第1話 再び始まる日常

「じゃあ、俺らさ、付き合ってみない?」

「別に、いいけど……」


 ――――――――――

 

 凄く長い夢を見ていた気がする。とてもじゃないがいい夢だという感覚は無い、しかし、全く内容は思い出せない。

 何か大事なことを忘れている不安があるが、それは所詮夢の中でのこと、たまにある目覚めの悪いものとして気にも留めないものだ。

 

 湊はいつも通り、朝のニュース番組の占いコーナーの時間に目が覚めた。

 まだ肌寒い春の朝、布団から出られずにもぞもぞしていると隣の部屋で家族が見ているであろうテレビの情報が耳に入ってくる。

(えーと、今日の山羊座の運勢は?っと、良く聞こえないな)

 昨晩夜更かししたせいなのか、眠気が取れないので我儘な体に身を任せて二度寝を決め込もうとする。

「なっちゃーん一緒にぬくぬくしようね~」

 茶トラ柄の愛猫のナッツと共に布団に包まり、怠惰かつ幸せな朝の時間を満喫しようとしていたところ、それは突然終わりを告げた。


「みなちゃん!はよ起きなさい!」

 ばあちゃんに布団を引っぺがされ、一緒に寒い夜を過ごした戦友は物の数秒で4つ折りに始末されてしまった。

 ナッツも周りを誘発するような大きなあくびをかました後、一緒に温めあった絆を裏切るように我関せずといった顔で部屋を出て行ってしまった。


「なんだよばあちゃん!もうちょっと寝たかったのにー」

「みなちゃん、今日から中学生なんやから早起きしてシャキッとせんね、シャキッと」

「へいへい。」

 湊はベットの上でくねくねしながらも仕方がないので渋々起き、居間へと向かい祖母の花代(はなよ)と日課であるニュース番組を朝の支度をしつつ見ていた。


(本日の九州地方は全体的に快晴で爽やかな春の陽気を感じられることでしょう)

 番組の天気予報の時間になり目を向けると、マップ全体にお日様マークが散りばめられていて少し嬉しい気分になる。

 4月最初の月曜日、新しいスタートを切るのに申し分ない天候だ。

「みなちゃん今日から中学生ね、早かね~」

 祖母の九州訛りからも少し嬉しさを含んだ声色が感じられた。

「なんかあんまり中学生になるって感じわかんないや」


 湊と祖母がたわいない話をしていると次第に家族たちが起きてきて、一気に居間が賑やかになる。

「おはよ~、湊今日から中学生じゃん、おめー」

 次女の里実(さとみ)が気だるい感じで心のこもってない祝福をしてくれた。

「んー、里実も中三おめー、よろしくー」

 湊も姉と同じく棒読みで家庭内の社交辞令を返した。

「そろそろ、梨沙ちゃんも起こしてくるかね」

 祖母は朝食の支度を終えて、長女である梨沙(りさ)の部屋へと向かった。

 しばらくして、先ほど湊が経験したような布団狩りを行ったような物音が聞こえ、ナッツを抱きかかえながら梨沙が起きてきた。


「うーす、お!今日から中学生のガキと中三のお姫様じゃーん、おはよー」

 梨沙は寝起きとは思えない、元気な声で妹弟にあいさつした。

「姉さんも高三だよね、いいなー高校生」

「って、今日から中学なクセにそんなこと言ってんじゃない!まず三年間楽しみなさい!」

 朝一発目から湊の雑なボケを拾い、すかさずツッコミをいれてくる梨沙は成瀬家の長女らしくパワフルな性格で居間を賑わせた。

「さっちゃんも中三は大変だろうけど、何かあったら言ってね」

「はーい!ありがとー梨沙ちゃん」

 お互いをちゃん付けで呼ぶような仲のいい姉二人を横目に湊は入学式の準備を始めた。


 ふとカレンダーを見ると2014年4月7日、今日のこの日に湊が年初につけたであろう大きな赤丸で囲まれていた。

 湊が生死をさまようまで10年程の期間を遡ったが、これから10人の彼女を幸せにするという宿命を負ったということを齢12の湊はまだ知らない。

 10年後死んでも死にきれなかった後悔のやり直しとなる青春が今日、再び始まる。




 「桜舞う今日このよき日に、皆様を本校にお迎えできることを、教職員一同、心より――――――」

 いよいよ入学式が始まり、来賓や在校生、校長先生の式辞を聞きつつも、心なしか新入生全体の落ち着きない雰囲気が見て取れた。

 湊もその中の一人で、これからやってくるであろう青春の予感に身を震わせながら、緊張とワクワクで話を全く耳に入れていなかった。

 いよいよ式も終わりに差し掛かる頃合いにこれから3年間歌うであろう校歌を雰囲気だけで口ずさみ、新入生全員がこれからお世話になる学び舎へと一足先に向かった。

 

 九州の西に位置する須滝島(すだきじま)。その北側にある県立斉海(さいみ)中学校、ここが今日から湊が通う学校となる。

 成瀬家から徒歩15分程度であり、校舎からは港町が見下ろせ、グラウンドにはほのかな潮の匂いと心地よい風が吹いてくる。

 須滝島は坂の勾配が激しく電車も通せないような田舎だが、その分自然が豊かであり、斉海中に通う生徒たちもこの自然と共に成長し、田舎ならではの生活を送っている。


 

「おーい、りゅうくーん!こっちこっち!クラス見ようぜー!」

 湊は幼馴染の陽髙竜司(ひたかりゅうじ)と一年玄関に張り出されてあるクラス表を見に来た。

「えーと陽髙はっと、一組か、お!成瀬もあるじゃん、いえーい同じクラスだ!」

「やったー!まだ知らない人ばっかりでちょっと心配してたんだ。りゅーくんと一緒で安心だ。」

 斉海中には基本三組までしかないが、一年の代は4つの小学校の校区内から進学してくるかつ湊たちの小学校は一組しかなかったので、初めてのクラス分けにドキドキしていた。

 湊と竜司は一組の中から他にも同じ小学のメンツがいないか探し、約1/3ほど友達を見つけ出した。

「けっこう離れちゃったなー、あんまり喋れなくなるけど、キャップとかしゅーるとか、やまかしとか仲いいヤツが同じクラスなのは嬉しいね」

 湊の幼馴染で仲がいい三人を見つけ、慣れない緊張感が少し緩和された。

 キャップの名前の由来はスポーツクラブのキャプテンをしていたから。しゅーるは地味なお笑いが好きでじわじわくるツッコミをしてくるから、やまかしはやかましいから。

「まあ皆もいるし、湊くんも一緒だしなんとかやってこーよ」

「とりあえず、俺らは彼女でも作りますか!あ!でもりゅうくんはモテるから関係ねーか!」

「うっせー」

 お互いに少しは冗談を交わすくらいには緊張が和らいできたところで最初のホームルームの予鈴がなった。

「よし!じゃあ思いっきり楽しんでいこうぜー!今日からの俺はひと味違うぞ!」

「…………やっぱ緊張するわ」

「いつも通りやん」

 昔からのいつも通りに湊がボケて周りがツッコむ、変わらないが少しずつ成長していく少年たちの新たな青春が進み始める。

 

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