第13話 公園の探偵

 東池袋公園に向かう道、

 夕陽はもう、ビルの向こうに沈みかけていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 息が切れる。

 走ってきたせいもあるけど、それだけじゃない。

 胸が苦しい。不安で押しつぶされそう。


(探偵さん……探偵さん……!)


 頭上を首都高速の高架が覆っている。

 車の音が、絶え間なく響く。


 サンシャインシティを越えて、公園の入り口に辿り着く。

 都会の喧騒の中に、ぽっかりと開いた緑の空間。


 サンシャインシティに隣接しているこの公園は、イベントがあるとコスプレイヤーで溢れかえる。でもいつもは静かな公園で、人なつっこい野良猫たちが来る人を和ませてくれてる。


 夕暮れ時の公園には、

 誰もいなかった。


 そして――


 奥のステージのそばに、段ボールハウスがあった。


 ――妙に立派な。


(……え?)


 段ボールとは思えない頑丈そうな作り。

 窓らしきものまである。

 屋根はビニールシートで防水加工。

 入口には、紺色ののれん。


 そして表札に「探偵」

 ――おい。


(……なにこれ……)


 さっきまでの不安が、一瞬で吹き飛んだ。

 呆然としていると、

 のれんがめくれて、

 黒いコートの探偵さんが顔を出した。

 相変わらず、一目見ただけで暑苦しい。


「やあ、いらっしゃい」


 手には、スティック菓子。

 細い棒状の焼き菓子にチョコがコーティングされてるヤツだ。

 チョコレートパッキー。

 私も結構好きで、たまにスーパーのヘイユーでで買ってたりする。

 コンビニで買うと高いからね!


 ポリポリと軽快にお菓子をかじりながらその人は近づいてきた。


(探偵さん……)


 その姿を見た瞬間、胸の奥がふっと緩む。

 ああ、いた。ちゃんといてくれた。


 ――でも。


 次の瞬間、あの夜のことが蘇ってきた。

 お姫様抱っこされたときの感触。

 探偵さんの腕の硬さ。体温。

 常軌を逸した身体能力。


(っ……!)


 顔が、熱くなる。

 心臓が、また違う理由でバクバク鳴り始めた。


(ち、違う……今はそんなこと考えてる場合じゃ……!)


 慌てて頭を振って、思わず口が動いた。


「……た、探偵さん……これ……」


 段ボールハウスを指さす私に、ポッキン、とパッキーを口に運びながら探偵さんは鷹揚に頷いた。


「僕の家だよ。どう? 立派でしょ」


「立派とかそういう問題じゃなくて!?

 公園のすぐ裏には交番があるんですよ?」


「治安的にはこれ以上はないくらい安心だねっ!」

 

「っていうかここ、ハローワークの隣ですよね!?」


「うん。職業紹介所の近くに住むのは合理的だよ?」


「合理的じゃない!! 探偵って職業紹介があるんですか!?」


 思わずツッコんでしまった。


 そして――

 自分でも不思議なくらい、落ち着いていた。


 頭上を走る車の音。

 ビル街に挟まれた小さな公園。

 その中の、段ボールハウス。


 さっきまでの恐怖と絶望が、

 ツッコミと一緒に、少しだけ遠くなった気がした。


「……探偵さん……」


「うん。話、聞こうか」


 探偵さんは、段ボールハウスから出てきて、

 ベンチに座った。


 パッキーをもう一本取り出して、

 私に差し出す。


「とりあえず、座って。落ち着いて話そう」


 ポキリ。私は受け取ったその甘い焼き菓子を口に運ぶ。

 私は、ベンチに座った。

 膝が、まだ少し震えてる。


 頭上で、車が走る音。

 遠くで、サンシャインシティのビルが光り始める。


「千晶ちゃんが……」


 声が震える。


「千晶ちゃんが……いなくなったんです……」


 涙が、また溢れてきた。

 探偵さんは、優しく頷くと黙って私の話を聞く姿勢を見せてくれた。

 その様子に甘えるように、思いつくままに口を開く。


 千晶ちゃんのこと。

 文芸部で仲が良い後輩だったこと。

 サヤカや先生、久我さんのこと。

 黒い影を夢で見たこと。

 梓さんのこと。

 ――そして梓さんの身体のこと。


 話に脈絡はなく、何度もつっかえて混乱してたけど全部、話した。


「ああ、だから、昨日の夜、あんなところにいたんだね」


 途中で何度も声が震えて、

 涙が止まらなくなって、

 でも探偵さんは、ずっと静かに聞いてくれた。


「……それじゃ……あの夜のことは夢じゃないんですよね?」


「ああ。君がそこに来る前に見た幻視も、多分夢じゃない」


 言うと探偵さん思慮深げに、顎に手をやる。


「ひとつ聞きたいんだけど――」


「なんです?」


「君はその光景をどこから見てたのかな? 視点が切り替わったり色々な角度から見えたりしたの?」


 ――どこから。

 千晶ちゃんがよろけながら、陸橋を降りる。そして路地から梓さんが姿を現して――


「いいえ、少し離れた場所からその光景を見続けていた感じでした」


「問題は、それが何の視点か、誰の視点かだね」


 言われてみればそうだ。

 悪夢を見ている時や、普通の夢はかなり頻繁に視点が切り替わったり脈絡もなく、そうアニメや映画みたいにズームになったりカットインしたりするような気がする。


 あの幻視は、まるで誰かの視点を借りて光景を見ているようだった。


「やっぱり聞いた話からだと、君が見た幻視――夢は実際にあったことだと判断できる」


「――それじゃ……」


「ああ、その千晶さんはもう……」


「そんなっ!?」


 でも確かに、あの夢が現実の物だったのなら千晶ちゃんは梓さんの弓で――。

 私は、震える声で続けた。


「……探偵さん……あの黒い影……なんなんですか……?」


 探偵さんは、それには答えず、少しだけ目を細めた。

 ベンチから立ち上がる。

 真剣な表情で、私の正面に立ち視線をまっすぐによこした。


「君は夢を見るよね? 滅びの夢。それは世界の終焉の夢だ」


 不意に静かな声で探偵さんはいう。


 ヒョウ、と強い風が吹く。

 黒いコートはビルの谷間風に吹かれ翻っていた。


 


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