第30話 旅のはじまり
「ていうかさ、本当に呪い解けるの?証拠は?解けた人いるの?」
黒猫になったミクが、私の足元でサクラを強くねめつけている。ぱっと見は動物の喧嘩だ……。動じずにサクラは「います」と答えた。
「疑うのであれば、南の国、ソアに呪いを解いて暮らしている元聖女の女性がいます。会ってみるといいでしょう」
「名前は?」
「申し訳ありません、覚えていません。苗字は…ヤオ…だったでしょうか」
「ヤオ?」
ミクは首を傾げる。その苗字に、胸がひどく跳ねた。もしかして、サクラは知っているのだろうか。私が今ヤオバンリ、という名前で生活していることを。――私はその人物に心当たりがある。
「どのみち、私は南の国に行くつもりでした。ゆっくり過ごすのであれば、環境的に戦争も少なく物価も安く、年中を通して温暖なソアに住みたかったんです。行きます。その人に会ってみたいですし」
そう私が言うと、サクラはほっとしたように息を吐いた。この子も、あの崖から飛び降りたんだろう。そして女王サチコも呪いがかかっているということらしいが、見た目は普通に人間でしかなかった。ホークとは逆に、元男性とか……?
「ま、私も目的はお姉ちゃんを探すことだし。あのお城、絶対に出してくれなかったからさあ。お姉ちゃんを探してるって何度も言ったのに」
ミクは機嫌の悪い猫のように、尻尾をぴしぴしと床にたたきつけ始めた。
私の後方で、女の子になってしまったホークは実に長くため息を吐いて肩を落とした。
「分かりました。俺もおつきあいします、その魔道具を探すの。バンリさんたちが心配だったからついていくつもりだったけど……まさか俺自身もこんな風になるなんて」
「いいじゃん、ホーク、可愛いよ。私やバンリよりプロポーションいいじゃん」
「は!?」
ミクの言葉に顔を真っ赤にしてホークは首を振る。今は男性ものの祭用の民族衣装を着ているがそれはぶかぶかで、服の上からでもわかるふくよかな胸は日本人である私たちより大分大きいのも分かる。何よりかわいい。金髪碧眼で白い肌、身長は男性の時よりは縮んだが165㎝くらいだろうか。見た目が良すぎて道中が心配になる。
「それに、男のままついてきてバンリを襲ったりする心配ないしさ」
「俺は男のままでもそんなことしません!!」
ホークが大きな声で叫べば、外をザッザっと複数の足音が横切る。この家が見つかったのか、と一斉に私たちは口を閉じるが、この家に入ってくる気配はない。
「明日、祭が終わって南に行く馬車が出る時にバンリは気配を消してこの王都を出て行くといいでしょう。ミクとホークは誰もあなたたちの見た目を知ることはないから、そのまま堂々と出て行って大丈夫」
サクラは淡々と言う。そして、この部屋を見渡して、小さなタンスやクローゼットの方を向いた。
「少しの衣類、ナイフや小道具。この家にあるもので旅に使えそうであれば、なんでも持っていって下さい。私がこつこつ溜めたものです。この金貨がもし余っても、私に返す必要はありません」
「じゃあ、お言葉に甘えるけど、ねえ、バンリ、ホーク、荷物持ち何もかもお願いね。私この大きさだと何も持てない。不便すぎ」
確かに、体の変化で一番困るのはミクだ。このサクラも当初はかなり苦労しただろう、鳥の羽では何も掴むことはできない。猫はまだ手足が器用そうではある。
「では、私はまた城に戻ります。……だますようなことをして、本当に申し訳ないと思っています」
いや、ほんとに!!と怒ってやりたい気持ちがあるが、きっと何度も失敗を繰り返したはずだ。この鴉と女王陛下の関係がどういうものかは分からないが、あのひとのためでもあるのだろう。サクラは天井の方に羽ばたくと、天窓を恐らく魔法で浮かせてそこから姿を消した。
◇◇◇
「なるほどね、この姿でも魔法使えるんだ私も」
ミクはかわいい肉球を浮かせると、炎を少し出して見せる。ホークはこの家の中にあるものをリュックなどに詰めながら「俺は力が落ちてるみたいです……」と静かに悲しそうに呟いている。私も最低限でいいから、と衣類などを詰める。ミクが全裸はいや!というので小さいスカーフをマントのように巻いてやると耳をぴんと立ててご機嫌な様子だ。かわいい。猫は大好きだ。ミクは身軽に私の体に上ってきて肩に乗る。
「ん~これはいいね」
私の肩の上が楽しそうでなにより。
きっと夜が明ければ、祭の後で大勢の人間が移動するだろう。それに紛れて旅に出る。
その前に、私はふたりに言っておくことがある。
この家のテーブルに向かい合うようにふたりを座らせる。ミクはむしろテーブルに乗っているけど。
「この先、隠し事はよくないと思うから今まで隠してたことをふたりに言います」
かわいいふたりはごくりと唾を飲んだ。
「私は、昔人魚の肉を食べて千年ほど生きています。不老不死なの。怪我をしても治るし、年を取りません。だからずっと逃げて生きて来たんです。私の呪いは……きっとそれのこと」
私が化け物だというのを、教えなければいけない。ミクは「あーっ」と声を上げる。
「バンリって、八百比丘尼ってやつ!?」
昔話で知っていたのだろう。正確にはその物語に残っているひとそのものではないけれど、説明が手っ取り早いので私は頷く。ホークは置いてけぼりを食らった顔をしている。
「えーっおもしろ!!ねえ、じゃあ、旅しながらさ、バンリの人生、沢山話を聞かせてよ!私日本史結構好きでさ!全然退屈しなさそう!」
楽しそうに言うミクは、きっとこの世界でも色んな人種がいることを知っていて私くらいでは驚かなくなっているのかも知れない。ホークもなんのことか分からないというふうにしながらも、こくこくと頷いていた。
この先の旅は不安だが、ふたりにはたくさん話を聞いてもらおう。そしてこの世界で呪いを解いて、のんびり生きて行くんだ。
明日以降の苦難を知らず、私は二人の前でちょっと涙ぐみながら俯くのだった。
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