第7話 地下大改装! スライム・インテリア
「よし、今日の『汚しメイク』も完璧ね」
早朝の女子寮、最下層にある狭い自室。
私は鏡の前で、茶色い染料と泥を混ぜた特製のファンデーションを、あえて頬や鼻筋に塗りたくっていた。
ブラシで少しムラを作るのがポイントだ。これで「風呂にも入れず、長時間労働で薄汚れた可哀想な平民」の出来上がり。
なぜこんなことをするのかって?
そりゃあ、隠すためよ。
この泥の下にある、ゆで卵の薄皮を剥いたような、つるっつるの国宝級美肌を!
(ふふふ……誰も気づいてない。私が毎晩、超高級エステ並みのケアをしてるなんて)
私は深く帽子を目深に被り、防護服のジッパーを顎まで上げた。
鏡に映るのは、いつもの猫背でうだつの上がらない「汚物係」のアリアだ。
「いってきまーすぅ……」
わざとらしく気弱な声を練習して、私は部屋を出た。
◇
昼下がりの廊下。
貴族科の生徒たちが優雅に行き交う中、私は壁のシミになりきって移動していた。
「あーもう、最悪! 昨日買った保湿クリーム、全然効かないじゃない!」
「私の肌、また乾燥して粉吹いてる……昨日の水属性魔法の練習しすぎかしら」
前方から、エルザ様とその取り巻きたちが歩いてくるのが見えた。
今日も今日とて、お肌のトラブル談義に花を咲かせているようだ。
チラリと観察する。
うわぁ……。今日のエルザ様、目の下のクマをコンシーラーで埋めすぎて、逆に浮いてる。まるで左官屋さんが壁の穴を埋めた直後みたいだ。魔力中毒の初期症状である「血行不良」が出てる証拠ね。
「あ、汚物係がいるわよ」
「げっ、こっち見んな。目が腐る」
彼女たちは私に気づくと、露骨に顔をしかめて鼻をつまんだ。
「あ、エルザ様ぁ! ごきげんようございますぅ!」
私は脊髄反射で最敬礼をした。
心の中では舌を出して笑いながら。
(どうぞどうぞ、もっと軽蔑してくださいな。あなたたちが私を「汚い」と思い込んでくれているおかげで、私は誰にも邪魔されずに宝物を独り占めできるんですから!)
「フン、相変わらず薄汚い女ね。私の視界に入らないでちょうだい」
エルザ様は扇子で私を追い払う仕草をして、通り過ぎていった。
その背中を見送りながら、私は小さくガッツポーズを決める。
勝った。
今日も完全に騙しきった。
さあ、面倒な地上での業務(という名の宝探し)をさっさと終わらせて、私の城へ帰ろう!
◇
「ただいまー! みんなー!」
地下室の重い扉を開けた瞬間、私の声色は一変した。
そこはもう、カビ臭いコンクリートの倉庫ではない。
淡い光に包まれた、幻想的な「癒やしの空間」だ。
「キュウッ!(お帰り!)」
「ピギッ!(ごはん?)」
「ポヨヨン!(遊ぼう!)」
色とりどりのスライムたちが、弾むような音を立てて出迎えてくれる。
そう。今の地下室には、相棒の「ぷるん」だけじゃない。
ここ数日、私が地上から回収してきた様々な属性のスラグ(廃棄魔力)を、ぷるんの分裂体たちに食べさせてみた結果、素晴らしいことが起きたのだ。
風属性の廃棄物を食べた子は、爽やかなエメラルドグリーンに。
水属性の廃棄物を食べた子は、涼しげなサファイアブルーに。
そして光属性の廃棄物(珍しい!)を食べた子は、照明代わりのトパーズイエローに。
それぞれが宝石のように内側から発光し、薄暗かった地下室を極上のイルミネーション会場に変えていた。
「はいはい、順番ね! 今日のお土産は、2年生の実験棟から出た『雷属性のビリビリスラグ』だよー!」
私がタンクを開けると、黄色いスライムたちが嬉しそうに飛びついてくる。
彼らにとってはご馳走、私にとってはゴミ処理完了。まさにWin-Winの関係!
「さてと……今日も改装の続きをやりますか!」
私は泥メイクを洗い流し、防護服を脱ぎ捨てた。
現れたのは、ぷるん印の『ロイヤル・ゼリー・スライムコア』を全身に塗りたくって手に入れた、発光するような白磁の肌。
地下のひんやりとした空気が、敏感になった肌を撫でて気持ちいい。
「まずは、この無機質な床と壁ね。もっとリラックスできる空間にしないと」
私は杖を構え(といっても掃除用のモップだけど)、魔力を集中させた。
「――『精密洗浄(マイクロ・クリーン)』、対象『床面の微細な凹凸』および『空間の淀み』!」
キュイイイイーン……!
私の目には、コンクリートの表面にあるミクロ単位のザラつきが「汚れ」として映る。
それを魔力で削り取り、磨き上げ、分子レベルで平滑化する。
ジャッ!
一瞬で、灰色の床が、鏡のように私とスライムたちを映し出す「大理石風ミラーフロア」へと変貌した。
摩擦係数はゼロに近いが、私の制御下にある空間なので滑って転ぶことはない。歩くたびにツルツルとした感触が足裏を刺激して、最高に気持ちいいのだ。
「よし、次はインテリア!」
私が指を鳴らすと、待機していたスライムたちが「待ってました!」とばかりに動き出した。
ぷるん(リーダー格の桜色)が中央に陣取り、形を変える。
横に広がり、中央をくぼませ、背もたれのような突起を作る。
ボヨンッ。
あっという間に、高級ラウンジにありそうな、流線型の巨大ソファが完成した。
素材はスライム100%。
適度な弾力、ひんやりとした触感、そして体温に合わせて形状記憶するフィット感。
「ナイスだよ、ぷるんちゃん!」
私はそのスライム・ソファに背中からダイブした。
ムニュゥ……。
「はぁぁぁぁ……生き返るぅ……」
全身が極上のゼリーに包まれる感覚。
重力が消えたみたいだ。
腰の疲れも、足のむくみも、スライムの微弱な魔力振動(マッサージ機能付き)が優しく解きほぐしてくれる。
「キュウ~(えっへん)」
背中越しにぷるんのドヤ顔が伝わってくる。
さらに、緑色のスライムたちが部屋の隅に移動し、空気清浄機モードに変形した。彼らの体を通った空気は、森の中にいるようなフィトンチッドの香りを帯びて排出される。
青いスライムたちは天井に張り付き、水面のような揺らぎのある光を投射して、プラネタリウムのような演出を始めた。
「完璧……」
私は天井を見上げながら、うっとりと呟いた。
ここはもう、ただの地下倉庫じゃない。
王都の最高級ホテルだって、こんな設備は用意できないだろう。
だって、家具そのものが生きていて、主人の体調に合わせて最適な環境を自動生成してくれるんだから。
「これを独り占めできるなんて、バチが当たらないかしら?」
いいえ、当たらない。
だって私は毎日、泥水をすすって(比喩)、汚物まみれになって働いているんだもの。これくらいの役得、あって然るべきよ。
私はポーチから、例の『ロイヤル・ゼリー』を取り出した。
指先ですくい取り、目の周りと唇に塗る。
スーッとしみ込む感覚。
日中の紫外線ダメージも、演技による表情筋の疲れも、一瞬でリセットされる。
「あー、幸せ」
地上の貴族たちが、高いお金を払って効果の薄いクリームを塗りたくっている頃、私はゴミから作った最高級品で全身エステ。この背徳感が、さらに美容効果を高めている気がする。
「ねえ、ぷるんちゃん。ここを『ロイヤル・スライム・スパ』って名付けようか」
「キュウッ!(賛成!)」
「会員は私ひとり。完全紹介制、というか紹介不可の秘密クラブ。ふふっ、響きがいいわね」
私はクスクスと笑い、スライム・ソファの中で寝返りを打った。
――その時だった。
カツ、カツ、カツ……。
遠くから、規則正しい、そしてどこか威圧感のある足音が響いてきたのは。
「……ん?」
私は体を起こした。
スライムたちもピタリと動きを止め、入り口の方を凝視する。
ここは学園の最深部。
普段なら、こんな時間に人が来るはずがない。
教師? 警備員?
いや、あの足音の独特なリズムは、もっと恐ろしい、学園中の生徒が震え上がる「あの人」のものだ。
「ま、まさか……」
私の背筋に冷たいものが走る。
重い鉄の扉が、ゆっくりと、軋んだ音を立てて開かれた。
ギイィィィィ……。
逆光の中に立っていたのは、完璧にプレスされた制服を着こなし、氷のような眼鏡を光らせた、長身の女性。
手には出席簿ではなく、違反者を取り締まるための鞭のような指示棒が握られている。
「――こんな夜更けに、地下から甘い匂いがすると思えば」
低く、冷徹な声が響いた。
「ここで何をしているのですか、汚物係のアリアさん?」
学園の生ける伝説。
規則の鬼。
歩く校則違反チェッカー。
マーサ・ヴァン・ダイン寮監先生が、仁王立ちしていた。
「ひぃっ!? りょ、寮監先生ぇぇぇ!?」
終わった。
私の楽園生活、第7話にして強制終了のお知らせ!?
いや、待って。
先生の顔色が、いつもより悪い気がする。
眉間のシワが深いし、腰を押さえている手が震えているような……?
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