最悪のバッティング

 あと10分で急行電車が来る。

 この駅にじゃない。2つ先の駅に。

 でも厳密にいえばこの駅にも来る。電車だからだ。


 そこで終わりだ。


 自分の体なのに妙に重い体を引きずるようにして駅のホームへの階段を昇る。

 そうして人もまばらになってきた夜中のホームに到着する。


 吐く息は妙に温かい気がして、それが鬱陶しくて冷たい冬の空気を大きく吸って、灰の中の空気を全部出すみたいに吐き出す。

 息は気にならなくなったが、今度はドクドクした心臓の鼓動がうるさい。

 けど、それはもうすぐ止まるんだ。やらせておけ。


 停車位置のテープに並び、電光掲示板を見上げる。

 そこにはオレンジ色の急行の文字。

 わずかに震える指でスマホを取り出す。が、別に時間は分かっているし、特に確認することも未練もない。

 ただのクセ。


 なんだか馬鹿らしくなって、スマホをしまう。


 そうして再び見上げた電光掲示板に『当駅通過』の文字が流れたのを見て更に強く心臓の音が響き始める。


 電車が走る音と振動がレールを伝わって響いて来て、その時が近づくほどに点字ブロックの先に視線と意識とが引きずり込まれていく。

 目はレールに、耳は近づいてくるガタガタとした音に塗りつぶされる。

 心臓の音はとっくに聞こえない。


 けれど、なぜかそこで気づいてしまった。

 まっすぐに終わりに集約していくはずの意識の中にノイズが混ざった。


 隣の停車位置で立っている女の様子がおかしい。


 力無くフラフラとしてるのに、どこか挙動不審で、拳を強く握っていた。

 俺は何となく嫌な予感を感じた。


 そうして遠くに電車の灯りが見えてきたところで、女がジリジリと黄色の点字ブロックを超えようとし始めていることに気づいてしまった。


 ふざけるな。

 身投げの場所がダブルブッキングだと?


 何に不満があったのか分からない。何が腹立たしいのかよくは分からない。

 けどその感情は怒りだった。


 意識が集約していく先が点字ブロックの先から女へと変わってしまった。

 そして全ての騒音が電車の音に塗りつぶされてその車体が目に映った瞬間、飛び出していた。


 女は電車へ。

 俺は、女へ。


 ふざけんな!


 叫んでいたのかは分からない。音がうるさくて。

 けどそう思って女を掴んで後ろに引き倒していた。


 一瞬、女は体に力を込めて再び電車へ近づこうとしたが、すでに先頭車両が通過したのを見たせいか、そのまま俺の腕の中でへたり込む。


 崩れた前髪から、感情の分からない瞳が俺を覗く。

 憎しみだろうか、落胆だろうか。


 そして電車が走り去った後に遅れて強い風が吹き抜け、風が女の前髪をさらう。


「……エリー?」

「……カカシ?」


 そこに居たのは、幼馴染だった。

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