第11話:湖の水

「うるさかったガキも片付けたし、俺もキャンプに戻るか」

掴んでいた黒猫を自身の袋に入れようとする。

だがディーニの手が止まる。さっきまでの黒猫と何か様子が違う。

さっきまでは息も小さくなって、今にも死にそうだった黒猫が俺を睨んでる?


『おい。いつまで俺を掴んでる。手を離せ』


ディーニは猫を掴んでいた手を離す。いや。離さざるおえなかった。

猫の体が急に重く感じたのだ。今までは振り回せるほど軽かったはずなのに。

急に持てないくらい重く感じた。


「おい。なんだお前。さっきまでヒィヒィ死にそうになっていたくせに、今更抵抗か?今更だよなぁ、女のガキも沈んだのに自分だけ助かろうってか!虫がいいなぁ!!」

クロは男の言葉を無視し湖に向かう。

『ファストとの約束だからな。まずは娘を助ける』

「は?約束?何言ってんだお前。助けられるわけねぇだろ!女の体はもう水の底なんだよ!俺の魔法で逃げることもできねぇしな」


『水の底か…確かに今の猫の体じゃ娘を抱えて助けるのは無理だな』

『ま…水があればの話だがな』


「は?」

ディーニの耳がぴくッと動く、この黒猫の余裕はなんだ。さっきまでと別人だ。

てか話せてる?さっきまでは鳴くことしかできなかった奴が、俺と普通に会話してる。


「お前・・・・」

ディーニが何かを言いかけたとき黒猫の体が浮いた。

「は?・・・飛行魔法?その魔法は魔女と黒猫しかできなかったはずだ!お前やっぱり例の黒猫じゃねぇか!」

ディーニの声はクロに聞こえていない。

いや、聞こえてはいるが、クロは奴を道端の虫程度にしか思っていない。

虫とは会話しないのだ


「ふざけんな!俺を無視するんじゃねぇよ!」

クロには聞こえていない。

「は。俺に背を向けてずいぶん余裕だな、またハンデか?学習しねぇんだな猫ってやつは」

そう言うとディーニはクロに指を向ける。


【ライトオーブ】【ライトオーブ】【ライトオーブ】

クロに向かって何度も魔法を打つ

ファストの尻尾をぐちゃぐちゃにしたあの魔法だ。

だがクロは背を向け湖を向いたままだ。

背を向けたまま尻尾で緑の球を弾く。

まるで顔の周りに虫が飛んでいるときに払うかのように。軽く。


クロが片手を湖のほうに向けると、湖の水が上に浮かぶ

浮かんで浮かんで浮かんで、湖のすべての水が上に上がる。

浮かんだ水は一か所に集まり、丸い大きな大きな球体になっている


男の魔法を打つ手が止まり、目を開き口をパクパクさせている。

『娘は・・・間に合ったか。息はあるな。』

ぼそっとつぶやくと、男のほうに体を向ける


「はへ?」

ディーニはもう地面に座り込んでる。黒猫の後ろには大きな水の球体。

初めて見る魔法。しかも詠唱なしで・・・。

勝てない。そう悟るのに時間はかからなかった


「お願いします、何でもします。許してください。ここにあなたがいたことも言いません。お願いします。お願いします。お願いします。」

男は頭を地面にこすり付けて命乞いをする。


『私がお前のような虫けらを?ふん。馬鹿ばかしいな』

男を鼻で笑い、湖のほうを向く


地面を頭につけていたディーニはニヤッと笑い、

「油断したな馬鹿が!!これで死ね!!」


【ライト・・・】

男が呪文を唱えるより早く、男の頭に水の球が貫通する。


「へ?」

男は気づかなかった。大きな水の塊から自分に向かってくる小さな水の球に。

地面に倒れ、もう息もしていない。

頭を貫かれたんだ。死ぬに決まっている。


『約束は果たしたぞ・・・交代だ』

最後にクロはファストの体をきれいに直し、湖の上にあった水の球を見て

『ゆっくりと水を元に戻すから、早く娘を外に連れ出せ』

そう言って黒猫が目を閉じる。

次に目を開けたときは目の色が緑から水色に変わっていた。


「約束守ってくれてありがとな」

俺はクロに礼を言って走り出す。

湖の上だけ雨が降ってるみたいだ・・・ゆっくり戻すってこういうことかよ。

あいつどんだけすげぇやつなんだ・・・・。


ぬかるんだ地面のせいでこけそうになる。

「エナ!!!」

湖の真ん中に倒れている少女に駆け寄る。


エナ…だよな。髪の毛が黒かったはずなのに真っ白になっている。

「エナ・・・?」


ぴくッと指が動く。生きてる。


「エナ!エナ!」

「ファスト・・・?」

エナが俺の顔を見て笑う

「ファストなら来てくれるって信じてたよ。うれしい」


しししと笑うエナの笑顔を見て安心する。いつものエナだ。

「エナ…ごめん。俺のせいで…俺が黒猫のせいで巻き込んで…髪の毛だって白くなちまって」

エナは自分の髪の毛に触り、また笑う

「髪の毛…白に戻ったんだ…私の髪の毛は元々白だから大丈夫だよ。気にしないで。

ファストの事も私が白って決めつけてただけだし…

実は最初に会った時に何となく思ってたの。男の人に黒猫を見なかったか?って聞かれた時に。この子の色は本当は黒色なんじゃないのかな…って」


俺の頭を雑に撫でまわし

「だからお互い様!!」

「ごめん・・・・ごめんな」

「もうー謝らないでよ…私はファストとずっと一緒にいたいの」


『おい。早く湖から出ろ』

頭の中にクロの声が聞こえる。

あ。俺は頭上にある水の塊を見上げる。俺につられてエナも上を見る。


「え!なにこれ!みず?!」

びっくりするよな・・・。・・・とにかく今はここから離れよう

「後で説明する!走れるか?」

「うん!てか普通に会話してたけど、ええええ。ファスト話せたの!!」


ごめん、その説明もあとだ。

「それもあとで言う!とにかく行こう!」

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