【2-3】ナツキ。ついに老僧侶ハクトと会うが、そこにジャイアントフロッグが現れる。

──【2-3】──


「では、ごゆっくり。あ。私、白兎交通タクシーの小泉と申しますので、白兎お嬢様には親切で丁寧だったとお伝え下さい」

 と深く礼をし、去って行った。


「どうするんだ? 親切丁寧って伝えるのか?」

 勇者ナツキこと夏木なつきゆうが訊くと、


「そんなことをしなくても、あのタクシーにはボイスレコーダーが仕込まれているの。つまり……」

「乗る前の横暴な様子は、録音されているってことか」


「ええ」

 と言うと、魔法使いツカーサこと、津香沙つかさ真帆まほはスマートフォンで電話をかける。

「え? 電話するのか? ここにインターフォンがあるけど?」

 とナツキはそれを指さすが、


「そのインターフォンは執事やメイドらの部屋にしか繋がらないんです。これを押したら知らない人が出て来て、私達が怪しくない人間か調べられるのでとっても時間がかかっちゃうんです」

 とツカーサは説明しながらスマートフォンを耳に当てた。


「もしもし? ハクト様ですか? ツカーサです。こんにちは。ええ……。はい。勇者様も来られています……。はい?」

 と言うと、しばらくの沈黙の後に、


「分かりました。案内します」

 と言うと、スマートフォンの電話を切った。

 すると、けたたましい金属音と共に、黒塗りの大きな門が自動的に開き始めた。


「おお~。凄いな」

 とナツキは門のてっぺんを見上げている。


「では行きましょうか」

「入っていいのか?」

「ええ」

 とツカーサは慣れた様子である。


 二人は門を抜けると、黒い金属の門は再び、けたたましい音を立てながら閉まっていく。

「これは泥棒も寄せつけないな」

 とナツキが言うと、


「そんなことはないみたいですよ。何年か前に梯子はしごを積んだトラックが、塀のところに横付けして泥棒に進入されたそうです」


「えっ! それって大丈夫なのか?」

 と驚くと、

「それがここの執事さんとメイドさんは武道の心得があるみたいで、アッという間に泥棒をボコボコにして、警察に突き出したみたいです」


「そうなのね……」

 と言いながら、ナツキは白い噴水の横を通り抜けた。

 すると真っ白な教会のような屋敷の玄関前に、少女が立っている。


「えっ? えっえっ!」

 とナツキは小走りになり、近づくと少女の姿をまじまじと見つめると、

「お久しぶりです。勇者ナツキ様」

 と美しい少女は頭を下げた。


「えっ。あっ。ええ~! 本当にハクト婆さんなのか?」

 とナツキは狼狽ろうばいしながら言うと、


「こりゃ! 誰が婆さんじゃ!」

 と声は明らかに若いが、話し方とアクセントが数年一緒に旅をした僧侶ハクトばあだった。


「婆さん! 会えて嬉しいよ! 無事でよかった!」

 と抱きついた。


「おい! わしから離れい! セクハラじゃぞ!」

 とハクトは驚いた勢いで昔の話し方になった。


「え? セクなんだ?」

「セクハラじゃ! わし! もとい私のような淑女しゅくじょに殿方がむやみに抱きつかないでもらいたいものじゃで! いや、もらえますか?」

 と言い直した。


「え? ……あっ! ごめん! 悪い。そうだった。今は私、男だったんだっけ。これは悪かった。つい、昔の癖で」

 と何度も頭を下げた。


「分かればよろしいのですよ」

 ナツキはハクトばあに会えて、すっかり自分が男になっていることを忘れていたようだった。


「二人共、お上がり下さいな。私の友人を迎えるための第三応接室へご案内しますわ」

 と言葉遣いを何とか若い娘にしようという頑張りが見え隠れした。


 大理石の敷かれた廊下を三人と付き添いの黒髪ロングヘアーのメイドが後ろを付いていく。

「スゲェな。これ、床が石だぞ」

 とナツキは下を見ながら言うと、


「大理石でございます」

 と背後にいたメイドが言う。

「へえ~。こりゃ、凄いな~」

 と感心する。


「ところで」

 と美しいメイドが早足にナツキを追い越し、前面に立った。ぶつかりそうになったナツキは慌てて足を止めた。その様子をハクトとツカーサが振り返って見つめた。


「失礼ですが、殿方は何というお名前なのでしょうか?」

 とメイドはナツキに顔を近づけた。驚いたナツキは焦ってしまい、


「え? あっ。私はナツキ。いや、僕は夏木。夏木なつきゆうです」

 と答えた。


「夏木さんですか?」

「はっ、はい……」

 少しの沈黙の後、


そうお嬢様とはどういうご関係なのですか?」

 と冷たく真剣な表情を近づける。


「えっ! それは!」

 まさか、魔法世界フォリオスでのパーティー仲間だったとは言えない。


「その……。何というか……。僕は……」

 と口籠くちごもっていると、


豊橋とよはしさん。失礼ですよ」

 とハクトつまり白兎はくとそうが言った。


「しかし白兎家のお嬢様が見ず知らずの男を家に上げるなど、もっての外だと思うのですが……」

 とメイドの豊橋も負けてはいない。


 すると、

「私が好きになった殿方を、津香沙さんに頼んでやっと連れてきてもらったのです。豊橋さん! 私には恋愛の自由はないのですか?」

 と強い口調で言った。


「そっ、それは!」

 とメイドの豊橋は落ち着きを失った。

「豊橋さん!」

 と白兎は豊橋を見上げながら言った。


「……心の底からわたくしのことを心配して下さるのは、大変嬉しく思いますけれども、私が好きになった殿方を不快にするような言動は、控えて頂きたいものですわ」


 とより一層、強い口調で言った。

「はっ。これは私としたことが、大変失礼を致しました」

 と深く頭を下げた。


 相変わらず言う時は言うな、ハクト婆は……。

 と思っていると、立派な彫刻の彫られた扉の前に案内された。


「どうぞ、こちらへ」

 と中に入る。


 そこには堂々とグランドピアノが置かれ、高そうな茶器の入った新しい戸棚や、六人が楽々と座れる真新しい本革のソファーが置かれ、天井には埋め込み式のLEDライトが昼間のように部屋を明るくしていた。


「豊橋さん。窓を開けたら、人数分の飲み物とお菓子を持ってきて下さるかしら」

 とハクトが言うと、


「かしこまりました」

 と豊橋は手早く窓を開け、

「では飲み物とお菓子をご用意致します。しばらくお待ち下さいませ」

 と一礼して出ていった。


 廊下を歩いて去っていく音が消えると、

「おお。勇者ナツキよ、会いたかったぞよ」

 と若い白兎颯の身体のハクトが、男子高校生、夏木勇の身体のナツキの手を取った。


「婆さん。元気で何よりだ。すっかりこの世界のお嬢様だな」

 と嬉しい気持ちの照れ隠しに、ナツキは少し茶化した。


「ふふっ。どうじゃ、なかなか上手かろう。この身体の白兎颯の記憶を頼りにしながら、何とか入れ替わったことが、知られないようにしとるからのう」

 と微笑んだ。


 喋り方や細かい仕草はやはり伝説の老僧侶ハクトなのだが、声と見た目が若々しいのが、何とも言えない可笑しみを感じる。


「会った時にも訊いたが、ツカーサはどうやってハクトとは具体的に一緒だったんだ?」

 とナツキが訊くと、


「私はこの世界に飛ばされて、気がついた時にはハクト様の隣りに倒れていたんです。この身体の津香沙真帆の記憶によると、元々二人は友達だったようです」


「そうか……。それはよかった」

 とナツキは安心するように言った。

「これはあくまで推測に過ぎないのじゃがのう……」

 とゆっくりとハクトはソファーに座った。


「わしは女神様の加護を受けた僧侶じゃ。そしてツカーサはこの私にたまたま抱きついていたために、わしと同様に性別は変わらなんだ」


「つまり、女神様のお力で性別は変わらずに、そしてツカーサとははなばなれにならなかったということなのか?」

 とナツキが言うと、


「さすがは勇者様じゃ。察しがよいことじゃ」

 と微笑むと、ノックの音がした。

「はい」

 とさっきとは違い、ハクトは若々しい声色を出す。


「失礼致します。お飲み物とお菓子をお持ちしました」

 と先程のメイドの豊橋がこれも彫刻が施された木製の三段のティーワゴンを持ってきた。


 そのワゴンには、上段と中段にはケーキやシュークリームなど洋菓子がズラリと並び、下段にはコーヒーから紅茶そして冷やされた清涼飲料水があった。


「ありがとう。豊橋さん。もしよかったら、そのワゴンを置いて行って下さると助かるのだけれど……」

 と言うと、


「はい。もちろんでございます」

 と出入り口のところに立つと、

「ではごゆっくり」

 と一礼した。


 ナツキもツカーサもそちらに振り返り一礼を返すと、豊橋は去っていった。


「さあ。二人共、好きなだけ食べるがよいぞ。頼めばいくらでも持ってきてくれるからのう」

 といつものハクト婆の話し方に戻った。


「じゃあ、遠慮なく~」

 とナツキはいきなり手づかみで、ドーナツを持った瞬間だった。 


 庭で、

 ドーン!

 と言う大きな音がして、

 グエエ~!

 と聞いたことのある鳴き声が聞こえた。


「この声は!」

 とナツキが言うと、そこにいる三人の声が同時に、

 ジャイアントフロッグ!

 と言った。 


2025年8月4日

2025年11月26日 修正


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