幼馴染

「うんっ。そのままでもいいけど、一緒に蒸したミニトマトと食べると格別」

「ほんとに。デミグラスより肉が味のメインをはってる感じだ」


 無事に完成したハンバーグをテーブルで食べる。

 エリーはソファの足元に座り、俺はその隣も向かいも避けて微妙なはす向かい辺りに座る。


 ハンバーグも美味く作れたし、エリーも俺もかなり心に余裕が生まれていた。

 そうして食べつつ話をしていると、エリーが少しづつ事情を話してくれる。


 今はこの地域で公務員をしていること。

 最初はやりがいを感じつつなんとか仕事をこなしていたけど、無茶な移動や出向が続き、そのせいで段々と生活に支障をきたし始め、気づけば心も体もボロボロになっていたらしい。


「って言っても心が限界だったって分かったのはついさっきだけどね」

「そりゃあまぁ……」


 なんと言えばいいのか。

 言葉選びに困る。


「あー、違う違う。そっちじゃなくて。今ハンバーグを一緒に作ってこうやって話してたら、これが普通で、さっきまでがずっと普通じゃなかったんだなって気づいたんだ」

「なるほどね」


 少なくとも俺が知ってるエリーはこうやって自分から話を振ってくれる性格だったから、今の方がずっと馴染みがある。


「そうだ、なんか病院で診断されたりした体調不良とかある?」

「病院?」

「そう病院。ここまでになるんだったら何かしら影響出てると思ってな」

「忙しすぎてそんな暇もなかったなぁ。けど通勤で倒れそうになったし、そういえばこの前の健康診断もあまりよくなかったかも」


 電車に飛び込もうとするくらいだ、恐らくメンタルにも病名のつくような問題があってもおかしくない。


「じゃあソッコーで有休入れて病院行こう。んで診断書貰って人事に叩きつけて前の部署に戻してもらおう」

「え?急にそんな」

「急だから効くんだよ、何か普通じゃないことになってるってな」


 昔から何かとできた人間だった幼馴染だ、職場でもそれなりに真面目だったはず。

 だからこそテイよく使われてこんなことになったんじゃないかっていうのが予想だ。


「今が良くないなら変えるしかない。俺も手伝うし、やれることやろう」


 おべっかでもリップサービスでもない。

 あのエリーがこんな目にあっていることが許せなかった。

 

「……うん。分かったそうしよう」


 少しだけ思い悩んだ後、エリーは力強い瞳で俺を真っ直ぐに見てそう言った。


「ていうか、よくよく考えたら当たり前のことだし、段々イライラしてきたっ」


 エリーはハンバーグを大きく切るとフォークで刺して口いっぱいに頬張って、鼻息荒く大げさに咀嚼する。

 このエネルギー溢れんばかりの姿に昔の幼馴染の姿が重なる。


「そうだそうだ。カスみてーな職場に気を遣う必要なんてナイナイ」

「よし、もう明日から休む。休みまくる。で今言ってくれたこと全部やるっ」


 そう宣言すると、燃える炎に薪をくべるかのようにエリーはバクバクとハンバーグを食べ進めていく。見てるこっちも気持ちいいくらいだ。


「何かあったら言ってくれよ。ハッパかけた本人なんだし、協力する」

「それなら……」


 口に放り込もうとしていたフォークを置き、何かを言いかける。


「それなら?」

「いや、やっぱりいい」


 再びフォークでハンバーグを持ち上げて食べる。

 なんとなく、何を思って遠慮したのか分かった気がした。


「何も気にしないでくれよ。俺は時間だけは持て余してるプータローなんだから」


 俺のデリケートな部分だと思って避けてくれたんだろうが、そんなに気にしてない。


 エリーの悩みは俺とは違うんだから。

 環境のせいで弱っていて、今日のことも一時の気の迷いみたいなものだろう。

 それなら存分に俺を使って欲しかった。


「じゃあさ……病院とか行くとき、付いてきてもらってもいい?」

「お安い御用で」


 それに今は元気そうに見えるが、人前だから気丈にふるまってる可能性もあるし、なるべく一人にはしたくなかった。


「まだ何か不安があるならどこだってついていくし、ハンバーグが食べたいなら作ってやるよ」

 

 そう言ってひき肉を捏ねるジェスチャーをすると、エリーはフフッと笑って言う。


「ううん、ハンバーグはしばらく大丈夫」

「まぁ、そんな頻繁に食べるもんじゃないよな」

「ううん、そうじゃなくて」


 エリーは首を振って。


「だってカカシ、ハンバーグ、好きじゃなかったでしょ?」

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