第6話
……「コールドスリープ装置解凍、正常に動作」
耳元で機械音声が流れる。俺は目を開けた。
ぴったりと閉じられたガラスのハッチが今まさに開き始め、外の空気が中に入ってくる。
隣を見ると、上司はもう体を起こしているみたいだ。更衣室みたいだから、しのめさんは別室なんだろう。
俺も体を起こして服を着替え、周りを見た。
どこかの建物の中。おそらく冥王星基地にちゃんと着陸したんだろう。それじゃああの球体はどうなったんだ? まさかもう解明されたなんてことないだろうな、わざわざ六年も掛けて来たのに。
廊下に出た俺は上司に聞いてみた。
「球体は?――」
「まあ焦るな。さっき調べてみたが、特に変化はないみたいだな。電波を吸収しているだけでたいして変わっちゃいない」
いつの間にかそれを聞いていたしのめさんは、今にも行きだしそうにソワソワと肩を上下させていた。
「それなら今日中にでも球体を見られるんですよね。地球時間でまだ朝だから船も動いているので、行けますよね?」
「しのめ研究員もそんなに焦らなくていい。とりあえずこの六年でどうなったのかを調べるのが先決だ」
俺たちは部屋から出て基地の中を歩く。部屋の外では案内役の人が待っていた。大柄な彼はガハハッと体を震わせながら笑う。「ここの疑似重力は少し小さいですからね、太っちゃいましたよ!」
冥王星基地は、その重力圏で浮かんでいるコロニーだ――直径1.6キロ、約一万人が住むドーナツ状の基地は常に回転しており、地球の重力を再現している。
まあ、こんなデカい構造物を暖めるのは時間がかかるから、ほとんどの人間が集まるように中心街に住んでいる。
基地の中を案内人に連れられて歩いていると、とあるマンションに入った。ロゴから見ると研究所所有の建物なんだろう。六年前とは打って変わって何の変哲もない日常が流れている。
俺たちは小部屋に案内され中に入った。
ソファに座り、上司が聞く。
「いろいろと用意していただきありがとうございました。それで本題に入りたいのですが、球体について現状分かっていることを教えていただけませんか」
彼はハンカチで汗をぬぐいながら答える。
「こちらとしてもまだ不明点が大きいです。球体の大きさは直径12キロ、冥王星の公転と自転に沿って回っています。つまりこれは質量があるということですね。計算上では3.5兆キロほどの質量があるんですが、これで言ったら内部が空洞になる」
「つまりおかしいと」
「そうですね。ま、そもそもの前提がおかしいってのもありますけど。とりあえずこの六年間調べまくって分かったことです……あと一つだけやっていませんが」
――「こちらからの声掛け。明確な意思を持った通信を行っていないんですよね」
「そうです。それだけは慎重派の人たちから止められていた。いまだに三次大戦のことを悔やんでいるんですかね……はあ、もう二百年以上前のことだっていうのに」
三次大戦。その時世界は火に包まれた。比喩でもなんでもなくビルの鉄筋は溶け、コンクリートの壁は粉砕される。俺は知らないし、俺の親世代も全く知らない。結局のところ戦争の影響はほとんど風化していった。
……慎重派の人間はいまだにそのことを考えているみたいだけど。
しかし、そんなことをいまだに引きずっているのも馬鹿らしい。さっさとあの球体について解明しないと。どこかに飛んでいかないとも限らないんだから。
俺は上司に聞いた。
「何とかならないんですか?」
上司が答える前に、しのめさんが答えた。彼女ははっきりときっぱりと言い切る。
「あいつら長老の考えはすぐに変わらない。だからこそこっちから動かないと慎重派の人間たちを動かせることはできない」
「それって……」
「私がやる。私がメッセージを送ってあちら側に何があるのか確認します。いいですよね?」
彼女はソファから立ち上がり、ピンと背丈を伸ばして俺たちを見る。上司は少し考え、案内役の人は大きな額から汗がまたこぼれ始めていた。
だが肝心の俺はどうすればいいのか分からなかった。彼女は俺たちを見下ろし、誰が何と言おうとやりそうだ。どこまでも見通す目は赤く燃え盛っていた。
だけど、上からの命令無視は彼女のキャリアに影響する。キャリアどころじゃなく、慎重派を支援する人間から何をされるか分からない。
またしのめさんの顔を見た。
――はあ、雑用係なんでしょ。だったら俺がやってやりますよ。
「しのめさん、俺もやります」
「お前たちはやるんだな。ま、いいか。俺も手伝ってやろう」
案内役の人はほんとにやるんですか? とブツブツ言っていたが、上司は上手く丸めてくれた。初めから船は用意してあったので、それを使ってなるべく近くでメッセージを送る。
計画はばっちり。全く持って責任はばっちりではないが、まず俺が盾になればいい。
とまあ、決まったはいいもののまずは荷物を片付けなくては。俺たちはかなり高級そうな部屋に案内された。ここは客人とか政府の人間が視察に来た時に使われるらしい。上司は渋っていたが、「計画、お願いしますよ」と言われて断れなかった。
しかしまあ、またまた上司と二人部屋は何とかしてほしいもんだ。スーツケースから荷物を取り出し、机に並べる。
ライフに聞いておいてよかった。彼の言った通りここでは消耗品が不足気味だそう。歯磨きは指サックのものでやっているし、歯磨き粉はあまり使っていない。かさばるものは輸送に面倒だからな。
ふと気になってライフからのメールを見た。親からはお叱りのメールが一件あるだけだったが、ライフからは二年に一件ほど来ていた
二人ともひどくないですかね。もうちょっと気にしても……
とにかく俺が出発してから、二年後のライフのメールだ。
『浅木特別研究員、元気ですか? 今のところ事故などの報道はないので安全でしょう。設計者は盗撮できる建築で逮捕されましたけれど、しのめさんは大丈夫でしたか?
まあいいでしょう。とにかく地球での熱気はだんだんと冷めていっています。一部では新興宗教がポコポコと出てきているみたいですが、世界に及ぼす影響は今のところありません』
とりあえず球体について慣れて来たみたいだな。宗教団体ができるのは予想通りだから国は対応していることだろう。
俺は次のメールを見た。
これは四年後。つまり今から二年前。
『こちら変わりなく。ライフはお母さまの家にいます。流石に四年も放っておくのはよくないともことです。ちなみに家は引き払われました。ちゃんとベッドの下の本は持ってきましたのでお気になさらず。
あの球体について詳細な調査はいまだ進んでいません。慎重派の人間が止めていることもありますが、そもそも電波を通さないので、内部空間がどうなっているのか一切分からないんですよね。
α、β、γ線どれを使っても透過しません。X線や放射線も吸収されるだけなので。それでは次は到着してから(>_<)!』
顔文字を使ったことはなかった気がするが、六年もあれば人(補助機械)も変わるってことかな。
だがこのメールの最後『吸収されるだけ』は気になった。それが本当なら、外部を覆うパネルは何かの意図を持ってるんだよな……わざわざ吸収しなければならないほどの? 一部はそこで吸収され、必要な情報だけが内部空間で読み取られる。
……来たかも。初めてしのめさんより早く結論に到達したかもしれない。
俺は上司にそのアイディアを話した。上司はあごに手を置いてしばらく考え、言った。
「ありそうだな。宇宙空間は何もないように見えるが、いろんなものが飛び交っている。あれが機械だとすれば六年もすれば故障やらを引き起こしたっておかしくない」
「ですよね!」
「そんなに焦るな。まずは宇宙遊泳のブリーフィングだ。そのときしのめ研究員に聞けばいい」
上司はまだぶつぶつと呟いていたが、俺は見つかったことの喜びでいっぱいだった。
おっと「すべて知っていると思ってはいけない」
この言葉を忘れずにブリーフィングに向かう足取りは、人工重力の影響なのか軽かった。
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