【1-2】ナツキ「な! 何だ、これ! 棒がカチカチじゃないか! ウッ」
──【1-2】──
「くそ~。魔王め~」
とベッドにうつ伏せて悔しがっていると、子供の頃の記憶が蘇ってきた。
「……そう言えば、子供の頃は普通にうつ伏せで寝たり、本を読んだりしたな……」
確かにそうだった。
ところが十二歳くらいから段々と胸が膨らんできて、この異世界に飛ばされる前まではHカップの持ち主だったのだ。
「結構モテたけど、魔王を倒すまでは恋愛禁止って自分に言い聞かせていたんだよな……」
つまり男性とは付き合ったことがない。
「そんな私が異世界で男の身体になるなん……」
とベッドの上で腰の位置を動かした時である。
「ん? 何だ?」
また、腰を動かしてみる。何だか今まで経験したことのないフワリとした気持ち良い感覚である。
「これは何かが当たっている。ベッドと腰の間にある物といえば!」
と思うと、男性にしか付いていない例のアレしかない。
「おい! 何なんだ? これは!」
と少しの刺激しか与えていないのに、やけに気持ち良い。
「これって……。これって、ちゃんとこの手で刺激したらどうなるんだ?」
と右手をパンツの中に入れようとした時だった。
ゆう~。ゆう~。
と部屋の外から声が聞こえる。
その声を聞いた時に男子の身体を与えられたナツキには、
勇者~。勇者~。
に聞こえたのだった。
ノックの音がした。
「ゆうちゃん。お昼ご飯だけどどうする?」
と言いながら女が部屋に入ってきた。
この異世界に先程来たばかりである。警戒しながら本を机に置いて振り返った。
「何だ。お母様か」
と勇者ナツキは思ってもいない言葉が出た。
すると、
「あんた、何を言っているの?」
と微笑みながら右手を振った。
しまった! 違ったか?
と焦ったが、
「お母様なんて呼び方はやめてよね。いつも通り『お母さん』とか『母さん』でいいわよ」
と笑っている。
呼び方の違いだったか……。そうか。この世界では母親を『お母様』とは呼ばないのか。
一瞬、焦ってしまったが、出来るだけ平静を装い、
「食べます。お母さん」
と返事をして、この身体の母親である女と一緒に階段を降りていった。
「もう。また他人行儀なことを言って。『食べる』でいいのよ」
と階段を下りながら女は話す。
この女、年齢は三十代前後か?
この男の身体の年齢は十六歳だしな。
と頭の中で考えると、
勇十六歳の母親、美智子の年齢は四十歳。
と頭の中に浮かんだ。
そうか。私が知らないことでも、この男子の記憶は残っているってことか? ならこの男子の人格はどこに行ってしまったのだろうか?
と考えたが、それについての答えは思い浮かばない。
まさか、消えたのか?
そう思うと目の前にいるこの母親に対して、何か悪いことをしているような気がしてきた。
上手く出来るかは分からないが、出来るだけこの母親の息子を演じてみるか。
とナツキはこの時に思った。
「暑いからね。
と勇者ナツキに取っては一度も見たことのない食べ物だったが、
不思議だ。初めて見る食べ物なのに、食べ方も味も分かる。
「頂きます」
とナツキは手を合わせると、見たことも使ったこともない二本の木製の細い木材を右手に持った。しばらくそれを見つめていたが、
分かる。使い方も名前も分かるわ。
と箸で素麺を食べ始めた。
「うん。うまい。おいしいよ、お母さん」
とナツキは感謝の言葉を言うと、
母親はナツキの顔をジッと見つめた。
「な? 何かな? お母さん」
と言うと、
とても明るい声で、
「何だかさっきからいつもと違う感じなのよね。何というか……。そうね」
と微笑むと、
「まるで別人が乗り移ったみたいな」
と母親である美智子は言った。
勇者ナツキは自分の思考能力と、元々のこの男子高校生夏木勇の知識を総動員して答えを探し出した。
そして。
「実はあるロールプレイングゲームにどっぷりとハマってしまったんだよ」
と言うと、
「ロールプレイングゲーム? あのパソコンの? それともスマホのゲームアプリかな?」
と突っ込んできた。
「えっとね……。僕は主人公の女勇者になってね。仲間を集めて旅をして、魔王城を目指すストーリーなんだよ」
と話す。
すると、
「ふ~ん。そうなのね。で、その
と笑っているが、鋭い視線を向けてきた。
もしかして怪しまれているのか? いや、ここはゲームと称して自分の経験を話すしかない。
と思い、
「女勇者の名前はナツキだよ。女勇者ナツキはトーマス村という田舎の村で生まれて、そこで元戦士だった祖父と、元魔法使いだった叔母の影響で、剣技と魔術を鍛えて段々と強い勇者になっていくんだ」
と話す。
これはナツキ自身の話だった。
すると、
「……そうなのね。分かりました。そのゲームの物語って面白そうだから、またお母さんに話して聞かせてね」
と言って席を立ち、台所に向かって洗い物を始めた。
ナツキはいつも自分がしている通り、食べ終えた食器を流し台のところに運んで、
「ご馳走様でした」
と言うと、
「ゆう。今まで食事の後に食器を持ってこなかったわよね。今日はどうしたの?」
と男子高校生になった女勇者を見つめる。
「え? あ。いや、その……。とても食事がおいしかったから、感謝を込めただけだから……」
と慌てると、
「そう? ありがとう。素麺は普通に市販の物だし、つゆもストレートの売られているものなんだけどね。でも嬉しいわ」
と男子高校生の母は背中を向けた。
ナツキはゆっくりと階段を登っていく。
「……この身体のお母様。許して下さい……。もし、この身体の男子の魂が戻るのなら、必ず戻して見せます! この勇者ナツキの命に代えても」
と強く右手を握った。
ナツキは夕食まで、この部屋で調べられることをやっていた。
この身体の男子高校生が通っていた学校の教科書を読む。
スマートフォンやデスクトップパソコンで転生関連や元住んでいたフォリオスのことを検索してみたが、情報は全く出てこなかった。
それでも、
「魔法で転生させる場合は、少なくとも範囲は狭いはずだ。フォリオスから、この異世界に行くだけでもかなりの魔力とエネルギーを消費する。その上、性別を変えて他の肉体に魂を入れ替えるのだからな。転生させたみんなの距離まで遠くにすれば、魔力が足りなくなるはずだ」
と分析した。
「ツカーサ。ハクト婆さん。イカリ。必ず見つけてやるからな!」
とナツキは拳を握り締めた。
その時である。
身体がゾクゾクとなり、股の間の物。
そう。
おちんちんという暴れん坊が段々と元気になってきたのだ。
「一体、何だってんだ。まったく」
とパンツの中に手を入れて確かめると、
「な! 何だ、これ! 棒がカチカチじゃないか! ウッ」
と棒の先に触れると、また気持ち良い。
「しかし、これはアレだな」
とナツキはトイレに駆け込んだ。
初めて使うはずのトイレだったが、夏木勇の記憶のおかげで事なきを得た。
下から出る水分を出し終えて、手を洗ってトイレから出ると頬が赤い。
「男のアレを触ってしまった……」
と何とも言えない気持ちのまま、二階の自室に戻る。カチカチの棒はまた柔らかくなっていた。
「こうなったのも、全部魔王コクガンのせいだ」
と考えた。
「魔王のヤツもこの世界に来ているはずだ。それもこの転生世界は調べたら魔法についての情報が少ない。少なくともフォリオスの時のように、自由自在には使えないと思った方がいいな」
そしてナツキは部屋の中で武術の構えをして、フォリオスで体得した祖父から習った型をやってみた。
「身体は貧弱だが型は覚えている。身体を鍛えれば」
と最後に蹴りで足を高々と上げると、
「この世界で魔王を倒して、必ずこの少年の心を取り戻し、私は仲間と共にフォリオスへ帰ってみせる!」
と誓った。
2025年5月8日
2025年11月25日 修正
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