第2章「血の味のする歌」
静寂が破られたことを検知した治安維持ドローンが、地下へ流れ込んできた。
赤いレーザーサイトが暗闇を切り裂き、二人を照射する。
ドローンから放たれるのは銃弾ではなく、強力な「鎮静波」だ。
これは音を打ち消す技術。
音波の逆位相を発生させ、あらゆる振動を抑圧する。
人間の脳波すら平坦化し、感情の起伏を奪い去る。
レンのギター音がすぐに打ち消された。
シアは目を見開き、その場に崩れ落ちる。
せっかく芽吹いた感情が、再び押し潰されそうになる。
「……クソッ!」
レンはギターを放り投げた。
借り物の音では駄目だ。
旧時代の道具に頼る限り、この巨大な都市を揺るがすことはできない。
彼は首元に手を当てた。
皮膚の下の硬いチップ――ニューラル・リンク。
「シア。見てろ」
爪を立て、肉ごとそれを引きちぎった。
血が飛び散り、焼けるような痛みが頭に走る。
視界が真っ赤に染まり、世界がねじれたように見える。
だが、その代わりに――頭の中のノイズが、すべて消えた。
都市との繋がりが切れたのだ。
ただの「肉体」として存在する自分。
それは、あまりにも軽く、あまりにも自由だった。
レンは肺の空気をすべて絞り出し、喉に力を込めた。
退化した声帯が悲鳴を上げる。
ひび割れ、血がにじむ音が自分でも分かった。
「――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!」
言葉ではない。
意味も論理もない。
ただの「生」の咆哮。
その声は血と唾液と痛みのすべてを混ぜた衝撃波となってドローンを直撃した。
システムの想定外のアナログ音波。
異常周波数。
ドローンのセンサーが一斉にオーバーロードし、赤い光が明滅して消えた。
ARインターフェースがバチバチと火花を散らし、空中で砕け散る。
都市を覆っていた美しい感情のアイコンたちが一瞬だけゆらぎ、ノイズを走らせた。
レンは叫び続けた。
喉が焼け爛れ、血を吐いても止まらなかった。
一秒、また一秒。
永遠の数秒。
最後に、喉が破裂するような痛みとともに声が途切れ……
レンはその場に崩れ落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます