第5話 サプライズ

11月10日木曜日


編集部のホワイトボードには、赤字で新しい数字が書き込まれていた。


《あと7回 日曜日が来たらクリスマス!》


そんな浮かれムードとは正反対に、舞と早瀬のデスクだけは山のような資料に埋もれていた。


「今日、終わりますかね……」


舞のぼそっとした声に、新は資料をめくりながら淡々と答える。


「終わらせましょう。やるしかないんで。」


「は、はい。」


ツンとした口調なのに、なぜか不思議と安心する。

こんな時でも隣にいてくれるだけで、心の負荷が半分くらい軽くなる。



19時を過ぎても、書類はなかなか減らない。

舞は肩をぐるぐる回しながら、半分泣きそうになっていた。


「高梨さん!」


「はい?」


「焦らない。落ち着いてやれば終わります。」


その一言に、胸がぽっと熱くなる。

この人はいつも、必要な時にだけ優しい。


時計が20時を指す頃、新が立ち上がった。


「終わりました!僕はこれで帰ります。高梨さんは…大丈夫ですか?」


「は、はいっ。あと少し、、?頑張ります!」


明るく言ったつもりだったけど、我ながら空元気だった。


「無理はしないでください。できるだけでいいので。」


それだけ言って、新た はエレベーターに乗っていった。



20時半。

ひとり、またひとりと、社員たちが「お先でーす」と帰っていく。


気づけばオフィスには、舞だけ。


(…終わんない……)


それでも、やるしかない。

明日の締め切りを考えるだけで胃が痛くなる。



一方その頃、新はラーメン屋のカウンターに座っていた。


湯気に包まれながら箸を動かしていたが、ふと手が止まる。


(…あの仕事の量、絶対ひとりじゃ無理だな)


ラーメンを食べ終え、店を出て、コンビニの前で立ち止まる。



21時半。

新は再びオフィスのドアを押す。


薄暗いフロア。

その中でデスクランプひとつだけが眩しく光っていた。


舞だ。


「……まだやってたんですか。」


「えっ!? 早瀬くん!?なんで……」


「戻ってきました。手伝います。」


「え、でも……」


「ひとりじゃ間に合いませんよ。言いましたよね? 無理はしないって。」


その声が、少しだけ優しかった。


舞は、安心した途端に目の奥がじんわり熱くなった。



ふたりで黙々と資料を片付ける。

会話らしい会話はないのに、不思議と寂しくない。


時計が23時57分を示した瞬間。


「……終わった。」


「間に合いましたね。」


2人の声が重なる。

ほっと息が漏れた。



そして——日付が変わった。


0:00。


「高梨さん。」


「はい?」


振り向いた瞬間、新が小さな箱を差し出してきた。


ポッキーだった。


「お疲れ様です。そして……」


一拍置いて。


「誕生日おめでとうございます!」


「……え?」


舞は本気で驚いた。

まさか覚えてくれていたなんて。


「前に言ってたでしょう。ポッキーの日生まれって。」


「覚えてたんですか……?」


「忘れませんよ。簡単なことなんで。」


照れくさそうに視線をそらすその横顔に、

心臓がぎゅっと掴まれた。


「それと。」


新は、ごく自然な声で続けた。


「ポッキーだけじゃ寂しいので、今度ご飯行きましょう。もちろん僕の奢りで。」


「……へ?」


「誕生日ですから。理由くらい、欲しいでしょう。」


舞はなにも返せなかった。

胸がいっぱいで、言葉が出ない。


静かなオフィスに、ポッキーの箱を渡す音だけが響く。


11月11日金曜日


彼女の誕生日の始まり。


そしてきっと、

2人の関係がほんの少し動いた夜。

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