第42話 終焉の探偵
もう、終わりだ。
そう思った、その瞬間だった。
地面が、淡く光った。
最初は、足元のひび割れみたいな細い線だった。
それが一気に広がり、眩しい光が地面の下から溢れ出してくる。
「……え?」
声にする間もなく、世界が裏返った。
ドゴォン!!
腹の底を殴られるような轟音とともに、光の柱が噴き上がる。
校庭のあちこちから。
一本、二本、三本――いや、それだけじゃない。
無数の光が、地面を突き破って天へと伸びていく。
眩しすぎて、目を開けていられない。
白い光が、視界を焼き尽くす。
同時に、触手がのたうち回った。
悲鳴みたいな、耳障りな振動。
肉が焼かれるような匂いが漂う。
私を掴んでいた触手が、ばっと離れた。
遅れて、じん、とした熱が足首に走る。
でも光は、熱くない。
温かな光が当たりを包んでゆく。
だが、影たちにとってはそれは高熱だったようだ。
触手は縮み、黒く焦げて、ぼろぼろと崩れていく。
光の柱は、さらに増えていった。
校舎の周囲。
校門の前。
体育館の脇。
学校の敷地そのものが、内側から発光しているみたいだった。
どくん、どくん、と脈打っていた校舎が、低く軋む。
悲鳴を上げるみたいに、肉の壁が歪み、黒い膜が剥がれ落ちていく。
光が、影を押し出していた。
内側から、追い立てるように。
「……なんだ? 何が起こってるんだ?」
久我さんが唖然と呟く。
私は地面に座り込んだまま、呆然と空を見上げていた。
梓さんも、久我さんも、同じように立ち尽くしている。
そのとき、光の中に――
何かが、見えた。
人影。
いや、違う。
それは白銀の光に彩られた、人の形。
――次の瞬間、地面が割れた。
校庭の中央。
光の柱が一番太く集まっている場所。
地面が、ばっくりと口を開ける。
そこから、誰かが飛び出してきた。
ふわりと宙に浮き、重力を無視するみたいに。
黒衣を翻し、全身に光を纏って。
いつもみたいに、パッキーを囓りながら。
「――探偵さん……!」
気づいたら、叫んでいた。
探偵さんだった!!
「やぁ、真弓くん。少し遅れちゃったね! でもちゃんと約束通り助けに来たでしょう?」
ふわっと笑って探偵さんは私に話しかけてくれた。
その声が、笑顔が全身を温かな安心感に包み込まれてゆく。
「遅い、ですよぉ……」
声が涙ぐむことを抑えることが出来ない。
「ごめんごめん! 地下探索も大変だったんだよ!
――さて、あまり出し惜しみできる状況じゃなさそうだね」
そういう探偵さんは、でも、いつもの探偵さんじゃない。
髪も、服も、輪郭さえも淡く光を帯びている。
そして、右手にはいつものパッキー。
「
彼は歌うようにその言葉を口にのせる。と同時に、左手の袖口から光り輝く流れが迸った!
それは銀の鎖。銀色の奔流がまるで鞭のように伸びてゆく。
光輝く、長い銀の鎖。
自ら意思を持つ生き物みたいに、しなやかに揺れている。
『
何処からともなく、透き通るような綺麗な女性の声が探偵さんの言葉に応えるのが聞こえた。
そして、探偵さんが、地面に降り立つ。
違う――いつもの飄々とした探偵さんじゃない。
冬の夜風にもにた厳しい雰囲気が、その全身を覆っているのがわかる。
「私の目の前で、これ以上の犠牲は出させない」
探偵さんが口に乗せるその強い言葉と同時に、光の柱の中から、光の玉が浮かび上がった。
ひとつ、ふたつ、いくつも。
その中に――人がいる。
消えた生徒たちだった。
「聞け! 終焉を呼ぶ者よ! 私がここに存在する限り、お前の思うとおりにはさせない!」
いつものふわりとした笑みではなく、好戦的な切りつけるような笑み。強い口調。そして自分のことを、私っていった……。
探偵さん……何か無理してる?
地面に引き込まれた子たちが、光に包まれて、次々と戻ってくる。
光の玉が、そっと地面に降ろす。
探偵さんが鎖を振り、それは私たちを縛っていた触手を断ち切ってゆく。
ぶちぶちと千切れ、霧みたいに消えさる。まるで最初からなかったみたいに。
梓さんも、久我さんも解放された。
「……助かった……」
久我さんが、かすれた息を吐く。
探偵さんは地面から救出された生徒達に目をやると、梓さんに向かって声を掛けた。
「同化前に助けられたか。梓、彼らを守れっ!」
「……は、はい」
ビックリしたように梓さんが答えた。
ホントにいつもとは雰囲気がまるで違う。
見ていると、地面に放り出された生徒たちが目を覚ましてゆく。うん、倒れたままだけど、意識はあるみたい。
生きている。
「……助かった……?」
誰かの、震える声。
「皆、こっちにっ!」
私の叫び声に生徒たちが集まり始める。
襲い来る影たちは、梓さんの弓が消してゆく。
だけど数が多いっ!
その様子を横目で見た探偵さんが、校庭を覆っていた影に向かって左の腕を振る。
次の瞬間、左手の鎖が唸りを上げ影に襲いかかった。
――ヒュン。
光の軌跡が走り、影が薙ぎ払われる。
触れた部分から、一瞬で消滅していく。
鎖が、意思を持つみたいに舞う。
「彼らに手を出すな。分子も残さず消えることになるぞ」
速すぎて、形が追えない。
ただ、光だけが残る。
仄かな光に包まれ銀鎖を振るうその姿は、まさに超越者。
人ならざる、全てを超越した存在に見える。
――気づけば、校庭の影は消えていた。
全部、払われている。
探偵さんが、こちらを向いた。
「真弓、大丈夫だったか?」
いつもの、柔らかい声。
でも、今は少し低くて、硬い。
「……だ、大丈夫……です」
やっと立ち上がると、足が震えた。
「……はるかさん……しっかりしてくださいっ!」
傍らを見て久我さんが声を張り上げる。
探偵さんが、その声に導かれるように校庭の中心に目をやった。
久我さんの傍らに立つ、蠢く肉に覆われた、巨大な胴に無理矢理女性を接合したような巨大な異形。
――柳田先生。
探偵さんの目が、細く鋭く光る。
「……終焉存在のエージェントが、これを創ったのか」
低い声。
「……神の分体を操るコントローラー。改造された……哀れな……」
鎖がシャラリと打ち鳴らされる。
柳田先生の無数の目が、一斉に探偵さんを捉えた。
無数の口が、開く。
「――オマエハ……ナニモノダ……」
「人形のお前を通じて聞いているのだろう? 終焉存在のエージェントよ。この世界に終わりをもたらす者よ」
「――ヒトデハナイ……カミデモナイ……」
「私は探偵」
「タンテイ?」
「そう、世界の終焉をもたらす終焉存在。その存在を暴き、この世界を終焉から救うべくやってきた……お前の敵!」
しゃらんと、鎖が音を立てる。
「私は探偵――終焉の探偵!」
――いつか聞いたのと同じ言葉。
でもあの時の柔らかさとは全く違う、自らの存在を敵に対して高らかに宣言するその声が、世界に響き渡った。
「シュウエンノ……タンテイ……ッ!!!」
言葉と共に影が、爆発した。
校舎全体から、濃密な影が溢れ出す。
さっきとは比べものにならない量。
全部が、探偵さんに向かってくる。
探偵さんが、跳んだ。
銀鎖が光となって一直線に走る。
触手が、まとめて断ち切られる。
黒い液体が噴き出す。
溢れ出た無数の影は、見る間に黒い霧となって蒸発していった。
地面に降り立ち、探偵さんは柳田先生と向き合った。
その目が、ほんの少しだけ――悲しそうだった。
「……お前は、巻き込まれただけなのだろうが」
小さく、呟く。
「……消えろ」
鎖が、唸った。
次の瞬間、探偵さんの姿が消える。
気づいた時には、もう目の前。
鎖が、柳田先生を絡め取る。
腕を。
足を。
がんじがらめに縛り上げる。
影が襲いかかる。
でも、探偵さんの身体から溢れる光に触れた瞬間、消える。
触手も、次々と断ち切られる。
柳田先生が、地面に叩きつけられた。
そのとき――。
「待って!! 待ってくれっ!!!」
久我さんの叫び。
探偵さんの鎖が、止まった。
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