【1-3】勇者ナツキ「やっと見つけたぞ。魔法使いツカーサ」
──【1-3】──
「
と母美智子が玄関で心配そうな表情を向ける。
「うん。ちょっと用事があるからね」
と出来るだけ明るい声でナツキは答える。当然、見た目も男子高校生で、声も低めである。
「帽子を被っていきなさい。それと、ほらこれ」
とキャップ帽子と、小銭の入った小さな財布。そしてステンレスボトルを渡してくれる。
「七月のかんかん照りの日に外出なんて、勇にしては珍しいわね。あなた、どうしても用事がある時は午前中か夕方に出かけるのに」
と母は言った。
夏木勇の記憶を思い返すと、確かにそのようだった。
「そうだね。でも今は急ぎだから」
と帽子を被り、部屋に転がっていた小さなリュックに、母が用意してくれた小銭入れとステンレスボトルを入れる。
「暗くなる前に帰るよ。では行ってきます」
と言って、金属製の玄関の扉を開けて、外に出た。
「何て暑さだ。この世界は一年中、こんなに暑いのか?」
とナツキは思ったが、
そうか。この世界には春夏秋冬があるのか。そこはフォリオスと同じなんだな。
と思った。
外出しようと思った理由だが。
「この身体の名前が夏木勇。私の名前がナツキ。この世界の名字と呼ばれる箇所の読みが、フォリオスとの共通点を感じる。ということは?」
と電話ボックスを探す。
「ハクト。ツカーサ。イカリ。この三人に共通する名字を探せば、あるいは仲間と合流できるかもしれない」
そう考えたのだった。
電話ボックスを見つける。古い電話帳をめくってみるが、
「人の名前はほとんどないな。店舗ばかりだ」
これでは意味がない。
特に高温だった電話ボックスを出て、ビルの陰に入りステンレスボトルの麦茶を頂く。
「冷たくてうまい。それに」
とステンレスボトルを振ると、ガシャガシャと音がする。
「この世界には魔法は基本ない。まあ、辛うじて弱々しいが使えないことはない」
と
「だがここは魔法を必要としないほど、文明が発達しているようだ。フォリオスでは夏に氷を出すには、冷凍魔法を使える魔法使いに頼むしかないが、ここは冷蔵庫という便利な機械のおかげで、全ての家でこうして氷が用意できるようだ」
と感心した。
スマートフォンを取り出し、地図を見る。
「そしてこのスマートフォンという道具の便利さは何だ! 地図を持ち歩かなくてもよく、物事を調べる事も出できて、動画や音楽の演奏もこの小さな画面で見ることができる」
と平べったいガラスの画面を見つめる。
「取り敢えず、身体を思いっ切り動かしてみよう。どこまで剣や武術が使えるか試さなくては」
とナツキは歩いて数分の大き目の公園を目指した。
公園に着くと、出来るだけ目立たないところで、武術の演武を始めた。腕や足を動かして、思いっ切りジャンプしてみると、
「身体が重い。力が
と言うと、肩で息をし始める。
「ハアハア。そしてすぐに疲れる。これでは闘いなんてまともに出来やしない……」
と呟く。
「これから毎日、身体を鍛えることを日課にするべきだな」
と言うと、近くに落ちていた太めの枝を拾った。
「次は剣術だな」
と独り言を言うと、子供の頃から修練してきた剣の基本的な演武をやってみた。
「軽い木の棒だから動けるが、これが重い聖剣だとしたら、どこまで動けるかどうか?」
と自身のひ弱な身体に愕然としたが、
「いや、待てよ。これは若い男の身体だ。毎日、鍛えれば何とかなるかもしれない。せめて以前のようにドラゴンとまては行かなくても、オーガくらいとは互角に闘えるようには鍛えないとだな」
と言うと、ここで持ってきたステンレスボトルから麦茶を飲んだが、
「もう、終わりか。この暑さの中で身体を動かすと喉が渇いて困るな」
と思うと、また夏木勇の記憶が蘇る。
「そうか。なくなったら自動販売機で買えばいいのか。そのための小銭なんだな」
と近くにあった自動販売機でコーラを買った。
「この少年はこのコーラなる物が好きだったみたいだ。どれ?」
と飲んでみると!
「これは! 喉越しが何とも言えない感じで味も甘くて美味い! これはいいな」
と麦茶も美味かったが、それを超える美味さに、
「この世界は私の居たフォリオスよりも生活は豊かで住みやすいのかもしれぬな」
と感じた。
「この少年のように身体を鍛えなくても良いし、何よりもモンスターが町や村を襲うことはないのか。それだけでも素晴らしいところだ」
と公園内を歩くお年寄りや少女による犬の散歩。そして遊んでいた子供達が帰って行く姿を見つめていると、スマートフォンが鳴った。
出てみると母美智子だった。
「もう夕方よ。ご飯にするから帰って来なさい」
という電話だった。
落ち着いて周りを見てみると、確かに陽は傾いており、空には夕焼けが始まっていた。
「分かりました。すぐに帰ります」
と言って電話を切ると、
「しまった。また、他人行儀な返事を返してしまった」
と後悔した。
数日が過ぎた。
夏木勇こと勇者ナツキは、早朝と夕方に、この公園に来ては身体を動かした。自分ではどこまで通用するのかは分からなかったが、少し自信のようなものは感じ出していた。
魔法も練習してみたが、元々魔法使いではないので拳ほどの
「この世界は基本的に魔法がないみたいだからな。フェリオスでは人間二人分の直径はある
とため息をついた。
そして昼間は自室で勉強したり、ネットで調べ物もした。
元勇者であったナツキは、フォリオスの国立学校では、騎士学は首席。格闘学は次席。魔法学も次席。僧侶学でも次席と、かなりの優等生であった。
「知らないことばかりだ。それでいて興味深い。この世界のことがこんなに早く知れるとは! ありがたいことだ」
と高校一年の勉強も熱心にしていた。
物足りなくなると、この身体の夏木勇が残してくれた中学校時代の教科書も引っ張り出して読んだ。
そして時には図書館にも通った。
その帰りにいつもの公園で、身体を鍛えて一通りの武術の演武を終えて、帰ろうとした時である。
公園の街灯の下で何やら男女が揉めていた。
「あの! 困ります!」
「いいじゃねえか! おっぱいの大きいカワイ子ちゃんよう~。オレ達と遊ぼうぜ~」
「ほら。あの車に乗ってドライブにでも行こうぜ」
若い男が四人いる。
年齢は様々で一番年上は二十歳くらいに見えた。
その男達が、この身体の夏木勇と同じ歳くらいの少女に絡んでいる。
少女は何かを隠し持っているのか、両腕を背中に回していた。そのせいで大き目の胸がより強調されて、男達の視線を集めることになったのかもしれない。
「お願いです! 許して下さい!」
「おっとお~。そう簡単には逃さないぜ」
と一人の男が女の腕を掴んだ。
すると、
「! 私の腕を掴みましたね」
「ああ。そしたらどうなんだ? お嬢さん?」
とヘラヘラと笑った時だった。
「許しません!」
と言いながら、背中に隠していたモノを身体の前に出した。それは角材であったが、紙やネジで飾り付けた杖だった!
「! あの杖は! すべて理屈に合ってる! ということは!」
と勇者ナツキから思わず声が出た。
「黒焦げになりなさい!
と声を上げて杖を掲げると、光が男達を包んだ。
「ひへっ! なんだこれ! ピリピリしやがる!」
「何だ? 何だ?」
と四人の男達は少し慌てたが!
「そんな……。
と言いながら、後ろに一歩下がった。
「何だあ~。こいつ?」
「やっとピリピリが収まったぜ」
「さっきのはどういうことだ?」
「この女。護身用にスタンガンでも使ったんだろうな」
と嫌らしい笑いを向けた。
「思ったよりも効かないスタンガンだったね~。お嬢さん」
「お~。痛てて~。怪我しちまった。これは治療費をもらわないとな。じゃあ、取り敢えず治療代に、そのおっぱいを触らせてもらおう~」
と一人の男が言った時だった。
大き目の木片が、その男に向かって飛んできた。木片は男の顔面に思いっ切り当たり、後ろに倒れ込む。
「何だあ~! 誰だ!」
と言った時である。
闇の中からもの凄い速さで現れたのは、夏木勇つまり勇者ナツキだった。
持っている棒で二人目の男の顔面を強打すると、
ヒイ~!
と言う悲鳴を上げながら、倒れ込んで顔を押さえながら暴れている。
「あ~。何だあ~」
と残りの二人が凄む。
少女と不良連中の間に立って、ニヤリと笑いながら少女の方へ目線を送りながら勇者ナツキは言った。
「やっと見つけたぞ。魔法使いツカーサ」
「えっ! もしかして勇者様ですか!」
手作りの魔法の杖を持った少女は真に嬉しそうに笑顔でそう言った。
2025年3月30日
2025年11月26日 修正
※当サイトの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、まとめサイト等への引用をする場合は無断ではなく、こちらへお知らせ下さい。許可するかを判断致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます