【2-2】?「それにしても微かだが魔法の気配がする。うむ。間違いないな。フフフ」

──【2-2】──


 次の日の昼前である。

「駅前で待ち合わせか……」

 と夏木勇こと勇者ナツキは、白のTシャツと紺のジーンズにスニーカー姿で立っている。色の薄いキャップ帽子を被ってはいるが、


「それにしても暑い……」

 と快晴の空を見上げる。

 近くに中規模なスーパーマーケットがあるせいか、人々の往来は多い。


 ナツキは三十分ほど早く到着して待っていた。この世界の母美智子が用意してくれたステンレスボトルから冷えた麦茶を飲む。


「うまい! このステンレスボトルに入った麦茶とやらはいつまでも冷たくて最高に美味いな。フェリオスに戻っても入れ物とこのお茶を、どうやって作ればいいか知りたいものだ」

 と独り言を言い、

 

あと、十分ほどで約束の時間になるな」   

 と呟いた矢先、


「ごめんなさい~。お待たせ~」

 とたくさんのフリルをヒラヒラさせながら、真っ白なワンピースに真っ白な帽子を被った、津香沙つかさ真帆まほこと魔法使いツカーサが小走りで近づいてくる。


「え? これって何なんだ? この世界のハクトに会うための待ち合わせだよな? これじゃあ……」

 と少し焦っていると、ツカーサが肩で息をしながら、


「ハアハア……。勇者様……。お待たせしました……」

 と笑顔を向けてくる。

 

「おい。何でそんなにその……。気合が入っているんだ? これじゃあ、まるで……」

 と言いかけると、


「こちらの世界では学校以外で男女が会うことは、デートというとても特別なことらしいので私、思いっ切りオシャレをしてきましたよ、勇者様!」

 と呼吸を整えている。


「いや。その。私はただ、ハクトに会いたいだけなんだが……」

 と困惑するが、


「私はラッキーなんですよ、勇者様。この身体の元の持ち主の津香沙真帆さんの記憶なんですけどね」

 と言い出すと、


「おお! 私もこの身体の元の夏木勇の記憶を参考にしているぞ」

 と嬉しそうに言うと、


「勇者様もですか! 私もなんてすよ。それにこの真帆さんの記憶ってとても色々、教えてくれるんです。今回も男性と二人きりで会うと考えたら、デートの時の服装や心構えなど、色々と教授してくれたんです」

 と笑顔を向けたが、


「いや……。デートじゃないぞ。ハクトと会うだけだぞ……」

 と再度言ったが、


「さあ。では今からスーパーに寄って、ちょっとした手土産を買ったら、ハクト様に会いに行きましょうか」

 と駅前のスーパーマーケットに入って行った。


「分かった。付いて行こうか」

 と勇者ナツキは、デート気分のツカーサの背中に付いて行った。


 スーパーで水羊羹みずようかんを買った。

「おい。結構、いい値段をしたけど大丈夫か?」

 とナツキは先ほど購入した商品を持ちながら、心配そうに言ったが、


「え? そうですか? 五千円以内でしたよ。安いと思いますけど?」

 と不思議そうに言う。


「え! 五千円って安いのか?」

 と言うと、


「五千円なんて『お小遣い、下さい』って言ったら、すぐにもらえる金額ですけど」

 とツカーサは言った。


「え! そうなのか?」

「はい。それに白兎はくとそうちゃんの家に行くって言ったら『五千円じゃ足らないだろう』からって二万円をくれたんです」

 と微笑んだ。


「え! ウソだろ! 二万円と言えば大金だぞ」

 とナツキの身体の夏木勇の記憶の声がした。


 津香沙真帆さんの家は有名なお金持ちなんだよ。一言で言えば、二万円なんてすぐにもらえる。ただし、夏木家は普通の家庭だから二万円は大金だからな。

 と頭の中で聞こえた。


「そうか……。簡単に言うと、我が家の夏木家は貧乏ってことか?」

 と言うと、


 貧乏じゃない! 一般家庭なんだ!

 と貧乏という単語に、心の声の夏木勇が強く否定した。


「なあ。ツカーサよ」

「はい。勇者様?」

「実はな……」

 と先程の頭の中でしていた、この身体の持ち主とのやり取りを話した。


「そうみたいですね」

 とアッサリと認めたが、

「でも私なんかよりも、ハクト様のご自宅の方が何倍もお金持ちなんですよ」

 と言いながら、駅前に停まっているタクシーを見つけると、


 「すいません。白兎さん宅へ行きたいんですけど?」

 と声をかけた。


「おい、ツカーサ! 何をやっているんだよ!」

 とナツキは焦った。


 すると、タクシーのドアが開くと、

「さあ。乗って下さい。勇者様」

 と白いワンピースのツカーサが後部座席の奥に乗る。


「おい。私はタクシー代が出せるほどのお金は持ってないぞ」

 とナツキが言うと、


「ちょっと、学生さん。あんたら、お金がないなら乗せる訳にはいかないねえ~」

 と中年でひげ面のタクシー運転手はため息をついたが、


「白兎さん宅までお願いします」

 と言うと、

「ちょっと、大人をからかうものじゃないよ」

 と明らかに不信感を見せたが、


「私の名前は津香沙真帆です。名簿を調べてくれたら分かります」

 と言うと、


「えっ! ち、ちょっと待って下さいよ!」

 と慌てて無線で、

「津香沙真帆という女性の名前の登録はありますか?」

 と問い合わせている。


 ナツキはまだ乗らないで、タクシー内のやり取りを見ていると、


「あ! ありました、ありました! すぐに出発致します! そこの学生さんも知り合いですか?」

 と聞いてくると、


「そうです。私と白兎お嬢様の共通のお友達なんです」

 とツカーサが話すと、


「これは失礼致しました! さあ、学生さん、早く乗った、乗った!」

 とわざわざ運転席から降りて、ナツキを後部座席へ押し込むと、


「では出発致します」

 と慎重にタクシーを走らせた。

 ナツキはツカーサの耳元で、

「……おい。これはどういうことなんだ?」

 と小声で話すと、


「ハクト様は、このタクシー会社や色々な企業を経営する白兎財閥のお嬢様なんですよ」

 とナツキの耳元で話した。


「え! そうなのか!」

 と言いつつ、一つの疑問が湧いた。

「おい。ちょっと待ってくれ」

 とツカーサの耳元で話す。


「はい?」

「白兎財閥のお嬢様って何だ? 祖母とかじゃなくてか?」

 と言うと、


「あ。そうか。そうですよね」

 と言い、

「勇者様。私の目を見て下さい」

 とツカーサは言った。


 ナツキはツカーサの大きな瞳を見つめると、ツカーサが心の中に話しかけてきた。

 これは魔法使いとしての基本中の基本のテレパシーである。



 僧侶ハクト様はフォリオスでは老婆でしたが、この世界では白兎財閥のお嬢様でお名前は白兎はくとそうと言うのです。ちなみに私達と同い年なんですよ。


 と頭の中に言ってきたので、

「え? えええ~!」

 とナツキは思わず大声で叫んでしまった。


「えっ! 何か?」

 と中年でひげ面のタクシー運転手は驚いていたが、


「いえ。何でもありません」

 とナツキはハクトに会ったら、どう接すればいいかをツカーサにテレパシーで質問した。


 そんなの気にしなくていいですよ。ハクト様は若返ったことに、大層ご機嫌で……。

 とテレパシーでのお喋りが止まらない。


 ナツキも元々年齢の近い女子同士ということで、ツカーサとの魔法を使ったテレパシーの会話を、タクシーが白兎家の屋敷に着くまで続けた。



 二人が乗ったタクシーが大通りを駆け抜けてから十分が過ぎた頃である。

「ハァハァ。この辺りのはずだ……」


 とヨレヨレの紺のブラウスにくたびれたミニスカート姿の中学生くらいの体格で、少し古めのツバの広い帽子を被り、日焼けなのか褐色かっしょくの美少女が大通りを眺めていた。


「それにしても暑い……。急いだとはいえ、走るものではないな……」

 と呼吸を整えると、


「それにしても微かだが魔法の気配がするのう。うむ。間違いないな。フフフ」

 とニヤリと笑った。


 そして、

「これは追いかけてみるかのう。さて誰がいるものか楽しみじゃ」

 と歩き始めた。



 一方、ナツキこと夏木勇とツカーサこと津香沙真帆はタクシーを降りた。

 そして、


「ここか? ここなのか?」

 とナツキは驚きを隠せないでいる。

 博物館か何かかと思うくらいに立派な黒く塗られた金属製の門構えの屋敷に到着したからである。


2025年4月10日

2025年11月26日 修正


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