第6話 ゲーム代行行者《パンダ》

 樽谷さんに向かって、語気を荒げた。


「そうですね。ですから、私も同行します」


「植村さんは、お帰り下さい」


「この暴走女の面倒を見られるのは、自分だけなんで、自分も行きます」


 植村の足を踏み付けた。植村が抗議の眼差しを私に向けた。「ほらな」と冷やかしたげな植村の目を見て、もう一度、植村の足を踏み付けた。


「では、その暴走女は、こちらで面倒を見るので、お帰り下さい」


 樽谷さんの足も踏み付けたくなった。樽谷さんは、能面のように感情の揺らぎのない顔を植村に向けた。

 植村が舌打ちした音を私の耳は辛うじて拾い上げた。


「分かりましたよ。城ケ崎が何かやらかしても、知りませんからね。城ケ崎、何もするなよ」


 植村は、くるりと背を向け、警視庁本部と同じ敷地内にある、警察総合庁舎別館の四階にある捜査支援分析センターの根城に帰って行った。私は反論できなかった分、植村の後ろ姿を睨み付けた。


「行きましょう」


 樽谷さんが先頭に立って、警視庁に入って行った。

「リーダー」は、警視庁と外の世界の境界線で、一瞬、立ち止まった。「リーダー」の目に、決意が滲んだ。「リーダー」が警視庁に踏み込んだ。


 捜査二課室に辿り着くと、ほとんど人はいなかった。多くの刑事が外回りの捜査に出払っている中、管理職の警部以上の階級の持ち主――課長、参事官、管理官、係長だけが残っていた。


 私と歳があまり変わらないと見受けられる、優男が近付いて来た。十分に背は高いが、巨体の樽谷さんと並ぶと、子供のように見えた。


「樽谷さん、被害届を準備しておきましたよ……後ろのお二方は、誰ですか」


「城ケ崎さん、加賀英輔巡査長です。加賀、こちらは、SSBC所属の城ヶ崎巡査部長と……お名前を伺っていませんでしたね」


 樽谷さんが、「リーダー」を見詰めた。石化した「リーダー」を見遣ると、樽谷さんは、「リーダー」から私に視線を移した。樽谷さんは、無言で私に「リーダー」の名前の開示を求めた。


 とはいえ、私は「リーダー」の日常生活上の名前を知らない。顔を隠した時に名乗っている、中二病丸出しの名前のみ知っている。本名は、むしろ、これから是が非でも聞きたい内容だ。


「緊張されていらっしゃるので、早くご事情を聞きましょう」


「何で、SSBCの方が、捜査二課に来るんですかね」


 敵意を滲ませた、加賀に向かって、一歩、足を踏み出した。


「今回の被害者の状況を把握している人物は、私だけですから。管轄と言う単語は、私の辞書にありませんし」


「事情聴取の横に座っているだけなのに、態々わざわざ、来る必要はないだろう」

 加賀の小声を拾った私は、迷わず反論した。


「私が詳しい事情を伺いますので。何処どこに座れば良いんですかね」


「案内しますよ」


 敵意の増した加賀の目が、私に向けられた。加賀から被害届の用紙を受け取ると、樽谷さんは、私と加賀の対決を無視して、一つの机に向かって行った。加賀は去り際に、私に一瞥いちべつをくれた。


 樽谷さんのものだろうと思われる机に向き合う形で、三人で椅子に座った。樽谷さんは、「リーダー」にパソコンの画面が見えるように、デスクトップ・パソコンの位置を調整した。樽谷さんは、キーボードの上に両手を置き、私の言葉を待ち構えていた。


 横に座っている「リーダー」を見詰め直した。「リーダー」は、うつむきながら、膝の上で固く拳を握り締めていた。久方ぶりに、生身の事件関係者と相対して、渋谷警察署に所属していた時代の記憶を呼び覚まそうとした。


「改めまして、城ケ崎玲子と申します。この度は、ご足労頂き、誠にありがとうございます。被害届にも記載頂きますが、お名前とご年齢を教えて頂けますか」


「七瀬恵と申します。二十三歳です」


 やっと辿り着いた「リーダー」の本名と年齢を聞くと、頭を棍棒こんぼうで殴り付けられたように感じた。一欠けらの感情もあらわになっていない、樽谷さんの顔を横目で捉えた。私は、胸に抱いた感情を悟られまいと、否が応でも、全身に力が入った。


 理解不能な生物と思っていた「リーダー」は、私より一歳、年下の女性だった。思考に苦しむ人物が、生物としては、自分自身とほとんど変わらない事実は、胸の内に突風を巻き起こした。


「《パンダ》と《ビルド・アップ・マネー》に騙されたと伺いましたが、詳細をお話し頂けますか」


 耳に届いた自分自身の声が、常と変わらないと分かり、安堵した。

 七瀬は、深く項垂うなだれていた。私の視点からは、七瀬の顔は見えず、頭頂部のみが見えていた。


「スマホゲームの《英雄の逆襲》で、もっと強くなりたいって、思ったんです」


 間を置いて、七瀬の口から押し出された声は、震えていた。小柄な七瀬が、更に小さくなったように感じた。


「でも、昼間は、仕事があって総力を伸ばせないし、課金に費やせるお金も減ってきて。《英雄の逆襲》で所属していた同盟内で、《パンダ》の話を聞いて。ゲーム代行をしてもらえるって」


「同盟内で、紹介されたという理解で、合っていますか」


「確かに、同盟の仲間に紹介されました。でも、有名なゲーム代行業者だったので、《パンダ》の存在は、以前から知っていました。仲間も利用していたと知って、信用できると思ったんです」


 ゲーム代行業者を、ほいほい信用するな。

 心の中で絶叫した。世の中に、そう簡単に、上手い話が転がっていてたまるか。


 ゲーム代行業者は、ゲームにアクセスするログイン情報を受け取り、サービスを提供する。実際は、善良な一般市民が、胴元に指示を受けて、手足となって動いている場合が多い。ゲーム代行事業が、反社会的勢力の資金洗浄に利用されている場合もある。

《パンダ》とやり取りをしていた、《Ⅹ》の投稿を思い出した。


「《パンダ》とは、どのように、接触されたんですか」


「SNSの《Ⅹ》上で、《パンダ》がゲーム代行の広告をしていて、接触できました。それからは、ダイレクト・メッセージで、やり取りをしていました」


 気持ちが速まらないように、思わず胸に手を当てた。手に温もりが伝わってきた。

 慎重に口から言葉を紡ぎ出した。


「差し支えなければ、当時のダイレクト・メッセージでのやり取りを見せて頂けますか」


 七瀬は、おずおずとスマートフォンを取り出した。スマートフォンを操作すると、七瀬は、スマートフォンの画面を、私に見せた。


 七瀬のスマートフォンに映っている《Ⅹ》上のアカウント名は、やはり「覇者」だった。

《パンダ》とのやり取りを目の当たりにすると、眩暈がした。一瞬、頭の中が空になったが、スマートフォンの画面を見詰め直し、現実逃避を諦めた。


『レベルアップ代行をお願いできますか』

『レベルアップ代行のご注文ですね。兵士のレベルアップに加えて、兵士の装備の強化も承れます』

『お値段は、お幾らでしょうか』

『通常は、千円で承っております。価格について、ご相談する用意はございます』


 兵士の装備強化に必要なギフト・パックの購入代金は、およそ八百円。兵士のレベルアップも代行されているのであれば、格安料金かもしれない。見るからに怪しい。


 キーボードを叩き続けていた樽谷さんも、スマートフォンの画面をのぞき込んだ。内容を把握すると、樽谷さんは、《パンダ》とのやり取りを、一語一句も違わずに、パソコンに記録していった。


《パンダ》とのやり取りは、徐々に、加熱していった。七瀬は、レベルアップ代行に留まらず、課金代行なども依頼し始めた。五千円を支払えば、一万円分の課金を実施してもらえるサービスだ。

 ダイレクト・メッセージのやり取りの経過を見るだけでも、七瀬が《英雄の逆襲》に、大金を費やしていた、と分かった。七瀬の頭頂部を見詰めながら、疑問を投げ掛けた。


「仕事をされている時間帯を除けば、ご自身でも、総力の増強に励んでいらっしゃったんですよね」


「勿論です。仕事をしている時間が勿体なくて、《パンダ》に依頼しただけです」


 何故、そこまで強くなりたいんですか。

 本音が口の中から、外に出ようと藻掻もがいだ。刑事として、口から飛び出す前に、本音を飲み込んだ。

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