漏洩した1億人の人生 - 開かれたドアの恐怖

SFCA

プロローグ:静かなる崩壊

2017年7月、蒸し暑い東京の夏。

港区の高層ビルに本社を構える大手信用情報機関「CreditGuard(クレジットガード)」。

その35階にあるシステム管理部では、不気味なほどの静寂が漂っていた。


「おい、なんだこれ……」

サーバー管理者の男が、画面に表示されたログを見て息を呑んだ。

データベースへのアクセス数が、通常の数百倍に跳ね上がっている。しかし、システムのアラートは鳴っていない。

なぜなら、それは「正規のポート」を通ってやってきた、一見すると正常なリクエストだったからだ。


「Webサイトの苦情受付フォームからのアクセス? バカな、ただのテキスト入力欄だぞ。そこからどうやってデータベースの中身を引き出すんだ?」

男は冷や汗を拭った。

彼らが気づいた時には、すでに手遅れだった。

見えないパイプラインを通じて、日本国民1億4700万人分の「人生」が、暗いネットの海へと流出し続けていたのだ。

名前、住所、生年月日、電話番号、そしてクレジットカード番号。

個人の信用(クレジット)という、現代社会を生きるための「IDカード」が、根こそぎ奪われていた。


それは、Webサイトを作るための世界的なツール「Apache Struts 2(アパッチ・ストラッツ・ツー)」に潜んでいた、たった一つの脆弱性が引き起こした悪夢だった。

鍵のかかっていない裏口。

それに気づいた攻撃者は、誰にも知られることなく、静かに、そして大胆に、宝物庫の中身を空にしていたのだ。


(終わり)

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