寒さ 解れて
「なぁ、何か食べたいものないか?」
我ながら頭が悪くて気の利かないセリフだと思う。
最悪の再会をした幼馴染の心を立て直そうとして、なんとか思い出したのが食いしん坊だったことだけ。
動揺しているとは言え、最善手じゃなかったことだけは分かる。
「え?」
そんな反応にもなる。
エリーが泣き止んだ後、俺たちは駅を離れて線路沿いの道をどちらからでもなく歩いていた。
涙で濡れた目元は冬の風に吹かれて痛いほどに冷たく、さっきまでのことを忘れさせてはくれない。
それでも、話を、空気を変えたかった。
「あー……でもこの辺で開いてる店はないか」
もう終電も終わり、急行の止まらないこの駅では飲食店は絶望的だった。
けれどエリーから返事が来た。
「……ハンバーグ、食べたい」
え?
今度は俺がそう言いそうになったが、ぐっと呑み込む。
ハンバーグ。そういわれて頭にファミレスが浮かぶが、この辺には無い。
「ハンバーグかぁ」
何とか頭を巡らせてると、ふいに明かりが見えてくる。
電灯に照らされた看板を見上げると、そこには24時までと書かれたスーパーの看板。
「お、このスーパーまだやってるじゃん。ハンバーグあるかも」
気持ち明るく言うと、返事は無かったけれどエリーも俺について店に入ってくれる。
人もまばらな店内に入ると買い物かごを持ち、上から吊るされた表示から総菜コーナーを探す。
「えーっと、総菜コーナーは」
「お惣菜は、あっち」
エリーはそう言うと俺の前を行く。普段使いしてるんだろうか。
そのままエリーの後をついていくと大幅に値引きされた総菜が一か所にまとめて陳列されているコーナーに着く。
「へぇーここはすごい値引きするんだな」
総菜パックに貼られているシールは半額どころか75%引き。
どうやらこの値引きを目当てに来る客も多いらしく、がらんとした店内でここだけ人が集まっていた。
割と競争は激しいかもしれないな。そう思って集団の中に混ざってハンバーグを探す。
串物に揚げ物、砂肝のような酒のツマミは多く残っているが、出来合いの総菜はあまり見当たらない。
そのままコーナーを回っていたところで1つだけハンバーグ弁当を見つける。
が、手を伸ばすより先に俺より若そうな男が掴んでカゴに入れてしまう。
「あー……」
勿論何かを言えるわけもなく、そのまま男は去っていく。
すぐに近くを見るが、どこにもハンバーグ弁当もハンバーグもない。
諦めて離れたところで待っていたエリーの元に戻る。
「ごめん、ハンバーグ弁当取れなかった」
正直に伝えると、エリーは「そっか」と小さくつぶやいた後。
「しょうがないね」
そう言った。
ダメだ。そう思った。直感で。
「じゃ、作るか」
「……え?」
そこからは勢いで全てを決めていった。
エリーが近くに住んでいることを確認すると、ネットで話題になっていたハンバーグのレシピを見つけて、材料の有無を確認しながらカゴへ放り込んでいく。
「料理酒は?」
「ない……かも」
「じゃあ小さいの買っておくか。ナツメグは?」
「ないかな」
「じゃあこれも買う」
質問責めに物量攻めで捲し立てて、あれよあれよという間にレジまで行く。
そして会計を済ませようとしたところで、エリーがスッとクレジットカードを出す。
「出すよ、お金」
「いや俺が勝手に作るって言い始めただけだから」
「出すよ。私が」
駅での再会から、初めてエリーの瞳に意志を感じた。
どうやら駅で話した、俺が身投げしたかった理由を覚えていたらしい。
「じゃあ、お願いする」
「うん」
顔は見えなかったけど、声はなんとなく優しく聞こえた。
それから荷物まで持とうとするエリーから袋を全部奪って持つと、エリーに道案内されながら家へと向かう。
道すがらの雑談で今はこの辺のマンションで一人暮らしをしていること、仕事がツライことなどを聞いた。
歩いているとすぐに大きなマンションが見えてくる。新しそうだし、立派なトコに住んでるなぁ。
ロビーに入ると妙な圧迫感がある。
空間の静寂が圧し潰しに来てるみたいだ。
俺が勝手に気圧されているとエリーは慣れた手つきで鍵を取り出して自動ドアを解錠。
別に時間と住民への騒音を気にしたわけじゃないが何となくそのまま廊下もエレベーターも無言で進んで、部屋へと着く。
「あ、ごめん。ちょっとだけ待ってて。掃除しないと、だから」
「そもそも俺が意味不明なだけだから、何時間でも待つよ。でも不審者として通報される前にお願いするよ」
軽いジョークに薄く笑うとエリーは分厚いドアの向こう側へ消えていく。
持っていたビニール袋を足元に置き、壁に寄りかかって6階からの夜景を眺める。
とりあえず、良い方向には転んだだろうか。
「油断、できないよな」
スマホを取り出してレシピを見直しておく。
今までの経験からレシピがあれば人並みに料理が作れる自負はあるが、失敗するわけにはいかないというプレッシャーがじんわりとある。
「入っていいよ」
高校入試の答案くらいレシピを読み直しているとドアを開けてエリーが顔を出す。
「おじゃましまーす」
「ごめん寒かったよね、暖房入れたからすぐ暖まると思うんだけど」
「だからあんまり気にしないでくれって。こっちは押しかけハンバーグマンなんだからよ。まだ送りオオカミのが筋が通ってるっての」
寒さから解放されたせいか空気も弛緩して、口もさっきよりかは回る。
「じゃあ早速キッチン借りていい?」
「うん。必要なものは使っていいし、分からなかったら言って」
いらない心配をさせないためにも部屋を見渡したりはしないで、まっすぐにキッチンへと向かう。
幼馴染とはいえ昔の話だし、今はただ一人暮らしの女の部屋に上がり込んだ男だ。
そう、俺は今ハンバーグマン。ハンバーグマンに徹しよう。
頭の中で決意のビブラスラップをカーンと打ち鳴らし、調理に取り掛かる。
とは言っても人気で簡単なレシピを選んだのもあって、別に難しいこともなく材料を軽く切って調味料と共にひき肉を練って、途中で酒蒸しにするぐらいだ。
そうやって頭で順序だてしつつボウルの中でタネを作っていると、別に珍しいことでも難しいことでも勿論面白いことをしているわけでもないのにエリーが俺の手元をジッと見ていた。
「そうだ、どれぐらい食べたいか分からないから好きな分だけペチペチしてよ」
「え?」
話を振られると思っていなかったのか、少し驚いた顔。
「全体は軽く混ぜとくから、さあ手ぇ洗った洗った」
勢いで押し切り、エリーも調理に参加させる。
「値引きされてる中で丁度いいパックのひき肉無かったから量多めになるし、好きなだけペチペチしちゃってくれ」
「好きなだけって……」
エリーは洗った手を所在なさげに空中で垂らしていたが、その手を一度ギュッと握ると真っすぐに構え──。
「えいっ」
ボウルに手刀を振り下ろした。
切られたタネは6:4。俺は無意識に6の方を捏ねる気でいたら6の方をエリーが持ち上げる。
思わずエリーの顔を見ると、エリーは俺の思ったことを分かっていたらしく、ニヤリと笑う。
「決めた。今日は食べる日」
力強い宣言と共にエリーはタネを捏ね始める。
「よっ、育ち盛り」
俺もつられて笑顔になり、それからは無言なのに楽しいまま、ひき肉を捏ねていく。
ハンバーグ。
丁度良かったのかもしれない。
今の俺らも似たようなものだから。
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