第7話 《ビルド・アップ・マネー》の正体

「ゲーム代行を依頼する際には、通常、ログイン情報を伝えるかと思います。ゲームのアカウントを乗っ取られた経験は、ありますか」


「いえ、ありません。同盟の仲間も、いつも通りに、プレイしていました」


「ここまでのお話を伺いますと、《ビルド・アップ・マネー》のお話が挙がっておりません。《ビルド・アップ・マネー》と《パンダ》に接点は、あったのでしょうか」


 七瀬が、勢いよく顔を上げた。七瀬の顔は、僅かな間に年を重ねたように見えた。

 七瀬の口から、ひからびた声が吐き出された。七瀬の口調には、隠し切れない憎悪が込められていた。


「《パンダ》に対する依頼料金の支払いが、厳しくなったんです。ちょうど、その頃に、《パンダ》が、《ビルド・アップ・マネー》のオンライン説明会を紹介してきたんです」


《ビルド・アップ・マネー》のオンライン説明会と聞いたところで、樽谷さんと目配せした。

 オンライン説明会で、ご高説を述べていた人物は、既に逮捕されている。当人は高額な報酬目的で、宣伝の仕事を請け負っただけの人物だった。トカゲの尻尾を捕まえたに過ぎなかった。


「櫻井忠司」という偽名を名乗っていたが、当人は、オンライン説明会で、顔をさらしていた。捜査二課のプロファイリングと捜査支援分析センターの監視カメラ映像の追跡で、居場所を突き止め、逮捕した。

 生唾が湧き上がってきた。平静を装い、声音を柔らかく調整した。


「オンライン説明会の講師の方のお名前を、覚えていらっしゃいますか」


「櫻井忠司さんでした。すごく誠実そうで、自分とは住む世界が違う人に見えて、憧れていたのに」


「イケメンだったし」という七瀬の掠れ声が、微かに聞こえた。

「櫻井忠司」の監視カメラ映像と推しの俳優の笑顔を比較した。推しの圧勝だな。


「オンライン説明会に参加されて、《ビルド・アップ・マネー》の勧める暗号資産に投資されたんですか。その際に、海外の投資サイトを使用されましたか」


「そうです。投資サイト内でも、暗号資産の価値はぐんぐん上がっていたんです。投資とか、ちょっと怖かったんですけど、《英雄の逆襲》の仲間もやっているから、大丈夫だろうと思って」


 また、《英雄の逆襲》の仲間か。《Ⅹ》で投稿があったように、《英雄の逆襲》の内部で、投資詐欺が横行していた可能性がある。


誰方どなたから、《ビルド・アップ・マネー》のお話を聞かれましたか」


「仲間を売れって言うんですか!」


「七瀬さんにお話された方も被害に遭われていないか、心配なため、お名前を把握したいんです」


《英雄の逆襲》の内部で、《ビルド・アップ・マネー》の投資詐欺が横行しているか、正しく把握する必要がある。《英雄の逆襲》のプレーヤーの中に、《ビルド・アップ・マネー》の犯罪関係者が潜んでいる可能性もある。心の声と相反する言葉を優しく紡いだ。


 席を立つ勢いだった七瀬が、腰を落ち着けた。もともと固く握り締められていた拳が、更に強く握り締められ、関節が白く浮かび上がった。


「同盟の幹部会議用のチャットで、話題に上がったんです。誰も口に出していませんでしたが、すごい勢いで成長していたので、私と同じように、ゲーム代行を依頼していたのかもしれません。もしかしたら、《パンダ》を利用していたかもしれません」


 七瀬の顔に、華やかな笑顔が広がった。陰鬱としていた気配が立ち去り、七瀬は誇らしげだった。


「私、同盟の幹部で、他の同盟から、強い方をリクルートしているんですよ」


 華やかな笑顔は、一瞬にして、消え去った。


「初めは、本当に儲かったんです。お金も投資サイトから引き出せたんです。でも、突然、お金を引き出せなくなって。問い合わせをしたら、これまでの分も合わせた、お金を引き出すための手数料が必要だと言われたんです。手数料の支払い先の振込口座を提示されて」


「実際に、手数料を振り込まれましたか」


「振り込みました。でも、お金を引き出せないどころか、投資サイトが閲覧できなくなって。騙されたって、気付いたんです」


 樽谷さんに視線を投げた。樽谷さんが一つうなずいた。捜査二課で把握している《ビルド・アップ・マネー》の手口と重なっている。七瀬が投資サイトで閲覧した、暗号資産のグラフも偽物だ。


 スマートフォンを取り出すと、《英雄の逆襲》のアプリを起動させた。全世界チャットでの「リーダー」の絶叫を表示した。

 一瞬の感情の変化も見逃すまいと、七瀬を注視しながら、スマートフォンの画面を差し出した。


「先ほど、《英雄の逆襲》の全世界チャットで、このような書き込みがなされました。振込口座は、書き込まれた口座でお間違えありませんか」


 七瀬が浅く息を吸った。七瀬はスマートフォンの画面に目が釘付けになっていた。

 七瀬が私を見詰めた。七瀬の目の奥に、猜疑心が潜んでいた。七瀬は、固い口調で私の質問に答えた。


「同じ口座です。警察は、スマホゲームまで監視しているんですか」


「いえ、偶然です。七瀬さんが、《オーシャン信託銀行》の振込口座を把握された時期は、いつですか」


「今日の夕方五時頃です。仕事の合間に《ビルド・アップ・マネー》から連絡が来ていたと気付いて、急いで振り込んだんです」


《英雄の逆襲》の全世界チャットで振込口座を暴露ばくろするためには、ちょうど良い時間帯に、情報を入手している。七瀬が「リーダー」本人である確信が深まった。

 七瀬の目を真っすぐに見詰めながら、ゆっくりと言葉を吐き出した。


「七瀬さんは、《英雄の逆襲》に夢中になっているようにお見受けしますが、振込口座を投稿した「リーダー」に、心当たりは、ありますか」


 七瀬の体が、硬直した。七瀬の目の奥に、恐怖が宿りつつあった。唇を真一文字に結んだ七瀬を見て、持久戦になる、と直感した。

 全身で恐怖を体現している七瀬の目を、真っすぐに見詰め続けた。


 七瀬の体が僅かに動き始めた。七瀬は、膝の上に置いた手をさすり始めた。揉み摩っていた手が、ベージュのロング・スカートを握り締めた。

 私の視線に耐えられなくなったのだろうか、七瀬が、視線を彷徨さまよわせようとした。七瀬の視線を捉えたまま、私は言葉を投げ付けた。


「本当に、振込口座を投稿した人物を、ご存じありませんか。先ほど、《英雄の逆襲》で《ビルド・アップ・マネー》の投資詐欺が流行はやっていた、とおっしゃいましたね。投稿主が何処どこから情報を得たのか、気になっておりまして」


 うつむこうとする七瀬の頭頂部に、追い打ちを懸けた。


「《ビルド・アップ・マネー》に騙されるな、と投稿されていましたが、実は犯罪関係者ではないか、と疑っていまして。投稿を目にした時は、犯罪関係者が仲間割れでもしたのか、と錯覚したくらいです」


 投稿を目にした直後は、私に濡れ衣を着せた貴女を憎悪していたけどね。

 七瀬が僅かに顔を持ち上げた。七瀬の顔が、赤く染まりつつあった。


「投稿をした「リーダー」と名乗る人物は、注意喚起をしているようにも、見えますが、本当は、《英雄の逆襲》の仲間から金を巻き上げた張本人かもしれませんね」


 七瀬の顔は、耳まで赤く染まった。うつむきかけていた七瀬が、背筋を正した。仇を見るような目付きで、七瀬は私を睨んでいた。


 もう一押しだろうか。


「「リーダー」が仮に犯罪関係者ならば、毎月末の英雄のエピローグ映像は、全て史実通りとなる事態を望むタイプかも、しれませんね。《英雄の逆襲》では、悲劇の英雄を救いたい方が多いようですが、「リーダー」は、悲劇の英雄は惨めに最期を迎えて欲しい、と思っていそうですよね」


「違う! 少なくとも、《苛烈》の仲間は、悲劇の英雄を救いたいの! だから、英雄の敵になった時は、活動しないの!」


 七瀬は荒々しい語気で言葉を吐き出した。七瀬は浅く息を吸っては吐いた。

 私は、口元が緩みそうになり、必死にこらえた。


「《苛烈》に所属されていらっしゃったんですね。「リーダー」も《苛烈》に所属しているようですが、ご存じありませんか。戦闘力の高いプレーヤーですので、《苛烈》の中でも有名人かと思っていました」


 七瀬は、両手で口元を覆った。大きく見開かれた、七瀬の目は、私を直視していた。


「同盟の幹部でリクルートを担当されていた、ともおっしゃっていましたよね。でしたら、「リーダー」をご存じでは、ありませんか」


「私は被害者ですよ。協力できる範囲でお話すれば良いですよね?」


「勿論です。ですが、七瀬さんは、《英雄の逆襲》のプレーヤー全員を仲間とおっしゃっていましたよね。そのお仲間を危機に陥れた人物が、仮に「リーダー」でしたら、情報を提供頂けないかと思いまして」


「本当に、「リーダー」は仲間を救いたいと思っていたんです! 警察なのに、善意の注意喚起を疑うんですか!」


 七瀬は、机を叩き付けると、勢いよく立ち上がった。顔を怒らせた、小柄な七瀬が、途轍とてつもなく、大きく見えた。

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