第29話 スローライフ本当にできるんですか

 別の部屋に運ばれそうになったところで、ミクは「あのひと、友達なの、おはなしさせて……」とか細い声で懇願する。隣のベッドに寝かせられたミクは腕をうまく動かせない。添え木と包帯で巻かれたり、小さい傷に軟膏などを塗りたくられて顔を歪ませている。私の方は勝手に怪我が治るので「あれ?この血はどこから……?」と救護の女性が困惑するばかりだった。口の中を切ったみたいでそれがついたのかも、と説明すると首を傾げつつも納得はしてくれた。

 ホークは演技かと思えばわりとガチ泣きな雰囲気で部屋の隅にいる。このひとが一番重症に見える。無傷なのに。



「ミク様、お部屋にお連れ致します。もう手当が済んだようですので」

 白髪の老婆はミクのおつきの下女らしい。さっきから救護のひととは別にずっとそばにいる。

「うん、ねえ、五分でいいから、ホークとバンリとお話ししたいの。廊下にみんな出てくれる?

 苦しそうにミクは言う。命に関わるような怪我じゃなくてよかったが、みんなも心配そうに私たちを見ている。救護室の窓鉄の格子があり、そこから勝手に出ることはできない。

 老婆は嘆息すると「どうか、手短に」と言い他の白衣の人間などを引き連れて廊下へと下がった。



 私はすぐにベッドから起き上がると、ミクに治癒魔法をかける。打撲や小さい擦り傷、切り傷は一瞬で治り、添え木された腕も軽く動かせた。

「バンリ!!ありがと、来てくれて。いや~演説終わったらお城に呼びつけるつもりだったのに、あの鳥なんなんだろ、やばかったね」

 早口で小声でミクが言う。お城に呼びつけるつもりだった?

「ミク……テラスから飛び降りる予定だったんでしょう?」

「は?いやいや、怖いよそれ。死んじゃうでしょ。とりあえず廊下に出たらダッシュで裏口に行くよ。バンリは重力の魔法使えるんでしょ?私調べたから知ってる。よろしくね」

 ミクの計画じゃなかった?私とホークは戸惑いつつも、五分、と言ったからには長居はできない。



 すぐに闇魔法の気配遮断で、私とミク、ホークを他人から見えなくする。廊下から出ると、姿は見えないのに扉が開いた事に驚かれ、更に救護室は無人であり老婆は大声で人を呼びつけた。


 駆け付ける兵士たちの足元にほんの少し、重力を操作する魔法をかけると、みんなロープに引っかかったように転んで行く。私たちは足早に裏口へと向かうが、裏口は兵士の屯所を一旦経由するらしい。それでも誰も私たちに気が付かずすれ違い、闇魔法のせいで転びパニックになる。


 やっとたどり着いたそこは、扉に不思議な形の大きな南京錠のようなものがある。鍵穴はない。

「裏口開かないじゃん!!どうしよう」

「この鍵は魔法がかかっていると聞いた事があるんですが……」


 じゃあ誰か解錠できる人を探さないと裏口からは出ていけないってこと?まあそう簡単に開いたらセキュリティ的に問題あるでしょうね……。試しに、見たことのない形のその大きな南京錠に思い切り重力をかけるとひどい火花を立てて床に落ち、砕け散った。



「やった!!」


 一番乗りでミクが裏口に体当たりしてそこを開き飛び出す。いつの間にかもう外は暗い。ホークも続いてそこから出て、私も、と思ったところで体に何かの衝撃が走る。


(あなた、もう、呪われてるのね)


 誰かが後ろから、声をかけて来た。振り返ってもその声の主は姿がなかった。




◇◇◇




 裏口から出たはずのミクとホークの姿がない。焦りながら私は先の方の路地を目指し走る。術者である私には二人の姿は見えるはずなのに。兵士たちは松明を持ち「探せ!」と口々に言う。ホークとミクと離れてしまえば、気配遮断の術は解けてしまうかもしれない。どうしよう。

 ふと、足元に黒い猫がいることに気が付く、危うく踏んでしまうところだった。一旦路地の木箱の陰に隠れようとすれば、その猫もついてくる。


 続けて、金髪の美少女が追いかけて来ることに気が付く。だれだろう。お城の関係者?でも、私が見えている。どこかで、見た顔。どこかで。


「バンリさん、あのカラスのサクラが言っていた家まで逃げましょう!」

 可愛い声でその少女は言う。

 嘘でしょう。まさか。どういうことなの。


「……ホーク?」

「そうですよ!あれ?気配遮断してても見えますよね?」

「み、見えるけど」

 狼狽を隠せずに言うと、ホークは自分の体をぺたぺたと触って「……ん?」とやっと気が付く。そして足元の黒猫は、聞いた事のある声で叫んだ。



「ホーク、女の子になってるし、私、猫になってるじゃん!!」



◇◇◇



 謎の鴉、サクラの言っていた無人の民家に逃げ込む。中に入れば奥に小さな灯りがついていることに気が付いて、私たちは恐る恐るそれに近づいた。ホークは一旦気絶しかけたが猫になったミクに噛まれて泣く泣くここまで一緒に走ってきた。体格のいい青年だったのに、成人するかしないかくらいの女の子になってしまって、面影はあるが同一人物と思う人はまずいないだろう。そしてミクはどう見ても猫だが、声を聞けば間違いないと分かる。


「バンリ、脱出おめでとうございます」

 窓は全て締め切られ、密室の中にある灯りの傍にサクラはいた。

「なにこれ、カラス喋るの?」

「ミク、知り合いではなかったんですか」

「いやいや、流石にカラスに知り合いはいないって」


 では、あの日宿屋に飛んできたサクラはミクの使いのふりをしていたのか。私たちは騙されたんだ。嘘を吐く人間は顔を見ればだいたいわかる、と長い人生経験の中で思っていたのだが、無表情な鳥のつく嘘は見抜けなかった。



「これでミクとホークは誰にも怪しまれずに王都を脱することが出来るでしょう。バンリも、気配を消していけますね。あなたが呪われないのは計算外でしたが……」


 サクラは淡々と言う。


「じゃあ、あの裏口から魔術を使って強引に飛び出したら違う姿に変化させられてたってことなの?私も何かに変わるはずだったの?」

「そう。あそこから逃げたものは……カラスになったり、老婆になったり、猫や、少女になったり。姿を変える呪いをかけられます。ミク、あなたのお姉さんも、同じように呪いにかかった姿でここから消えました。今は南の国にいるはずです。呪いを解くために」

「鴉になったり、ってことは……あなたも?」

「ええ」


 こく、とサクラは頷く。


「南に行く旅費はここに、金貨が入っています。お釣りが来るくらいです。当面の生活費にもなるでしょう」

 サクラが隣にある革袋をくちばしで指す。結構な量が入っているように見える。

「……じゃあ、あなたのお願いって、なんなの、南の国に行かせることだったの」

「そう。私と、サチコ陛下の呪いを、解くために、その魔道具を探してきてほしいのです。いつになってもいいので……。」

 ミクと一緒に王都を脱する方法の見返りがこれって、わりに合わなさ過ぎる。確かに、ツーラ国から南の国に渡るには結構なお金がかかる。私とミクふたりで行くには何ヶ月も働かなければならない。ミクは姉がいるのだったら南の国に渡りたいと言い出すだろうが、黒髪の女が逃げたことはすぐに広まって追手が来るはずだ。


「サクラ、あなたがいけばいいんじゃ」

「私は……まだお城でやることがあります。それに、私の体では魔道具が大きければ持ち帰ることはできないでしょう」

 私の問いに、心底残念そうにサクラは項垂れた。演技なのかどうか、最早私には判別できなかった。



「分かった。私はこのお金使わせてもらう。でも猫の姿じゃ船にひとりでのせてもらえないと思うから、バンリ、一緒に来て。ホークちゃんもね」

「ホークちゃん!?」

 猫のミクの決意のついでにちゃん付けされてホークは驚く。


 思い通りになって行って、サクラはきっと、人間だったら今にやりと笑っているのではないだろうか。そうして、私の方をじっとサクラは見上げて来る。


「……バンリ、あなたには深く大きな呪いがかかっていますね。だから裏口の呪いを弾いた。それもきっと、南の国にある魔道具で、解けることでしょう」


 呪いって、この不老不死の事?じゃあ、私、普通のひとと同じ寿命になれるということ?期待と不安が一気に胸に押し寄せる。私の呪いがなんのことか分からないミクとホークたちは、かわいくなってしまった顔できょとんとしてこちらを見ていた。


 じゃあ、人間らしく年を取って、スローライフを送って人生を終えることが、出来る……?




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