹介をした。


「b、俺は白木誠。東生高校の二年生。白い木に、誠実の誠で」


 一瞬だけ、僕と言いそうになったが、すぐに俺に言い直した。多分気づかれてはないと思う。

 どうやら自然と自己紹介の空気にすることには成功したらしく。僕はようやく彼女の名前を手に入れることができた。


「私、杉原杏香です。青桃女子学校の一年生です。杉の木の杉に、原っぱの原。あんずきょうに、香車きょうしゃの香です」

「きょうしゃ?」

「将棋の駒ですよ。前にしか進めない代わりに、移動制限のない駒です」

「あー、あれか。ずっと「こうしゃ」かと思ってたよ」


 すると、彼女はまた少し笑ってくれた。それで僕は少し得意になって、もう少し話して、連絡先を交換しようと思った。

 この時の僕は、本当に、なんでもできる気分だったんだ。


「ねえ、よかったらさ」

「あ、後三分で次のテスト始まりますよ」


 LINE交換しない?もしくは、友達にならない?と聞こうと思った。しかし、タイミング悪く、杉原さんは教室へ戻って行った。

 この時、僕は少し切ない気分になったが、僕が彼女を狙っている、というのを勘付かれないよう、精一杯のポーカーフェイスで「わ、ホントじゃん。俺ちょっとトイレ行かないと」と言った。この時の僕は、もしかしたら、下心が透けて見えたかもしれないか、わざと会話を打ち切られたのでは、と、不安でいっぱいだったのだ。


 しかし、彼女は内心慌てている僕の背に少し、大きな声でこういった。


「はい、じゃあ、また」


 不思議と、脳裏にこちらへ手を振る杉原さんの姿が見えた。

 その姿は時間が経つにつれ、笑顔になっていき、私服さえもおしゃれなものに変わり、次第にウェディングドレス、最後には……これ以上はやめておこう。 

 ひょっとして、彼女は僕に好意があるんじゃないか。と意識してしまったこともある。だが、今にしてみれば、それは逆、むしろ好意があったのは僕の方だったのだ。

 さらに言えば、一目惚れ、と言っても過言ではなかったかも。

 

 ああ、杉原さんと初めて出会って、もう一年が経ってしまった。

 僕は大学受験のための勉強で忙しい。でも、彼女は今が一番楽しい時期だ。そろそろ修学旅行もやるだろう。

 なのに、僕と彼女の関係は、まだ塾での友達以下。最近は、バスの中で話すことも増えたし、たまに隣に座ってくれたりもする。これはもしや友達以上なのか、なんてことは決して考えない。


 僕がこの関係を進展させるタイミング。それはいつだろう。今度、塾の休み時間に遊びに誘う、とか。いや、彼女の学校ではもうすぐ文化祭か。去年、僕は彼女を文化祭に誘うことに成功した。もしかしたら、僕も誘ってもらえるかもしれない。

 そう、僕は一度、東生高校の文化祭に誘うことができたのだ、その時の会話は今でも鮮明に覚えている。


 塾の帰り道、あたりはすでに真っ暗で、僕は学校と塾でクタクタだった。余談だが、僕はあまり勉強が好きなタイプではない。だからこそ、塾に通っているのだ。

 僕と彼女、杉原さんは、たまたま同じタイミングで出会った。基本的に、僕は塾が終わると、ビル内のコンビニで軽く弁当を買い食いし、その間に杉原さんは親に迎えられてしまうのだが、その日はたまたま、親がの迎えが遅れていたらしい。

 僕の帰りはバスだったので関係なかったが、その日だけ、親が迎えに来る、ということにして、杉原さんと一緒にいることに成功した。


 しばらく当たり障りのない雑談をしていたが、通算二度目の沈黙が訪れた時、僕は勇気を出してこういった。


「九月十九日にうちで文化祭やるんだけどさ、よかったら遊びに来なよ」


 僕はそう言った後、恥ずかしすぎて、とても杉原さんの顔を見れなかったため、ずっと塾の向かいにある公園を眺めていた。火照った顔には冬の夜風がちょうどよく、気持ちよかった。

 だから、次の杉原さんが発言するまでの数秒間の沈黙、その時杉原さんがどんな顔をしていたのか妄想することしかできない。けれど、その沈黙が終わった時、杉原さんは少しうわずった声でこう言っていた。


「と、友達も連れていいていいですか」


 すぐさま僕は振り向いて、杉原さんを見た。彼女はなんでもないように、綺麗な横顔で公園を眺めていた。一瞬、彼女の声が上擦った気がしたが、それはh気のせいだったのだろう。

 何よりも、僕の誘いに乗ってくれたことが、衝撃的だった。冷静になってみれば、全くもって不自然ではない、ちょっと仲のいい先輩の学校の文化祭。暇があれば遊びに行くのは普通のことだろう。決して不自然ではない。

 だが、その程度のことが、僕には味わったことがないほどの、これまであった嬉しいことを全部ひっくるめても届かないほどに、すごく、最高だった。

 あの時の安心感と達成感を、今でも鮮明に、なんなら思い出補正付きで覚えている。


 ちなみに、文化祭の時、僕のクラスは宇宙をテーマにしたコンセプトカフェだった。そこで僕はキッチンだったため、彼女が僕のクラスに来ていたことを知らないまま、後日塾の休憩時間で報された。

 その時の悔しさは今の今までずっと奥歯に張り付いたままだ。


 さて、じゃあ決まりだ。向こうから誘って来なかったら、もうこちらから聞いてしまおう。「杉原さんの文化祭っていつ?」と。

 もうすでに終わっていたらどうしよう。その時はもう、凹むしかない。手遅れになる前に聞くべきだ。そうだ、今聞こう、今日聞こう。あ、くっそ今日は日曜、明日は祝日じゃないか。ああ、もう、なんで僕は一年も経って連絡先を交換していないんだ。


 というか、待てよ。僕が文化祭に誘った後、なんで杉原さんは僕に文化祭の日にちを教えてくれなかったんだ。いや、流れで聞かなかった僕も悪いが、もしや何か特別な理由があるのか。

 そもそも、僕の文化祭を着た時、彼女は「友達と行った」らしいではないか。キッチンにいた僕は、自然と女友達だと思っていたが、なぜそう安心し切れるのか。

 彼女は、杉原杏香さんはとても可愛い。もちろん、見た目の話だ、性格もだが。これは、僕が贔屓目に見ているから、ではなく、世間一般的にも可愛いだろう。

 正直言って、僕のクラス、いや学校で一番可愛い。塾での友達も、杉原さんが可愛いと言っていた。そいつは後で〆といたが、しかし、やはり彼女は可愛いのだ。


 もし、彼女に彼氏がいるとすれば、一体どんな人物だろうか。

 きっと同級生─年上という線もあるが、それは僕という例があるので省く─だろう。そう、もし年上なら、その彼氏とくっつく前に何か進展があるはずなのだ。まあ、これも全て僕の臆病な性格が問題、と言えばそうなのだが。


 彼女はテニス部のエース。とすると、やはり共感できる同じ部活系男子だろうか。

 彼女は少し髪が長く、前髪は両サイドに少し長い束が垂れている。そして、後ろは上の方に結んでいる。

 とすると、彼氏はどうだろう。一番女子にモテそうな部活はバスケだ。ということは、ロン毛、いや、彼女がそんな爛れた人間と付き合うわけがない。

 と、思っていたが、昔から真面目な人ほどそういうアングラな雰囲気の男にハマると聞く。それは彼女も例外ではないのではないだろうか。


 それならこの一年、僕の進展が全くなかったのも合点がいく。彼女があえて、一定の距離を置いていたのだ。

 とすると、彼女はこの一年間をかけて、ロン毛の彼氏と愛を育んでいた。ということになる。しかし、それは決して対等な恋愛関係ではないはずだ。ロン毛のバスケ部彼氏は、きっと他にもいろんなところで女を引っ掛けている。しかし、そんなロン毛バスケ部彼氏のとっても、杉原さんほどの女性はいないはず、だから他の女とは違い、杉原さんだけはその彼氏の特別で、杉原さんは薄々そのことにも気づいている。

 だからこそ、自分の彼氏がダメなやつだとわかっていても、見捨てられないままでいる。彼氏のこの軽薄な特別に、彼女もまた、歪な特別で返さざるおえないのだ。


 そう言えば、杉原さんは去年この街に引っ越してきたと言っていた。流石に、この街に来た瞬間に彼氏ができるはずがない……ということは、僕が出会った時点ではまだ僕も彼氏候補にいたのかもしれない。だが、弱気な僕よりも、強気なバスケ部の方が意識してしまうのだろう。つまり僕は、自分の情けない臆病さ、そして今の関係のままで満足してしまっているこの甘さによって、杉原さんをロン毛バスケ部のクズ野郎に取られてしまったということか。

 一年も時間があったのだ。きっと、杉原さんは彼氏ともういろんなことをしたのだろう。デートやキス、それ以上、そしてさらにそれ以上のことも。ロン毛バスケ部クソ野郎のことだ、キスなんて1回目のデートの別れ際に、無理やりやっているだろう。杉原さんはきっとそれに怒るだろうが、でも、無理やりのキスに少しは感じることもあったのではないか。


 そして、きっと周りの人間とつい、自分の彼氏を比べてしまう。

 一方は、ただ塾とバスの中で会うだけの他校の人間。一方は、毎日毎日、バスケに真剣に取り組む同級生。彼はきっと僕よりも身長が高くて、筋肉もついているのだろう。何よりも、彼と僕には決定的なステータスの差がある。

 他の女にキャーキャー言われている中、自分だけに特別か感情を向けてくる男子に、杉原さんは妙な尊さを感じてしまう。

 男目線から考えれば、他の男子にモテモテな美少女が、僕だけを見てくれる。そんなようなものだ。


 やがて、杉原さんは最初のキスが忘れられず、二度目のデート。ロン毛バスケ部クソ野郎は、わざとこの街から遠い繁華街で遊び、人の熱気と彼氏の奔放さに疲れ果てた杉原さんをカラオケに連れ込む。そこで二度目のキス。それから杉原さんは流されるまま───クソッ、クソッ年下のくせに、ロン毛バスケ部クソ野郎め、僕の方が先に好きだったのに。クソが、僕のバカ、馬鹿野郎ッ。


 僕が自己嫌悪に耐えきれず、枕をぶん殴っていると、突如部屋の扉が開かれた。妹である。


「……兄さん、あんまはしゃがないでね。そういえば、お母さんがそろそろご飯作るって、三十分後には降りてきてね。じゃ」


 妹はそう言って「ダダダダダ」と僕の部屋から遠ざかった。


「……いや、ノックくらいしろよ……まったく」


 あ、そういえば。冷静になると簡単だ。

 彼女は女子校にいるのだから、同級生の男子など、いるはずがない。ロン毛のバスケ部?誰だそいつ。


 よし、気を取り直した。ゲームでもするか。


 いや待て、もしかすると大学生という線も……



この小説内で語られた内容には、主人公による大きな偏見が含まれます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】片思いの気持ち悪いこと にじおん @betunosekai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画