第14話 入院24日目 Bittersweet Samba
リハビリの日々。ゴムで足首を引っ張ったり、関節を曲げ伸ばしたりの毎日。
条件付きで杖で歩けるようになったとはいえ、基本的にはベッドと車椅子の上の日々だ。
折れた足に体重をかけられないので、装具と呼ばれるプロテクターと杖で体を支えて歩く。
腫れ上がってあちこち縫い目だらけで、ケロイド状にただれた皮膚の上からプロテクターを付けているので、当然結構痛い。
歩けば歩くほど、汗やら血やらが吹き出してくる。
どの道、骨がくっつくまでは数ヶ月かかるので、あまり焦らない方が良いと医師には言われた。
数ヶ月。
なんて気の遠くなる話なんだろう。
その間、ずっとこうやって脚を庇いながら、折れていない部分を鍛えつつ生活なければならないのか。
そして、もし順調に退院できたとしても、いや出来なかったら困るのだが、それでも歩くたびにこんなに痛いのだろうか。毎晩こんなに痛むのだろうか。
いやだなあ。
辛い苦しい痛い忌々しい、ネガティブな思い。
それは単独では耐えがたい程では、たぶん無い。
も、その小さなネガ達がいくつも積み上がると、前へ進む気力を奪っていくのだろう。
外出も出来ず、好きな時にシャワーを浴びる事もできず、何度も体にメスを入れ、冷やして、また手術。
ベッドサイドの引き出しにはこれから記入したり申請したりが必要な書類が溜まっている。
依頼した書類はなかなか出来上がって来ない。
役所のレスポンスはとても遅い。
いやだなあ。
色々なことが煩わしくて溜息をつく。
「あー、頭抱えてますねえ」
カーテンが開いてアンニュイな声が聞こえ、若い女の子が入ってきてコンビニコーヒーを差し出してきた。誰。何。
「近く通ったので寄りましたー」
と大きなマスクをずらして顔を見せる。後輩の事務員の子だった。花のZ世代。
頭を抱え溜め息ついてる所を見られたな。
バツが悪い。まあコーヒーはありがたいが。
「甘いコーヒーは看護師に見られたら文句言われるんだよね」
と言いながらありがたく頂く。甘露。砂糖は体に悪いのなんだの言われるんだろうが、心には絶対いい。
人生に甘みは必要だ。たぶん。
「チョコもありますよー」
最高か。ああ隠れて食べるチョコレートの背徳感。
こいつは天使か。泣けそうだ。
腕に「転倒要注意なんたら患者」のタグが巻かれていて、病院の購買にすら行けない身だった。
最低限必要な物は1日1回、看護師に依頼してチェックが通れば買って来て貰える、そんな生活。
しかも忙しい時はその買い物さえスルーされてしまう事も少なくない。
お茶等の買い置きが切れていれば洗面台から汲む水道水を飲んで乾きを癒してる生活。
まあ水が飲めるだけても感謝はしているのだけれど。最初の二日くらいは水も飲ませて貰えなかったからな。
色々とイケナイ差し入れを証拠隠滅しつつ、上司やら同僚やらには聞き辛い話なども聞いてみる。
彼らなに聞いても(ありがたい事に)職場は大丈夫だから心配するなとしか返ってこないのだ。
クレーマーからの電話があって大変だったとか、誰と誰が喧嘩して怒られていただとか、誰が暇そうにしてたとか、ガールズトークのノリで教えてくれる。
いいな、職場は変わりなくて。
戻りたいな。別にこんな事になる前は大好きな場所では当然ながら無かったけれど。
みんなによろしく伝えて欲しいと頼み、さよなら。
帰り際に「早く戻ってきて下さいねー」と言われる。
「もう戻れないかもしれない」なんて情け無い本音は言わない。
「うん」とだけ言って軽く手を振って送り出す。
帰る場所があっても帰れないのは、帰る場所が無いよりは少しはマシなのか。
考えるとまた憂鬱になりそうだが、とりあえずコーヒーとチョコのおかげで少しだけ気持ちが落ち着いた気がする。
空調の効いた病室でコーヒー飲めるだけ、かつてオールナイトニッポンを流しながら深夜の営業回りしていた頃に比べたらマシなのかもしれない。
と前向きに考える事にする。
元気が出たとまではいかないが、気休めにはなった。
ポリフェノールは偉大なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます