第8話 「リーダー」の正体

 ポケットから私用のスマートフォンを取り出した。阿鼻叫喚あびきょうかんと化した《Ⅹ》の画面を映し出した。視界の端で、樽谷さんが私のスマートフォンを見詰めていた。


「善意の注意喚起を行った「リーダー」ですが、SNS上で叩かれまくっています。その中で、特に注目しているアカウントがありまして」


 七瀬の顔から、すっと怒りが抜け落ちた。七瀬の顔が引きっていった。


「覇者と名乗るアカウント主が、「リーダー」と似たような主張を、しているようです。現在、覇者はアカウントを非公開にしているのですが、私は、偶々たまたま、彼のファンだったので、まだ閲覧できるんです」


「……覇者のファンだったんですか」


 引きった七瀬の顔に、僅かに歓喜が滲んだ。


「覇者のファンです。覇者も《苛烈》に所属していたのでしょうか。英雄の味方になった時の戦闘動画以外、公開していないんですよね」


 スマートフォンを操作しながら、七瀬の表情を盗み見た。

 七瀬の表情に変化が生まれていた。焦燥と歓喜が入り混じったかのように、七瀬の唇が小さく震えていた。


「悲劇の英雄には、やはり、幸せな最期を迎えて欲しいですからね。覇者が懸命に英雄を助けようとしている戦闘動画は、私にとっては、癒しでしたよ」


「そうですよね、英雄には幸せになって欲しいですよね」


 七瀬の唇が、僅かにほこんでいた。

 心に思ってもいない繰言を吐き出し続けると、流石さすがに、心が痛んできた。

 一つ息を吸うと、七瀬の顔を正視した。私の口から、爆弾が投下された。


「覇者のファンの私にとって、先ほど驚いた瞬間がありました。七瀬さんがダイレクト・メッセージを見せて下さった際のアカウント名も、覇者でしたよね。もう一度、アカウントを見せて頂けませんか」


 ほころび掛かっていた、七瀬の顔が、そのまま固まった。微塵みじんも動かない七瀬に対して、再度、呼び掛けた。


「アカウントを拝見したいだけです。先ほども見せて下さいましたし、問題ありませんよね」


 唇を開こうとしない七瀬を、じっと見詰めた。

 黙って記録を取っていた、樽谷さんに動きが生じた。樽谷さんが、パソコン画面を指差した。樽谷さんの指差したパソコン画面には、覇者という単語が映っていた。


「確かに、七瀬さんのアカウント名は、覇者です。先ほど、私も確認させて頂きました。警察に申し開きができない、不適切な内容を投稿されていたんですか」


「樽谷さん、私は覇者のファンと言いました。不適切な投稿がある訳ないですよ」


 作り笑いを浮かべた顔を、樽谷さんに向けた。樽谷さんの表情の筋肉は死んでいたが、冷え冷えとした空気が伝わってきた。

 心がくじけそうになりながらも、作り笑いを維持し、七瀬に向き直った。


「アカウントを見せて頂けますか」


「……私は被害者なのに」


 人間の聞き取れる、ぎりぎりの声量で、七瀬が呟いた。

 七瀬がスマートフォンを操作した。七瀬は、うつむきながら、スマートフォンを私たちに突き出した。


「拝見しても、良いですか」


 顔を見せずにうなずいた七瀬の手から、スマートフォンを奪い取った。

 スマートフォンの画面をスクロールしていくと、《ビルド・アップ・マネー》と《パンダ》を弾劾だんがいした投稿に辿り着いた。

 意図的に、明るい声を口から絞り出した。


「やっぱり、貴女が本物の覇者だったんですね。お会いできて、嬉しいです。最新の投稿ですが、《英雄の逆襲》の全世界チャットで「リーダー」が投稿した内容と似ていますね。本当に、「リーダー」をご存じないんですか」


「……私が「リーダー」です」


 ようやく口を開いた七瀬の唇から、低い唸り声が吐き出された。


 やっと、七瀬が認めた。心の中で、雄叫びを上げながら、ガッツポーズをした。


 七瀬が顔を上げた。七瀬の顔は、苦渋に満ちていた。

 私は、作り笑いと明るい口調の維持に努めた。


「貴女が「リーダー」だったんですね。お金を振り込まれた後、投資サイトが閲覧できなくなり、騙されたと気付かれたんですよね。その際に、振り込まれた口座番号を全世界チャットに投稿されましたか。それとも、本当は、被害届を出される側のお立場でしたか」


「私は被害者です! 振り込んだ口座を暴露ばくろしたに決まっているでしょ!」


「教えて頂きありがとうございます。《Ⅹ》では、《ビルド・アップ・マネー》に加えて、《パンダ》に対しても注意喚起をされていますね。何故、全世界チャットでは、《パンダ》に触れなかったんですか」


「仲間にそそのかされたからだよ!」

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