22 決して鷹晴様のせいではありません!


「朱鷺、お前が巻き込んだんじゃない。お前は巻き込まれただけだ」


「え……?」


 戸惑った声をこぼした朱鷺にかまわず、鷹晴が確信に満ちた声で告げる。


「本来、怨霊に呪われるべきは俺だった。お前が呪われたのは、俺のせいなんだ……」


 朱鷺がいままで聞いたことがない苦い声。


 だが、急にそんなことを言われても信じられるわけがない。


「何をおっしゃっているんです? 鷹晴様が呪われるべきだなんて、そんなこと、あるはずがありませんっ!」


 朱鷺が知る鷹晴はいつだって誠実で頼もしくて、人だろうと物の怪だろうと、鷹晴に恨みを持つ者がいるとは思えない。


 朱鷺の断言に、鷹晴の面輪が一瞬、泣きそうに歪む。


 思わずといった様子で鷹晴の手が朱鷺へと伸びかけ――。


 何かをこらえるように唇を引き結んだ鷹晴が、弓の弦に指をかける。びぃん、と弦の音が夜気を切り裂くように鳴った。


「理由なく言っているわけではない。……朱鷺。お前には、兄のことを話したことはほとんどなかったな……」


 鷹晴に名の年の離れた兄がいたことも、その兄が十年前に不慮の事故で亡くなったことも、長年貫之に仕えている従者から聞いたことがある。


 だが、鷹晴が言うとおり、くわしい話を聞いたことはなかった。継晴という名前すら、初めて知ったくらいだ。


 今日、兄の話を聞いた鷹晴の様子は、明らかにおかしかった。あれほど切羽詰まった様子の鷹晴は初めて見た気がする。


 黙して続きを待つ朱鷺に、弦を鳴らす手を止めぬまま、鷹晴が雨音にまぎれそうな低い声とつとつと語る。


 十年前、怪我から癒えつつあったはずの継晴が、突然亡くなったこと。継晴には、近しい者にも秘した想い人がいたらしいこと。


 そして、状況から推測するに、継晴の死因も、朱鷺と鷹晴が呪われたのも、継晴に捨てられたと思った女の怨霊の仕業らしいこと――。


「怨霊が呪おうとしたのは、兄に似た俺に違いない。すまん。そばにいたばかりに、お前を巻き込んでしまうとは……っ! どれほど詫びても詫び足りぬとわかっている。それでも……。どうか、謝らせてくれ」


「何をおっしゃるんですか⁉」


 弦を引く手を止め、深く頭を下げた鷹晴に、朱鷺は強い声で反論する。


「決して鷹晴様のせいではありません! そもそも、鷹晴様が助けてくださったからこそ、私はいま無事でいられるんですから! お願いですから、そんな風におっしゃらないでください!」


「だが、お前を俺の事情に巻き込んでしまったのは紛れもない事実だ。そのせいでお前をあんなつらい目に……っ!」


 己の無力を嘆くように、弓を握る鷹晴の手に力がこもる。


 軋むような低い声に、朱鷺の胸まで鷲掴みにされたように痛くなる。


 己を責める鷹晴を何とかしたい一心で、朱鷺は心にせり上がってきた言葉を口にする。


「違います! 『鷹晴様の事情』ではありません! 『鷹晴様の兄上様の事情』ではありませんか! ただ兄上様にお顔立ちが似ているというだけで、鷹晴様ご自身は相手の女人に恨まれるようなことは何もなさっていないでしょう……っ⁉」


「だが、理由はどうであれ、俺が呪われたのは確かだ」


「それでも……っ!」


 どう言えば、胸に渦巻くこの気持ちを鷹晴にうまく伝えられるのだろう。


 わからぬまま、朱鷺は鷹晴の右手をぎゅっと両手で握りしめる。


「鷹晴様は兄上様とは別の人間です! 鷹晴様まで怨霊に囚われる必要はありません!」


「っ⁉」


 告げた瞬間、鷹晴が虚をつかれたように目を瞠る。かまわず朱鷺は言い募った。


「ですから、ひとりだけで抱え込まないでくださいっ! ご迷惑ばかりかけている身では信じていただけないかもしれませんけれど……っ! 私だって、呪いを解けるように尽力しますっ! 二人で呪いを解けばよいではありませんか!」


 鷹晴だけに罪を負わせるなんて、絶対に嫌だ。


 何より、鷹晴にこれほどつらそうな顔をさせたくない。鷹晴の心が軽くなるのなら、朱鷺にできることは何だってする。


 心の中に渦巻く想いに突き動かされるように告げた瞬間、鷹晴にぎゅっと手を握り返される。あまりの強さに前へよろめきそうになり、何とかこらえた。


「朱鷺、お前は……っ」


 思わずといった様子で何か言おうとした鷹晴が、途中で我に返ったように唇を噛みしめる。


 心を落ち着かせるようにひとつ吐息した鷹晴が、口の端に笑みを浮かべた。


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